「死の天使」Ⅰ
二個目の手榴弾の爆発は、まるで港全体を揺るがすかのように大きかった。破壊された瓦礫が一瞬宙を舞い、炎が夜空を赤く染める。爆風に巻き込まれたベンツの車体が一瞬持ち上がり、次の瞬間には金属音を響かせながら地面に叩きつけられた。
どうやら瓦礫に埋もれていたエンジンに引火したらしい。車体の内部から炎が噴き出し、黒煙が天へと昇る。熱風が押し寄せ、頬を撫でるどころか焼きつける。鼻の奥に焼けたゴムとガソリンの匂いが入り込み、喉がヒリついた。
俺は熱気から逃げるように数歩下がり、辺り一面を覆う火の海を見渡す。瓦礫の影に倒れた男達は、もう動かない。炎が街灯の光と混ざり、世界が赤と黒に染まる。
「はぁ……疲れた。」
その場に崩れ落ちるように瓦礫へ腰を降ろした。緊張の糸が切れ、背中の筋肉が重力に負けてだらりと弛緩する。呼吸は荒く、胸が上下するたび破片で傷ついた服が擦れて痛む。指先はまだ痺れていて、爆発の衝撃が体に残っているのがわかる。
(……しかし、おかしいよなぁ。)
燃えさかる炎を見つめながら心の中で呟く。あれだけのプレッシャーを放っていた連中が、こんなにもあっけなく片がつくものか。
(あれだけのプレッシャーを放ちながら、こうも簡単に殺られるとか……まぁ、いいか。仕事は終わったし。早く帰――)
ドンッ!
立ち上がった瞬間、背中に鈍い衝撃が走った。鉄パイプで殴られたかのような重みが背骨を直撃し、肺から強制的に空気が吐き出される。俺は思わず地面に突っ伏し、瓦礫に頬を擦りつけた。
「ってぇ! 何だいきなり!?」
背中に妙な重みを感じる。息苦しさに顔を歪めながら、素早く体勢を立て直した。
(チッ……完全に気が抜けてた。まだ生き残りがいたか!)
反射的に周囲を見渡そうとするが、背後を振り返る余裕はない。なぜなら――
ピッ、ピッ……
耳元で小さな機械音が鳴った。冷たい感覚が背筋を走る。
「!」
瞬時に悟る。爆弾だ。考えるより先に体が動く。右手でジャケットの襟を掴み、全力で前へ引き剥がす。布が汗で肌に貼り付きもたつくが、歯を食いしばって無理やり脱ぎ捨てた。脱いだジャケットを丸め、力任せに遠くへ投げると同時に、俺は反対方向へ走った。
視界の端で見た。ジャケットの背中部分に、粘着質の爆弾がしっかりと貼り付けられているのを。
次の瞬間、ジャケットが爆発する。
轟音が夜の港に響き渡り、周囲の建物の窓ガラスが一斉に割れる。衝撃波が背中を叩き、全身が宙に浮いたかのような感覚に襲われる。肺にまで衝撃が響き、呼吸が止まりそうになる。瓦礫や金属片が雨のように降り注ぎ、空気が一気に熱を帯びた。
俺は反射的に地面を蹴り、近くのコンビニの裏口へ転がり込む。背中に瓦礫が当たり、痛みで歯を食いしばる。耳鳴りがひどく、周囲の音が遠くに感じた。
「ふぅー……危なかった。」
俺はコルト・ガバメント.45を取り出し、構えながら裏口から身を乗り出す。視界の端では炎がまだ揺らめき、耳鳴りが残る中で周囲を警戒した。煙の向こう、海沿いの貯水タンクの横に黒い影が立っている。
男はゆっくり前へ出てきた。見覚えのある黒バンダナ、手にはロシア産のアサルトライフル――AKM。
「邪魔をするなと言ったはずだが。」
「……ロシアの殺し屋。サルタナ・ボルザイェヴィチって、お前の名前だよな?」
サルタナは答えず、ただじっとこちらを睨む。
「何も言わないってことは黙認ってことでいいよな? 悪いけど、色々と調べさせてもらったぞ。」
(……調べたのは俺じゃなくてノブ子だけどな。)
仕事に行く前、俺はノブ子の店『ラブリー・エンジェル』へ立ち寄っていたのだ。
「ロシア人のお前が何で日本に来ているかは調べきれなかったが――まさかこんな場所で会うとはな。」
俺はサルタナに一歩、また一歩と近づいた。




