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Re:ガンマン  作者: アダス
「死の天使」
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「死の天使」Ⅳ

……この時、俺は完全に油断していた。いつもなら、万全ならこんなことは起こるはずもなかった。


ズブリッ


生々しい音が腹の奥底まで響く。気が付いた時には、腹に白銀の刃が突き刺さる……いや、後ろからだ。皮膚を破り、肉を裂き、内臓を押しのけて何か硬いものに当たる感触が伝わる。冷たい。自分の体が異物に侵されていく感覚に、嫌でも意識が研ぎ澄まされる。


刃が抜かれると同時に、俺の血が宙に吹き出した。夜の港に真っ赤な飛沫が弧を描き、街灯の明かりにきらめいては地面に散った。


「ッアア、痛えなぁぁぁあっ!?」


あまりの痛みに足から力が抜け、膝をついた。冷たいコンクリートに膝がぶつかる感覚すら遠のいていく。腹を押さえても、指の隙間から熱い血が溢れ出す。心臓の鼓動と同じリズムで血が吹き出すのがわかった。痛みは鋭く、呼吸が勝手に荒くなる。


「騒しくて……うるさいな。男なら我慢したらどうなんだ?」


耳に届いた声は冷たく、どこか楽しんでいるようだった。吐き出す息が白く揺れる。こんな夜に声をかけてくる奴が味方のはずがない。


血で滑る手で腹を押さえながら、俺は顔をそっと後ろに向けた。


(……天使?)


頭に浮かんだ言葉はあまりにも場違いだった。だが、そこに立つ人影は確かにそんな錯覚を覚えさせた。頭から足の爪先まで純白で身を包む存在。火の海の向こうから現れたかのように、ぼんやりとした光に縁取られている。


(い、いや。コイツは天使なんかじゃない。)


ツルリとした顔。鼻も目も口もない。だが確かにこちらを見ている気配がする。俺はこの姿を知っていた。いや、忘れられるわけがない。つい最近、俺が命懸けで戦って倒したあの黒い悪魔のような奴と、輪郭が重なる。


「ゴフッ……な、何で白く……なってんだ?」


口の端から血が滲み、吐息とともに飛び散る。


「白く?……あぁ、そう言う君は試作品と戦って勝った日本の殺し屋か……なんだ、生きてたのか。」


その声はどこか愉快そうで、俺をからかっているかのようだ。


俺は思い出す。あの黒い奴との戦い。あの時は全身の毛穴が開くほどの死の匂いを感じた。だが、目の前のコイツはそれを凌駕する。


「君が戦ったアレは試作品でね。どうだい、完成品のコレとは比べ物にならないだろ?」


確かに、こいつは黒い奴より洗練されていた。卵型だった頭部は雫型に近い流線形になり、体表は羽衣を纏ったかのような装飾。動き一つ取っても、黒い奴の無機質さではなく、どこか優雅ですらある。だが、その美しさの奥に潜む圧迫感が俺の神経を逆なでする。


(ッ……この気持ち悪いプレッシャーは……)


「イーゴリ……なのか?」


俺の喉から絞り出された声は震えていた。


「やれやれ、やっと気付いたか。当たりだよ、私を殺そうとした殺し屋君。」


イーゴリ・アンジェロフ――暗殺対象、ロシアンマフィアのボス。


(……まさか、あの悪魔と繋がりがあったのかよ。)


俺は右腕をイーゴリに見えない位置に隠して捻った。ジャックナイフがホルスターから外れ、冷たい柄が手に収まる。その感触だけが、今の俺を現実に繋ぎ止める。


「……はん。マフィアが純白の天使かよ。笑わせやがる。」


口の端から血を垂らしながら、精一杯の強がりで笑ってみせる。


「いやぁ、自覚はしているんだよ。」


イーゴリは楽しげにそう言うと、背を向けて少し距離を取った。だが、まだ俺のナイフの間合いだ。


「……で、君には一応選択肢がある。一つはこの場で、私の手によって散って終わる。」


白い手が伸び、手首から先が蠢き始めた。骨格がねじ曲がるように変形し、次の瞬間には銃の形を作り出していた。金属の匂いが鼻を刺す。


「そして、もう一つは……私の部下になる。実力がある君は歓迎するよ。」


再び手の形に戻したイーゴリが、俺に手を差し伸べる。その仕草はまるで聖人の施しのようで、吐き気がするほど美しい。


(条件としては破格だ……命を狙った俺を仲間にするとは器がデカい。ギャラだって悪くないはずだ……)


「……わかった、入らせてもらう」


(ただし)


「俺をボスにするならなっ!」


俺は右手のジャックナイフを振りかざし、渾身の力でイーゴリの体に斬りかかった。


(……切れるとは思ってない。頼む、怯んでくれ!)


だが、俺の祈りも虚しく、刃はイーゴリの左手の人差し指と中指に挟まれ、完全に止められた。金属同士が噛み合うような不快な音が耳を打つ。


「……実に残念だ。」


イーゴリが右手を俺に向ける。再び手首が蠢き、銃口が形成される。次の瞬間、白い銃が淡く光を放った。狙いは完全に俺を捕らえている。


「さようなら、哀れな殺し屋。」


光と轟音、そして身体を貫く衝撃。世界が一瞬白く染まり、全ての感覚が遠のく。痛みも、冷たさも、全てが消えた。


俺の意識は深い闇に落ちていった。

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