「リターンマッチはこれからだ。」Ⅰ
「進……道……!!」
(……声?誰だ……俺を呼んでる?)
「起きなさぁいっ!!」
鼓膜を突き破るような甲高い声に、意識が急速に浮上していく。耳鳴りが残る中、俺はゆっくりと目を開けた。
ぼやけた視界の中に、脂汗でテカテカに光るオカマッスルの顔が飛び込んできた。しかも距離が近い。鼻息がかかるほどの至近距離だ。
「ひぃぃいぃぃぃぃっ!!」
全身に走る激痛を押し殺す暇もなく、肺が破れるほど叫んだ。心臓が暴れ、冷や汗が背中を伝う。反射的にのけぞろうとしたが、体は重く、まるで鉛を抱えているようだった。
「何よもうっ!失礼ね。ノブ子、傷ついちゃうぅ。」
低いのか高いのかわからない声。耳障りなほど色っぽいのに、どこか底冷えするような迫力があった。気づくと俺はノブ子のたくましい腕に抱きかかえられていた。肩に回された腕は岩のように固く、妙に温かい。腕の太さは俺の太ももくらいありそうで、逃れようとしてもビクともしない。
「……あっ、」
ようやく視界がはっきりしてきた。ここは見覚えがある場所――オカマバー『ラブリー・エンジェル』の店内だった。淡いピンクと紫のネオンが壁に反射し、天井から吊るされたミラーボールがわずかに回転している。酒の甘ったるい匂いと消毒液のツンとした臭いが混ざり合い、どこか現実感の薄い、夢の中のような空気を作り出していた。
俺は机を寄せて作られた簡易ベッドに寝かされていたらしい。テーブルクロスの端がシーツ代わりにかけられ、俺の服は上半身裸にされている。隣にはロシア殺し屋のサルタナが横たわっている。上裸の体に包帯が巻かれ、胸から腹にかけて赤黒い染みが広がっていた。俺がつけた傷だ。
「……降ろしてくれ。」
ノブ子の腕から抜け出し、慎重に床へ足をつける。冷たいフローリングの感触がじかに伝わる。痛みを覚悟したが、思ったよりも体は動いた。腹に手をやると、縫合の感触があった。きっちり縫い合わせた細かい糸が指先に触れる。どうやら応急処置をされたらしい。
「……なぁ、ノブ子。俺はどれくらい気を失っていた?」
「ざっと二時間くらいね。」
ノブ子はおどけたように片目をつぶり、ウィンクして見せた。しかし服はボロボロ、肩口は焦げたように破れている。
「どうした、その格好……。」
「少し昔を思い出して、ロシアっ子に手を出したら噛まれちゃったわ♥️」
軽口を叩くその顔に、俺は思わず額を押さえた。
「……黙れマゾ。」
あの怪物じみたイーゴリを相手に、俺とサルタナを抱えて逃げ切ったノブ子。服が破れただけで済んだことが逆に恐ろしい。やはりこの筋肉オカマ、元最強の殺し屋の名は伊達じゃない。
「うっ……ここはどこだ?」
サルタナが額を押さえながら上半身を起こした。バンダナに包まれた髪が汗で濡れている。視線が俺とノブ子を行き来し、戸惑いが青い瞳に浮かんだ。
「何でこいつも連れて来たんだよ。」
「顔がいい男にはアタシは優しいのよ。」
にっこり笑うノブ子。どこまでもマイペースだ。
俺は視線を逸らし、改めてサルタナを見た。思ったよりも若い。俺と同い歳か歳上かと思っていたが、かなり若いことに気付いた。 バンダナの下から覗く金髪は汗で濡れて額に張りつき、青い瞳は空のように澄んでいる。白い肌と彫りの深い顔立ちは彫刻のように整っていて、筋肉のつき方は無駄がなく美しい。サルタナの身体はギリシャ神話にある大理石でできた石像のように白くてたくましい筋肉でおおわれていた。




