黒い悪魔Ⅸ
「そんな君には死・ん・で・もらうよ♪」
パチッ――。
乾いた音が、狭いレンガ造りの路地裏に不気味なほど軽やかに響いた。
直後、耳障りなほど小さな破裂音――パスンッ! と、抑え込まれた銃声が空気を切り裂く。
若い男が楽しそうに指を鳴らした瞬間、バンダナ男がためらいもなく引き金を引いていた。
世界が一瞬スローモーションになる。
胸の奥で何かが弾けた。
「……あっ」
言葉にならない声が漏れた。
胸が急に熱くなる感覚。
次の瞬間には、じわりと広がる鉄の味の匂いと、湿った温もりがTシャツの下で広がっていくのをはっきりと感じていた。
(……胸を……撃たれた?)
思考が鈍い。
理解が一歩遅れて追いつく。
視界の端で、自分の汚れたTシャツがさらに赤く濡れていくのが見えた。
赤黒い血がじわじわと生地を染め、体温と一緒に路地裏の空気に吸われていく。
ドサッ……
膝が折れ、腕から力が抜ける。
地面が近い――そう思ったときにはもう、俺は冷たい地面にうつ伏せに倒れていた。
頬がコンクリートに押し付けられる感覚と、遠くなる視界。
体の端から熱が逃げていく。
指先が冷たい。
――そのとき、首筋に硬い指先の感触が落ちた。
(……俺の脈を計ってやがる……!)
重いまぶたの隙間から、バンダナを巻いた男の顔がぼやけて見えた。
無表情。
殺し屋の目だ。
彼は短く息を吐き、俺の状態を確認するかのようにじっと耳を澄ませる。
「Техника……」
若い男の声が弾んだ。
楽しそうに、まるでゲームの途中経過を語る子供のように笑っている。
「ロシアの殺し屋界で三番目に強いと唄われるサンタナ・フォルニカ。あの人はいい犬をくれたもんだなぁ。」
サンタナ・フォルニカ――それが目の前の男の名か。
呼ばれたフォルニカは無言のまま、しばらく俺の脈を計り続けたあと、ゆっくりと身を屈め、耳元で囁いた。
「……お前を見過ごす。だから、俺の邪魔をするな。」
低く、冷たい声だった。
しかしその言葉は、まぎれもなく日本語だった。
(――日本語……お前、日本語喋れるのかよっ!!)
内心で思わず突っ込むが、声にならない。
喉から出たのは掠れた息だけだ。
「オ~イ、もう死んだよねぇ? だったらさっさっと試作品を回収して、研究室でデータを取り出すよ。」
若い男の軽い声が遠くで響く。
その合図で、フォルニカは俺から手を離し、無言のまま立ち上がった。
靴音がコツ、コツ、と規則正しく響く。
二人の足音がゆっくりと遠ざかっていくのを、俺は動かないまま聞いていた。
(ま、待てよ……)
声を出そうとするが、喉が動かない。
叫びたくても声にならない。
ただ、路地裏に二人の足音が消えていく。
残されたのは、血の匂いと自分の荒い呼吸音だけ。
夜風が吹き抜け、濡れたTシャツの上から容赦なく体温を奪っていく。
(やべぇ……血を流しすぎた……貧血……か……)
意識がふらふらと浮かぶようだ。
視界がかすみ、輪郭が滲む。
このまま眠ってしまったら、もう二度と目覚めないだろうという確信があった。
「進道くん!?」
駆け寄る足音。
遠くから誰かが叫んでいる。
その声が近づくにつれ、耳の奥で世界が少しだけ色を取り戻していく気がした。
世里奈の声だ。
地面に倒れた俺の横に膝をつき、彼女が必死に呼びかける気配がする。
震える手で俺の体を揺さぶる感触。
温もりが伝わってきたその瞬間、
――俺は、意識を手放した。




