「少女」Ⅸ
「もっと増えるんですか!?」
と少女は驚き目を丸くする。その声には純粋な驚きと好奇心が入り混じっていて、聞いているこちらまで少し和んでしまう。あまり家から出たことがない箱入り娘なのだろう。高層ビル群や人混みといった都市の光景は、彼女にとって新鮮で刺激的なもので、普段は見ることのない世界が広がっている。まるで初めて見るものに心を奪われたかのようなはしゃぎようで、周囲の通行人から見れば、ただの微笑ましい子供にしか映らないだろう。しかし、彼女の目には都市の喧騒や雑踏の細かい動きまで鮮明に映っているのかもしれない。小さな手が軽く握られ、息を弾ませながら、目の輝きは止まることを知らなかった。
「……。」
(妹の咲も小さい頃はあんなんだったなぁ。)
心の中でふと懐かしさが込み上げる。かつてまだ幼かった妹も、同じように目を輝かせて街を歩いていた時期があった。初めて電車に乗った日のこと、初めて映画館に行った日のこと、少し大きな公園で遊んだ日のこと……。あの頃の無邪気さは、日々の生活の中で少しずつ失われていったが、今こうして少女の目を見ていると、あの頃の妹の姿がふいに鮮明に蘇る。だがそれももう昔の話で、今は実家でのんびりしているのだろう。よし、連休がとれそうなら、咲にお土産でも買ってやろう……お袋のぶんもな。そんな小さな計画が頭に浮かぶと、自然と口元に微かな笑みがこぼれた。
と考えていると、少女に袖をひっぱられていた。
「ん?どうしたんだい?」
振り返ると、少女は小さな人差し指を伸ばして、ある方向を指していた。その目は期待に満ちていて、子供特有の無邪気さが溢れている。眉が少し上がり、口元に浮かぶ笑みが、彼女の気持ちをそのまま表しているようだった。
「……アタシ、あれに行ってみたいです。」
少女が指をさした方向には、最近できたばかりの遊園地の広告が掲示板に貼り付けてあった。カラフルなイラストに楽しげな笑顔を浮かべるキャラクターたち。観覧車やジェットコースターのシルエットが描かれ、子供の目を引くような華やかなデザインだ。光の当たり具合で看板の色が鮮やかに輝き、まるで遊園地自体が手招きしているかのようだった。
「そうか……。」
俺は小型マイクに声をかける。
「おい、お嬢さんが遊園地に行きたいってよ。」
『ダメだ。』
即答だった。無情なまでに即答で、わずかな間もなく返ってきたその言葉に、俺は苦笑するしかなかった。冷徹なまでの指示は、まさにプロフェッショナルの証であり、感情を挟む余地は全くない。だが、少女の期待と弾んだ心のギャップが、その瞬間の空気を少しだけ重くした。
「はぁ……ダメだってさ。」
俺は肩を落とすようにして少女に伝える。少女はほんの一瞬期待していただけに、その落胆も大きかっただろう。小さな肩が少し沈み、視線を地面に落とす様子は、見ていて心が痛む。
「そうですよね……」
テンションが下がっていく少女。先ほどまで弾んでいた声がしぼみ、足取りも少し重くなったように見える。うつむき加減になったその姿は、見ていて胸が締め付けられ、幼い心にはまだ理屈よりも感情が優先されるのだと感じる。まるで今までの世界が一瞬で色を失ったかのような表情で、ただ静かに地面を見つめている。
しょんぼりしている幼い少女を見ていると、なんだか悪い気がしてきた。俺は護衛として淡々と任務をこなす立場だが、目の前で落ち込む子供を放っておけるほど冷たい人間ではない。少しでも気持ちを明るくさせてやりたいと思うのが、人として自然な感情だった。
「なあ、まだ時間あるだろ?行ってもいいんじゃないか。」
と再度小型マイクに声をかける。少しだけ食い下がるような気持ちで、せめてもの提案をしてみたのだ。しかし——
『ダメだ。』
まったく、こういう頭の固いタイプは本当に嫌だね。即答で、何の余地も与えない。だが、それでも少女を思う気持ちには影響しない。
「……悪いな」
『? 』
俺はインカムと小型マイクを外してポケットにしまうと、うつむいている少女の小さな手をそっと取った。その手の温かさと柔らかさに、少し心が和む……いや、俺はロリ好きじゃないぞ。
「えっ?」
少女は驚き、目を大きく見開いた。
「行こうか、遊園地。」
俺は少女を連れて歩き出し、群衆を抜ける。彼女の顔に少しずつ笑みが戻るのを感じながら、俺は自分の中で一度深呼吸をした。
(大丈夫。なんとかなる……よな。)
と楽観的に俺は思うのだった。




