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Re:ガンマン  作者: アダス
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「少女」Ⅵ

俺はスマホを取り出して耳に当てながら、通話に出る。


「世里奈さん、勘弁してくださいよ。」


軽口を叩くように言いつつ、電話の相手が誰かを思えば、軽い冗談で済むものでもないことは理解してはいる。それでも、つい口からはそうした言葉が出てしまう。


と俺は話しながら、手入れされた中庭の芝生を踏みつつ、少し離れたところに見える豪邸の母屋へと足を向ける。芝生は陽光を浴び、濃い緑の葉先ひとつひとつがきらきらと反射していた。表面に薄く残る露が、足を運ぶたびにわずかに揺れ、光の粒を散らす。


花壇に目をやると、彩り豊かな花々が風に揺れ、鮮やかさを競うように咲き誇っている。花びらは水を含んで艶やかに見え、湿った土の匂いがほんのりと立ち上っていた。きっと庭師がつい先ほど水をやったのだろう。俺は靴の先で土に触れぬよう気を配りながら、敷石に足を戻す。


遠くの噴水からは一定のリズムで水音が響き、太陽光を受けて跳ねる水飛沫が細かくきらめく。風に運ばれるその音は、庭全体を包む静けさの中に涼やかな調べを与えていた。


『仕事に集中しなさい。仕事が終わったら君に何か褒美をあげるから。』


スマホ越しに聞こえる世里奈の声は、いつもと変わらぬ落ち着きを帯び、冷ややかな響きさえ含んでいる。短く、はっきりとした口調。俺にとっては仕事を命じる女上司の声であり、逆らいがたい響きを持っていた。


だが「褒美」という言葉に、心のどこかで小さな遊び心が顔を出す。こんな真剣な場面でふざけるべきではないと分かってはいる。けれど、張り詰めた糸を少し緩めたくなるのもまた人間というものだろう。


「……褒美っすか。じゃあ、仕事が終わったら世里奈さん。」


『なんだい?』


「俺と付き合ってくださいよ。」


『……っ!?』


自分でも軽すぎると分かる言葉が口を突いて出た。だが、もう遅い。


電話の向こうが静まり返り、世里奈は沈黙した。その一瞬が妙に長く感じられる。沈黙の刃が鼓膜に突き刺さるようで、俺は思わず眉をひそめた。


(あちゃ~、怒っちゃったかな。説教される前に切っちゃおうかな……でも、切ったら切ったで、仕事の後で呼び出されたらそれはそれで怖いしなぁ。)


庭の空気は穏やかで、遠くで鳥が羽ばたき、芝の葉が風にそよぐ音が微かに届いてくる。その自然の音が逆に静けさを際立たせ、世里奈の沈黙が重くのしかかる。俺は内心で冷や汗をかきつつ、返答を待つしかなかった。


『……わかった。こ、この仕事が終わったら君と つ、付き合おう。頑張れ…… 進くん。』


「なっ!」


思わぬ答えに足が止まる。石畳の上で靴底が硬い音を立て、バランスを崩しそうになる。冗談半分で投げかけた言葉が、まさか真正面から返ってくるとは想像もしなかった。


ブチッ!


通話が唐突に切れ、無機質な終了音が耳の奥に残る。余韻のように残った世里奈の声と、あまりに意外な言葉が頭の中で反響していた。


俺は言葉を失い、その場で数秒立ち尽くす。もう一度電話をかけ直すか一瞬考えたが、彼女の性格を思えば出てくれるはずもない。むしろ余計な火に油を注ぐ結果になりかねない。そう判断して、俺は小さく息を吐き、スマホをポケットに押し込んだ。


「ん~。」


無意識に声が漏れる。考えても答えの出ないことは、今は仕事に集中するしかない。


(これは……仕事を頑張らないといけないな。)


自嘲気味にそう結論づけ、俺は視線を前へ戻した。芝生は日差しを受けてなお鮮やかに輝き、庭の先には重厚な母屋の玄関が静かに佇んでいる。


桜模様の扉が自動的にゆっくりと開いた。木材の香りがわずかに漂い、金属の丁番が低く軋む音を立てる。その音は応接間の静寂に混ざり、さっきまでの電話で生まれた高揚感を少し和らげていく。


扉を抜けると、そこはすぐ応接間だった。中央に置かれた応接机。その奥に、一人の少女が椅子に腰掛けている。周囲を九人の男たちが取り囲み、壁のように立ちはだかっていた。


窓から差し込む光は部屋全体を柔らかく照らし、重厚な家具や分厚い絨毯、壁に掛けられた額縁や花瓶の影を床に落としている。奥に据えられた暖炉や壁の装飾は静かにその存在を主張し、室内に漂う香水や古い木の香りと混じって、不思議な落ち着きを醸し出していた。


床に落ちた光はゆらめき、窓際の花瓶に生けられた花も太陽に透かされて色を変えている。まるで時の流れさえゆるやかになったかのような静けさだ。


「……。」


俺は無言のまま、ただ視線を少女に向ける。椅子に座るその少女は、足をぶらぶらと揺らしながら無垢な瞳で俺を見返していた。年若い姿に似つかわしくないほどの落ち着きを感じさせる眼差しに、一瞬息を呑む。


九人の男たちは無言のまま佇み、部屋の空気をさらに重くしている。壁の装飾も花瓶も絵画も、すべてが視線の先の少女を引き立てる舞台装置のように見え、俺の存在は異物のように感じられる。視界の隅で光が絨毯の模様に細かい影を描き、部屋全体が静かに呼吸しているような錯覚を覚える。


「待て。」


俺が一歩踏み出した瞬間、低い声が響いた。九人のうちの一人が腕を伸ばし、進路を遮る。


筋肉質なその腕の動作には無駄がなく、抑えた威圧感が応接間全体に広がる。張り詰めた空気の糸が強く震え、緊張の色が一層濃くなった。


「お嬢様に余り近付かないでもらいたい。」

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