黒い悪魔Ⅹ
祭り提灯の淡い光が夜の空気を揺らし、屋台の列に小さな影を落としていた。
赤や橙、黄色の光がゆらゆらと揺れるたび、通りは少しだけ現実離れした雰囲気をまとい、昼間とはまるで別の場所に見える。屋台からは金魚すくいやヨーヨー釣りの水音、的屋の兄ちゃんの威勢のいい声、綿菓子をねだる子供の声が絶えず耳に届き、全体がひとつのざわめきのように混ざり合っていた。焼きそばやたこ焼きのソースの焦げる匂い、綿菓子の甘い匂い、鉄砲の火薬の匂い、竹の屋台の木の香り――いろんな匂いが混ざり合って夏の夜の空気をつくっている。
その中で、射的の屋台の光の下に、母さんの横にちょこんと座る小さな男の子がいた。
銀色のちゃちな鉄砲をぎゅっと握りしめ、真剣なまなざしで的を狙っている。
俺はその姿を見て、すぐに理解する。
(ああ、これ……昔の俺だな。)
特に驚きもない。ただ、懐かしい記憶を眺めている感覚だった。
「進は相変わらず的に玉を当てるのが上手いわねぇ。」
母さんが柔らかく笑いながら褒める声が、屋台のざわめきに混ざって響く。
幼い俺は、誇らしげに胸を張って答える。
「当たり前だよのクラッカーだよ!」
夜の空気に弾ける小さな声と、カランと響く銀玉の音。
母さんは笑いながら肩に手を置き、軽くぽんぽんと叩いている。
屋台の景品のビニール袋が風に揺れてカサカサ鳴り、提灯の光に照らされてきらりと光る。
通りを行き交う人々の浴衣の色や柄、下駄の音、遠くで上がる花火の音、金魚すくいの水面が反射する光、ヨーヨーのゴムが伸びて鈴が小さく鳴る音――全部が、過去の記憶の中にあった風景として自然にそこにある。
(……よく覚えてるもんだな、こんなの。)
幼い俺は一生懸命鉄砲を構えて、当たったときにぱっと笑う。
その姿を見ても特別な感情はない。ただ、あの頃の自分はこんな顔をしていたのかと、他人を見るような感覚で眺める。
(これ、走馬灯ってやつか。)
夢だと理解している。懐かしい夢だ。
けれど、深く考える気にもならない。ただ、流れていく映像を眺めるだけ。
「だって……」
幼い子供の俺が自慢げに母さんに何かを言う前に全てが見えなくなった。




