「ラブリー・エンジェル」Ⅰ
―全治三ヶ月。
(まぁ、あんな化物と戦ってコレで済んだんだし……よしとしておこう。)
病院の主治医から告げられた診断を思い返しながら、俺は窓際に置かれた安っぽいパイプ椅子に腰かけ、外の景色をぼんやりと眺めた。
晴れた空には雲ひとつなく、ガラス越しに射し込む陽光がベッドの白いシーツをやわらかく照らしている。
三ヶ月――長いようで、実際はあっという間だった。いや、俺にとっては妙に心地よい時間だったと言ってもいい。
入院生活は、思った以上に快適だった。
体中の傷は痛むものの、看護師たちは優しく、病院食も思ったより悪くない。
何より退屈しなかったのは、日本のテレビ局のおかげだ。くだらない特番を作ることにかけては、彼らは天才的と言える。
昼間から流れるワイドショーでは、
『民間人が知らない巨大組織、組織の狙いとは!?』
という、いかにも陰謀論じみた特集が放送されていたかと思えば、
『遊園地に現れた黒い切り裂き悪魔を追え、取材班決死のリポート!!』
と、あの夜の騒動を思わせるニュースが続く。
さらに夜になれば、
『脅威のロシアマフィア、日本到来!?』
などと字幕が踊り、まるで映画の予告編のような映像が流れる。
視聴者を煽るナレーションと派手な効果音に、俺は何度も苦笑した。
冷静に見れば、どの番組もセンセーショナルで大げさだ。だが、中にはどう考えても俺が関わった事件としか思えない内容も混じっていたが、暇つぶしにはちょうどよかった。
ニュース番組を眺め、差し入れの雑誌を読み、夜は病室の天井を見上げて一日を終える。
そんな生活が続いた。
実家への報告はうまく誤魔化した。
バイクで電柱に突っ込んだ、という理由をでっち上げたのだ。
両親は呆れながらも「若いうちに無茶するもんじゃないぞ」とだけ言い、深く追及はしてこなかった。
結果として、今現在こうして街を歩き回るまでの不自由はなかった。
――ただ、ひとつだけ言うとすれば。
(……最初の一回以来、世里奈が見舞いに来なかったってことだよな。)
入院当日、あれほど心配そうに覗き込んでいた彼女の顔が、あの日を境にぱったりと現れなくなった。
差し入れのひとつもなければ、電話もメールもない。
おかげで退院の日まで、彼女に関する手がかりはまったく得られなかったのだ。
「……あぁーーー!! 一番肝心なことだろうがっ!」
堪えきれず、思わず声を張り上げた。
周りを歩いていた通行人たちが、一斉にこちらを見る。
主婦らしき人が怪訝そうに眉をひそめ、サラリーマンがスマホから目を離して俺を見た。
非常に恥ずかしい。
それでも、叫びたくなったのだ。
世里奈のやつ、退院してからもう三日も経つのに、まだ一度も連絡がない。
俺の胸の奥で、モヤモヤがどんどん膨らんでいく。
「さすがにおかしいだろ……」
独り言のように呟く。
だが、連絡しようにもできないのだ。
世里奈は職業柄、しょっちゅうスマホを変える。
番号もアドレスもころころ変わるから、こちらからコンタクトを取る手段はほとんどない。
もちろん、探す手段はある。
だが、それをやるのは――正直、少し気が引けた。
(……仕方がねぇ)
自然と深いため息が漏れた。
まだ完治したわけではない体がずしりと重く感じる。
街の雑踏の音が妙に遠くに聞こえ、信号機の青い光が見えた。
俺は重い足どりで歩き始めた。




