「少女」Ⅶ
「……そうかい。」
俺を止めた男を合わせ、少女を囲む男達の姿は黒いサングラスに黒いスーツ。
一見してテレビドラマに出てくる典型的な「SP」の格好だ。胸元には通信機らしき小さなマイク、耳には透明のイヤホンコードが伸び、わずかな仕草にも隙のなさを演出している。立ち位置もきっちりと計算されているようで、少女を守るように半円を描くように配置されていた。
しかし、その姿勢はあくまで「見た目」のものだ。俺の目には彼らの体の固さがすぐに分かった。たしかに鍛えられた体格ではある。肩幅は広く、腕の太さも一般人より一回り大きい。だが、その構え方や呼吸の浅さから、実戦における柔軟さは感じられなかった。多分、戦闘訓練は受けているのだろう。いざという時はマニュアル通り、教科書通りに動くだろう。
けれど、それは俺のように「殺し」という現場を何度も経験してきた者からすれば、穴だらけに見える。プレッシャー?そんなものは全く感じなかった。
俺は小さく息を吐き、前に一歩踏み出す。靴底がアスファルトを踏む音が、妙に周囲に響いた気がした。
「なっ、おい!」
男の一人が低く声を上げる。その声には制止の力がこもっていたが、俺の足は止まらない。
「……えっと、お嬢ちゃんが俺を一日雇う総理大臣の一人娘でいいのかな?」
俺は努めて柔らかい声を作り、男の横をすり抜ける。少女の視線に合わせるように少しかがみ込み、できるだけ優しい顔を意識した。普段の俺ならこんな顔はしない。だが、相手は小学生低学年くらいの子供だ。威圧する必要なんてない。
「うんっ! そうだよ。よろしく、おじ様!」
無邪気な笑顔が返ってきた。
「おじっ……そんなに老けて見えるのか?」
軽く肩をすくめておどけて見せると、少女は声を上げて笑った。高い声が弾むように響き、黒スーツの男たちが思わず視線を交わす。おそらく、少女が俺とすぐ打ち解けるとは思っていなかったのであろう。
それにしても、元気のいい子供だ。総理大臣の娘と聞いていたから、もっと大人びた雰囲気か、あるいはどこか人見知りで警戒心が強い子を想像していた。だが、目の前の彼女は違った。人懐っこく、笑顔を惜しまず、好奇心旺盛な雰囲気をまとっている。
総理大臣といえば、テレビや新聞で厳しい表情ばかり見かける人物だ。国会で鋭い発言を繰り返すその姿は、どこか近寄りがたい印象がある。だが、その娘はまるで正反対の存在だった。
「で、具体的に俺は何をすればいいんだ。」
少女とのやりとりをひとまず終えると、俺は男たちに向き直る。目を細め、彼らの中で一番年長と思しき人物に視線を向けた。
「……お嬢様をある場所に連れて行くことだ。」
静かに答えたのは、白髪交じりの男だった。髪はきっちりと撫でつけられ、皺の刻まれた顔には無駄のない冷静さが宿っている。他の男たちがどこか堅さを隠せていないのに対し、この白髪の男は一人だけ落ち着いていた。おそらく彼がこの集団の筆頭なのだろう。
「本来なら我々がお嬢様と車で同行するはずだったのだが……」
男の声は低く、だがよく通る。ひとつひとつの言葉を確かめるように、丁寧に説明を続ける。
「何者かに車を壊されてしまった。タイヤだけでなく、エンジンそのものに細工がされていた。完全に外部からの妨害だ。我々が修理を試みたが間に合わなかった。危険を感じた総理大臣は、かつて命を救ってくれた人物に助言を求め、その伝で君を雇ったのだ。」
俺は眉を上げる。なるほど、筋は通っている。総理大臣が自分の娘の命を守るために、過去の縁を頼ったというわけか。
「だから、君は我々の代わりにお嬢様を連れて行ってもらいたい。」
白髪の男がそう言い切ったとき、場に再び静寂が広がった。周囲の空気が一瞬重くなる。しかし、俺の中で感じているのはその重さではない。
(……思ったより楽そうな仕事じゃないか。)
車が壊されている、という外部工作が少し気になる。だが、俺の役目は単純だ。少女を目的の場所に送り届ける。ただそれだけ。護衛というより、送迎に近いかもしれない。
なかなか長い説明だったが、内容は単純明快だった。俺は軽く首を回し、肩の力を抜いた。
仕事は、思ったより楽そうだ。




