黒い悪魔Ⅰ
赤、青、白、黄色の紙吹雪が、風に乗って道いっぱいに舞い散っていた。
陽射しを浴びたそれらの紙片はきらめきながら、空中でくるくると回転し、人々の肩や頭に次々と降り注ぐ。熱気を帯びた観客の歓声と入り交じって、まるで大通りそのものが巨大な舞台のように変わっていく。
どこからともなく鳴り響くファンファーレと軽快なリズムが、遊園地の大通りをさらに浮かれた空気に染め上げていく。トランペットの甲高い音が風に乗り、ドラムの刻むリズムが胸を揺さぶる。派手な装飾を施されたフロートがゆっくりと進み、観客の歓声を浴びていた。
俺は前髪に張り付いた色紙を左手で払いながら、右手では少女の手をしっかりと握っていた。ここはパレードの最中で人の波が絶えない。大人である俺でも押し流されそうになるほどの圧力だ。少しでも気を抜けば、子供の身体なんて簡単に群衆に呑み込まれる。
「初めて遊園地に来ましたけど、想像以上に楽しいです!ありがとうございます。おじ様!!」
弾む声が耳に飛び込んでくる。振り返れば、少女は髪や肩にくっついた色紙をぱたぱたと払い落としながら、満面の笑みをこちらに向けていた。その表情は無邪気そのもので、ただ見ているだけで空気を明るくしてしまう力を持っている。子供の笑顔ってやつは、理屈じゃなく人の心を揺さぶるもんだ。
「どういたしまして。」
俺は短く返す。それ以上の言葉は要らなかった。こっちが余計な気遣いをしなくても、箱入り娘であるこの少女は勝手に楽しんでくれる。むしろ余計なことを言えば、子供特有の鋭さで見抜かれてしまうだろう。だからこそ、今はただその笑顔を壊さないことが一番だ。
視線をわずかに背後へ滑らせる。派手なフロートに釘付けになっている観客たちの向こう側に、黒い影が九つ、規則正しく動いているのが見えた。例のSPたちだ。九人、誰一人欠けていない。俺と少女の進む速度に合わせて距離を取り、しかし決して視界から外れることなく付いてきている。
(……よく来たな。急な予定変更したっていうのに。)
俺が勝手に少女を連れて遊園地に突っ込んだせいで、あいつらは余計に神経を使うはめになっている。堅物たちが、人混みの中で眉をひそめながら周囲を警戒している姿が遠目にもわかる。群衆に紛れようともしない。むしろ「職務で来ています」と全身で叫んでいるような立ち振る舞いだ。子供の目に映っても違和感があるだろう。
(まあ……がんばれや。)
心の中でだけ、彼らに合掌してやる。俺だって好きで勝手に動いてるわけじゃない。けれど、さっきの少女のしょんぼりとした背中を見て、無視できるほど冷血でもない。
「あっ、黒い流れ星!」
突然、少女が声を上げ、空に向かって小さな指を突き上げた。
ピピピピッ!
まるでそれが合図だったかのように、俺のポケットでスマホが震え、甲高い着信音を鳴らす。人混みのざわめきの中でもはっきりと聞こえる音に、俺は即座に取り出して耳に当てた。
「はい、し――」
『進藤くんか?』
低く鋭い女の声が鼓膜を打つ。世里奈だ。俺の上司。何かと小言が多いが、そのぶん判断は速く的確。電話越しで聞こえる世里奈の声は少し慌てているように感じた。
俺はスマホを耳に当てたまま、少女が指を指す方を見る。
青空。青空に黒い点が見える。
観客の歓声や音楽が一瞬遠のいたように感じた。意識の大半がその黒い影に集中していく。
その黒い点はやがて観覧車の方向へ吸い込まれていった。あれは鳥ではない。風船でもない。まるで空気を切り裂くような不気味な直線を描いて飛んでいる。
ざわ……と背筋を撫でる感覚。俺の直感が告げる。あれは危険だ、と。心臓が強く脈打ち、耳の奥で血流の音が響く。長年の現場経験が、あの影をただの錯覚と片付けるなと叫んでいた。
スマホの向こうから上司の声が響いた。
『そこから逃げなさい!!……が……くった。新……兵器が……ザッ、ザザー……』




