「ラブリー・エンジェル」Ⅲ
「おいノブ子、俺が何でここに来たか知ってんだろ? ……情報がほしい。」
場末のバーの奥、照明はほとんど落とされ、薄暗いカウンターだけがネオンの光に照らされている。古びたスピーカーからは低く渋いジャズが流れ、サックスの音色がかすかに煙の中を漂っていた。天井近くでたゆたう煙草の煙が、オレンジ色のランプの光を受けてゆらゆらと形を変える。湿った木の匂いとアルコールの甘ったるい香りが混ざり合い、鼻の奥にねっとりとまとわりついてくる。
カウンター越しに座るノブ子は、グラスの縁を赤い唇でなぞりながら、挑発的な目でこちらを見上げた。肩までの金髪が少し揺れ、耳元の大ぶりなピアスがきらりと光る。
「ああ。世里奈ちゃんの居場所ねぇ。うん、良いわよ教えてあげる。報酬は進道ちゃんのアツーイチッスで♥️」
わざとらしいウィンクと共に、ノブ子はカウンターに頬杖をつき、身を乗り出す。その肩が小さく揺れ、胸元の開いたシャツの布地が波打つ。
「銃弾ぶちこむぞ、筋肉お化け。」
「進道ちゃんには出来ないわそんなこと。」
挑発的な笑みを浮かべたまま、ノブ子はゆっくりと立ち上がった。ヒールの先が床をこすり、かすかな音を立てる。そのたびに俺の神経がぴりつく。狩られる側が本能的に感じる緊張感、まるで獲物になった気分だ。
(だからコイツは苦手なんだよ。)
じりじりと距離を詰めてくるノブ子の視線は、完全に肉食獣のそれだ。俺は反射的に腰へ手を伸ばし、コルト・ガバメント.45を抜き放つ。金属の冷たい感触が掌に伝わり、銀色のスライドがわずかなネオンの光を受けて鈍く輝く。カチリと安全装置を外す音がやけに大きく響いた気がした。
銃口を真っ直ぐノブ子に向けると、彼……彼女、いやオカマはぴたりと動きを止めた。だが表情は変わらない。怯えるどころか、むしろ口角をさらに上げ、楽しそうに目を細める。
「あぁもう、はいはいわかったわよ。」
抱きつこうとしていたノブ子が肩をすくめ、あっさりと一歩引いた。俺は銃を下ろし、グリップを握ったまま慎重にホルスターへ戻す。緊張で張り詰めていた空気が少しだけ緩み、耳にジャズの旋律が再び戻ってくる。
「それで世里奈ちゃんの事なんだけどぉ、あの子ちょっと特殊な仕事で出てるわよ。」
「特殊な仕事?」
無意識に口をついて出た言葉が、グラスの中の氷が鳴る音と重なった。耳の奥にまでその音が残り、心臓の鼓動と同じリズムで響く。
(……世里奈が動くほどの事か。)
「悪いけどお、アタシはあの子に恨まれたくないのよ。こっから先は進道ちゃんの雇い主に聞いてちょうだい。」
ノブ子は軽く肩をすくめ、気怠そうに笑った。まるで猫がじゃれついたあと、知らんぷりを決め込む時のような仕草だ。カウンターの奥で氷が溶け、ぽたりと水滴が落ちる音だけが響く。
(その雇い主に会えねぇからわざわざここまで来たってのに。)
舌打ちしたい気分だったが、ここで怒鳴っても無駄なのはわかっている。ノブ子はこういう時、決して口を割らない。感情を見せれば見せるほど、面白がるタイプのオカマッスルだ。
「……今のスマホの番号と、隠れ家としての住所は?」
「あるわよ。」
ノブ子が懐から小さな紙を取り出す。ゆっくりと折り目を伸ばして広げ、俺の目の前に差し出した。香水の匂いが強烈に鼻を突き、むせ返りそうになる。
(……用意のいいやつ。)
紙を受け取ると、指先に香料が残り、甘ったるい匂いが肌に染みつくようだ。ジャケットのポケットに押し込んでも、しばらくはこの匂いが消えないだろう。
「ところで進道ちゃん。あなた彼女がいるって言った……わよね?」
ノブ子が急に話題を変えた。口元には笑みを浮かべたままだが、その目の奥はじっと俺を観察するような光を帯びている。カウンター越しにさらに身を乗り出し、俺の顔を覗き込んできた。
「ああ、そうだけど。」




