「リターンマッチはこれからだ。」Ⅳ
黒バンダナに防弾チョッキ姿のサルタナを見て、俺はふと思う。本職である殺し屋というより、まるで軍人のような佇まいだ。そう、教科書通りと言うべきか、型にはまっていると言うべきか。背筋の伸びた姿勢、重みのある足取り、静かな呼吸まで、すべてが計算されているかのようだ。普段の殺し屋なら、もっと荒々しく無骨か、それとも狡猾さを漂わせているはずだ。怪我をして万全ではないはずなのにサルタナからは、それが感じられなかった。
「よし、行くか。」
俺はそう呟き、少し前に踏み出す。路地に落ちる街灯の光が濡れたアスファルトに反射し、長い影を作る。その影は地面に引きずられるように伸び、俺たちの存在をさらに際立たせる。夜風は冷たく、頬を撫でると同時に肌に小さな緊張を生む。
その時——
「待ちなさぁい。」
その声に振り返ると、いつの間にかノブ子が真後ろに立っていた。手には一枚の紙を持ち、それを俺に差し出す。
「ほらこれ、持って行きなさいっ。」
受け取った紙はメモ用紙で、手書きの地図や矢印、印、記号が細かく書き込まれていた。端は少し折れ曲がり、指紋の跡もわずかに見える。
「……何だよこれ?」
思わず口に出す俺に、ノブ子はため息をつき、額に手を当てる。
「全くなってないわね、アンタ達ったら!」
ノブ子の呆れた声に、俺は内心で小さく頷く。
(そう言えば確かに…)
俺もサルタナも、正確な場所を知らずに向かおうとしていたのだ。勢いだけで突っ走るのはいつものことだが、今回は違う。相手はロシアマフィアのボス、“イーゴリ”。簡単に暗殺で片付く相手ではない。化物みたいな男だ。何を仕掛けてくるか予測がつかない。俺たちが軽率に動けば、間違いなく俺たちは返り討ちにあう。
「オレもそう思った。」
突然のサルタナの発言に、俺は目を見開き、思わずジト目で彼を見る。
(おいおい、自分だって行き先知らないくせに……)
サルタナは少しそっぽを向き、肩をすくめて片手を腰に当てて言い切る。
「フン……オレは一応、イーゴリの下で働いていたから場所は知っていた。」
その言葉に、俺はついツッコミを入れる。
「それを早く言えよっ!」
夜風に混じって、俺の声がかすかに響く。
「……進道ちゃん。帰ってきたら世里奈とアナタについて話があるわ。」
急にノブ子が俺に声をかけてきた。俺はぎこちなく目を向ける。声は穏やかだが、内に秘めた真剣さは隠せない。逃げればただの冗談では済まされないことは、一目でわかる。
「……。」
俺は無言で前を向く。
ノブ子の……声がマジだった。逃げたら、ただの冗談では済まない予感がする。
(……これ、逃げたらマジでヤバイ……殺されるかもなぁ。)
そんな不安を抱えつつも、俺は深く息を吸い込み、気を引き締める。
そんなゴタゴタがあったが、俺とサルタナは支度を整えに隠れ家へと向かう。夜風が街灯に照らされ、二人の影は長く伸びる。路地に落ちた広告の紙片が風に舞い、俺たちの足元をかすめる。遠くで犬が吠え、窓のひとつが軋む。世界は変わらず動いているが、俺たちの時間は短く、厳しく、濃密だ。
さぁ、待ってろよイーゴリ。リターンマッチはこれからだ。




