「死の天使」Ⅲ
「オラオラオラオラァッ!」
俺の左右連続攻撃を、サルタナはダガーナイフで受け止める。刃と刃が交わるたび、鋭い金属音が夜の港にこだまし、瓦礫に反射した光がちらちらと揺れた。波が岸壁に打ち付ける音と、遠くで揺れる船の軋みが、戦闘の緊張感をさらに引き立てる。
(ほんと……すげぇな。でも、いくら身体能力が高くても、隙は必ずある。)
俺は心の中で呟く。ジャックナイフの刃がサルタナのダガーナイフに触れるたび、衝撃が手にビリビリと伝わる。刃の角度を微妙に変えながら突き出す。サルタナの刃に阻まれた瞬間、柄をひねって躱す。わずかに彼の腕に浅い傷を刻みつけるが、同時に右肩に鋭い痛みが走った。サルタナの刃が俺の肩に深く突き刺さったのだ。
互いの呼吸が荒くなる。血の匂い、擦れ合う金属音、瓦礫を踏みしめる足音。火の光が俺とサルタナの影を揺らし、煙が夜風に漂う。遠くで消防車のサイレンがかすかに響き、港の喧騒は戦いの熱に呑まれていた。
「……クゥッ!?」
サルタナの顔が一瞬歪む。俺の攻撃の勢いが増していることに気付いたらしい。しかし、それは錯覚だ。正確には、サルタナの動きがわずかに鈍くなっている……だけだった。実は俺のジャックナイフの刃には麻痺薬が塗ってあり、少しずつ効き始めているのだ。
(普通に殺り合ってたら、コイツには勝てねぇ……だから俺は、頭を使う。)
俺は間合いを慎重に詰め、タイミングを見極める。左手のジャックナイフをサルタナの左手の甲に突き刺す。たまらず彼はダガーナイフを落とす。続けざまに右手のジャックナイフを右手の甲に突き刺す。血が滴り落ち、赤い飛沫が夜風に揺れる。瓦礫の間を伝う火の光が、それをさらに鮮やかに照らす。
サルタナは必死に立とうとするが、麻痺で足がもつれ、倒れそうになる。その目にはまだ執念が宿っていた。口から漏れる低いうめき声、血まみれの指先で瓦礫を握りしめる手の動きが生々しく映る。
「ぐうぅぅぅぅ……なぜだ?」
サルタナは血まみれの両手を見つめ、唸る。立つことさえ精一杯だが、まだ死の影はない。執念がまだ燃えていた。
俺はジャックナイフを両腕のホルスターに戻す。武器なしで仕留める決意を固めた。麻痺薬で動きは鈍く、サルタナは立つのがやっとだ。俺は一歩距離を詰め、右手で拳を握り、顎に打ち込む。衝撃が脳を揺らし、サルタナは脳震盪を起こす。
「……ッア。」
膝をつくサルタナ。口から血を垂らすが、目にはまだ死の影はない。瓦礫に体を押し付ける音、鉄骨が崩れる軋み、遠くの港に響く汽笛……すべてが戦いの余韻として重く降り注ぐ。潮の匂いと焼けた鉄の匂いが混ざり、鼻を突く。
「すげぇ執念だな。尊敬するぜ。」
俺は上に跳び、膝を高く引き上げ、全体重を乗せた膝蹴りをサルタナの顔面に叩き込む。
「安心しろ、殺しはしないさ。」
グシャリッ!
瓦礫にぶつかる衝撃と共に、サルタナの頬や鼻に痛烈な圧力が伝わる。彼は仰向けに倒れ、血が瓦礫に滲む。火の光が赤く反射し、周囲には崩壊したビルの壁や鉄骨、火花と煙が入り混じった地獄のような光景が広がっていた。瓦礫に散らばったガラスの破片が月光にきらめき、夜の港をより冷たく見せる。
息を荒くしながら、俺は一瞬視界を確認する。港の夜景、揺れるコンテナ、遠くに見える灯台の光……すべてが混沌に染まっていた。戦いの余韻が体を重く包む。
「……はぁ、連戦とか勘弁してほしいぜ、まったく。」
俺は血まみれの体を引きずりながら、瓦礫だらけの火の海を背に歩く。炎が夜空を赤黒く染め、遠くから消防車のサイレンがかすかに聞こえる。汗と血で重くなった体を引きずり、戦いの余韻を噛み締めつつ歩く。




