「少女」Ⅴ
とある中央部都市から少し離れた郊外。
柔らかい日差しが差し込む中、静かな街並みに目をやると、とある地区の街角で異様な光景が広がっていた。
ムエイタイ選手のような逞しい体つきをした大男が運転してきた外車のドアが開くと、両手首を鎖で巻かれた俺と、その鎖を握り引っ張る世里奈が降り立った。
街並みは物静かで、整然とした高級住宅街といった趣だ。小さな花壇には色とりどりの花が咲き、車道の舗装も隅々まで綺麗に保たれている。植木は丁寧に剪定され、庭石やレンガの道は朝日の光を受けて穏やかに輝いていた。通りには人の気配はほとんどなく、遠くで犬が吠える声がかすかに聞こえる程度だ。
だが、そんな美しい景色を眺める余裕は俺にはなかった。
手首に巻かれた鎖の感触。冷たい金属の重みと、拘束感による窮屈さ。どうにかして外せないか、そのことばかりが頭を占める。思考は鎖の処理方法でいっぱいだ。
「……」
沈黙を破るように、世里奈が俺の脇を鋭く肘で小突いた。
「痛で!?」
驚きと痛みで前を見ると、目の前には極楽絵が描かれた大きな鉄扉が立ちはだかっていた。錆びひとつない黒鉄の扉。彫り込まれた模様には、どこか神社の門や時代劇に出てくる武家屋敷を思わせる優雅さがあった。
壁の向こう側には、瓦屋根が朝日に反射して柔らかく輝く和風の豪邸が見える。格子や窓枠の木目まで光を受けて温かく光り、花壇や石畳と調和して美しい。
しかし、そんな景色を楽しむ余裕は一切ない。俺の頭の中は、この鎖をどう外すか、どうすれば自由に動けるかでいっぱいだ。
目の端で世里奈の手が鎖を握る動きを追う。彼女の指先には力が入っていて、逃げ出す隙間など微塵もないことを感じさせる。
ムエイタイ選手のような大男――運転手が呼び鈴を鳴らすと同時にインターホンで豪邸内部と連絡を取り、鉄扉がゆっくりと開いていく。その音は重く、冷たく響いた。
俺は咄嗟に鎖を引きずる世里奈から視線を逸らし、状況を見極める。だが、目の前の光景は無言の圧力となり、慎重さを強制する。庭先の石灯篭や水鉢、緩やかな傾斜の庭道の美しさも、今の俺には無意味だった。
「ここから先は君だけで行ってくれ。」
世里奈の声が背後から届く。
俺はその言葉に反射的に「嫌です」と返す。しかし、口に出すと同時に鎖を握る手の感覚がわずかに緩む。チャンスだ――
プロの手品師のように瞬時に両手を拘束していた鎖から抜き取り、反対方向へ逃げようとしたその瞬間、ムエイタイ選手のような大男――ムサ男が中国製マカロフピストルを構え、俺の動きを封じた。冷たい金属が視界に入る。銃口の先の光が、無言の威圧となって迫る。
「とっとと行け☆」
横で世里奈の冷たい笑顔。目に光る鋭さが、逃げ場のなさを痛感させる。逃げ出す余裕はゼロ。俺は泣きそうになりながらも、自由になった手で手首を擦りつつ、言われたとおりに敷地へ足を踏み入れる。
背後で鉄扉が重く閉まる音。振り返ると、もう逃げ場はない。外界への自由は完全に絶たれた。耳には鉄扉がぶつかる鈍い音が響き、庭先の小鳥のさえずりすら遠く感じられる。
「……マジかよ。」
ふと、ポケットに触れる感触に気づく。出掛ける前に入れていたスマホが軽く振動していた。通知か着信か、途方に暮れている俺のポケットから微かな着信音が響く。




