「少女」Ⅱ
弾倉に弾を一発ずつ丁寧に戻し、カチリと音が鳴るまで押し込む。最後にスライドを確認し、安全装置をしっかりとかける。俺にとってこの動作は呼吸と同じ。惰性ではなく、確実に。安全装置を次に外すのは、仕事の時だけだ。その時まで、銃は眠らせておく。
一連の儀式を終えると、俺は机の引き出しを閉じ、腰を上げた。部屋を見渡す。生活感の薄い部屋。余計な飾りもない。無駄を嫌う俺の性分が如実に表れている空間だ。ここには俺が必要とするものしかない。それでいい。
玄関を開け、外に出る。湿気を帯びた午後の空気が肌にまとわりつく。太陽はすでに高く、アスファルトをじりじりと焼いていた。そんな眩しさに目を細めた瞬間、視界に飛び込んできたのは一台の外車だった。
玄関前に堂々と停められたその車は、いかにも目立つ。黒塗りのボディが太陽の光を鈍く反射し、近所の視線を引き寄せていた。ナンバーも品の良さを装っているが、俺には一目でわかる。世里奈がよこしたものだ。
「ここ、駐車禁止なんだけどなあ。」
苦笑しながら小さく呟く。案の定、周囲では数人の近所のおばさん達が立ち話を中断し、好奇の目をこちらへ向けていた。鋭い視線に背中を押されるように、俺は頭をかきながら車へと歩み寄る。そして迷わず後部座席に滑り込んだ。
ドアを閉めると同時に、車は滑るように発進する。高級外車特有の静かなエンジン音が、逆に不気味なほどだった。
運転席に座っているのは、ムエイタイ選手のような体つきをした大男だ。肩幅が広く、腕は丸太のように太い。首の太さといい、素人には見えない。こいつは世里奈の部下で、信者のように上司に従う元自衛隊員。今は俺たち殺し屋を、上から命じられた場所へ運ぶだけの「運搬役」だ。むさいが、仕事は確実にこなす。
「どうせ今日も顔合わせだろうな。」
心の中でつぶやく。月に一度あるかないかの呼び出し。特に深い意味もない。ただの定例行事。そう分かっていても、わざわざ足を運ばされるのは面倒だった。
(うん……はっきり言って面倒くさい。)
わざわざ俺が出向く必要があるのか? そんな疑問が胸の奥でくすぶる。
退屈を紛らわせるように、俺は運転席に声をかけてみた。
「なあ、今晩ヒマか? たまにはお前と朝までパァッと飲みに――」
軽口を叩いたつもりだったが、その言葉を遮るように鋭い声が返ってきた。
「黙れ。」
短い一言。冷たく突き放すその声音は、氷のように硬かった。
(……やれやれ、ヒマだからって話し掛けるもんじゃねぇな。)
苦笑しながらも心の中でつぶやく。だが沈黙に耐えかねて、俺は再び口を開く。
「あの――」
「黙れ。」
即座に返される拒絶の言葉。声色すら変わらない。完全に壁を作られていた。
二度も冷たく突き放されると、さすがの俺も限界がきた。胸の奥に小さな苛立ちが芽生え、それが一気に広がる。
「……なるほど、そういう態度しちゃうかぁ。」
心の中でぼやきながら、俺は唐突に行動へ移った。走行中の車のドアに手をかけ、一気に開け放つ。
風が強烈に吹き込み、体を押し出す。次の瞬間、俺の体は車外へと投げ出されていた。
地面に叩きつけられる瞬間、反射的に受け身を取り、肩から転がる。アスファルトが皮膚を擦り、火花のような痛みが走ったが、体は自然に衝撃を逃がす動きを選んでいた。何度も地面を転がり、やがて勢いを殺して膝をつき、ゆっくりと立ち上がる。
(ふぃー、他の走行車がいなくて運が良かったぁ。)
肩に付いた砂埃を払いつつ、小さく安堵の息を漏らす。もし車の多い幹線道路だったら、冗談抜きで轢き殺されていただろう。
耳を澄ますと、先ほどまで乗っていた外車の方角から、運転手の凄まじい怒鳴り声が響いてきた。激しい怒気を帯び、罵声混じりに俺の名を呼んでいるのが分かる。
だが、そんなものに付き合う義理はない。俺は背を向け、怒鳴り声を背中に受け流す。




