96話 指輪とチョコレートと引きこもり_3
バレンタイン当日。
私と菜月は、校門から伸びる行列を横目に学校を出た。
去年と同じくバレンタインは休校で、その代わり男の子にチョコレートを渡したい一般の人たちが学校に集まる。
今年の参加者は2年生が幸太郎君しかいなくて、後は全員1年生。最後までこういうイベントに出席する幸太郎君には少し尊敬する。他の男の子なんて枠決まったらすぐに学校来なくなったし。
「家寄っていい? 貰ったチョコ置いてから行きたい」
「もち、というか奏は相変わらずの人気だねー」
「私もほぼ全員の分用意してるしね」
手提げ袋の中にはカラフルな包装紙のチョコレートが山になっていた。市販品もあれば手作りもあって、誰が何をくれたのか忘れないようにしっかりとラベリングもしてある。今年は意外なクラスメイトが手作りしてくれたこともあって、今から食べるのが楽しみ。
私の作ったトリュフも、喜んでくれるといいなぁ。
上機嫌で歩いていると、菜月はその手提げ袋の山を見つめていた。
「奏は、なんというか……罪深いね」
「なんのこと?」
「いや、こっちの話」
菜月がなにか分からないことを言っていたけど、私が聞き返したらスルーされてしまった。いや、ほんとにどういうこと?
一度お互いの家に寄り、荷物を置いてから駅へ向かう。そこから30分ほど電車に乗り、私たちは見知らぬ駅で下車した。
「目的地はあそこ」
駅のホームから菜月が指を差したのは、正面に見える高ーいマンション。
「あの辺は高級住宅街になってて、住んでる男の子も多いんだ。だから警備もしっかりしてる、あんまりきょろきょろしてたらすぐに警察に声かけられるから注意ね」
「わかった」
駅から出ると、その周辺は綺麗に整備されていた。
なんだか私達が普段乗り降りしている駅とは雰囲気が違う。等間隔に植えてある街路樹にベンチ、一応コンビニもあるけど、余計なものがなさすぎて私には殺風景、という言葉が浮かんだ。
もしかして隠れる場所を少なくしてる? いや、その可能性も全然ありそう。
その空気までちょっと慣れない感じがして、少し緊張しながら菜月の後に続く。さすがに男の子がその辺を歩いてることはないけれど、その代わりお上品な女の人やお淑やかな女の子が多い気がした。透子ちゃんが通っていた清華院の指定コートを着ている女の子とかも時折すれ違う。なんだか住む人までも選別されているような、そんな気がしてくる。
マンションまでは意外と近くて、駅から10分もしないうちにたどり着いた。
「なんか入口に警備員さんいるけど」
「普通に入れば大丈夫、ちゃんと用事もあるし」
そうは言っても、菜月の仕草も少し硬い。一つ息を吐いて、私達は自動ドアをくぐった。
「こんにちは、どちらへ御用でしょうか?」
自動ドアの先は広いエントランスだった。入ってすぐにコンシェルジュが声を掛けてくる。
「704号室の霧峰さんへ用事です。アポ取ってます」
「かしこまりました……失礼ですが、そちらの方も?」
と、菜月の後ろにいた私に視線を投げかけられる。
「はい、二人で伺うと伝えてあります」
「確認いたしますので、少々お待ちください……はい、問題ありません。自動ドアの先、あちらのエレベータからどうぞ」
コンシェルジュの人はパソコンでなにかを操作していたけど、すぐに許可が出た。
私達は自動ドアの横にもいた警備員の視線に目を合わせないようにして、エレベータに乗り込む。それから溜めていた息を、二人同時に吐き出した。
「はぁ~、なんか悪いことしてないのに緊張しちゃう」
「そうなんだよねー、私も毎回そう。このマンション、男の子も何人か住んでるらしいから警備厳しいのも分かるんだけどねー」
警備するならまとめた方が警備しやすいということだろうか。今まで気にすることもなかったけど、男の子ってこういうところに住んでるんだな。
エレベータが7階で止まってドアが開くと、その先は簡易的な窓がついた廊下だった。ひっそりと静まり返っていて、その静けさは少し不気味なほどにも思える。
704のドアの前まで来て、菜月がインターフォンを押す。するとすぐに、ガチャリと鍵が開いた。
「こんにちは!」
「菜月様、いらっしゃい」
「こ、こんにちは」
「貴方が菜月様のお友達? どうぞお上がりくださいな」
「お邪魔します」
菜月様、という言葉に少し疑問が浮かんだけど、会社の社長の娘で、次期社長ともなると様付けになるか、と思い直す。菜月が『様』って感じではないことはとりあえず置いといて。
中は少し広めのマンションって感じで、廊下とは違って違和感はない。私と菜月は居間に案内され、すぐに紅茶が満たされたカップとカステラが二切れ乗ったお皿が置かれた。
「名前は奏さん、で良かったかしら。私は霧峰香織、霧峰十流の母です」
「はじめまして、菜月の友人、琴宮奏です」
そう挨拶してくれた香織さんは、凄い綺麗な人だった。物腰は柔らかくておっとりしている印象。長い黒髪は艶がよくて光を反射させている。服さえ整えれば大学生でも通用しそうな見た目だった。
私のお母さんもそうだけど、子供がいてもみんな若く見える。この世界は老化が遅いのかな? と思ってしまうくらい。
「それにしても奏さんは本当にお綺麗なのねぇ……菜月様が凄い褒めるものだから、どんな人かと思っていたけど、想像以上」
「え、あ、ありがとうございます……」
こんな大人な女性に褒められることなんてあんまりないから、なんだか照れてしまう。菜月はいったいどんな風に言ったんだ。
「菜月様も十流に気を使ってくれてありがとう、お仕事の方はどうかしら?」
「私はまだ勉強中ですけど――」
菜月は何度か香織さんと会っているのもあって、そこから少し世間話となった。その内容はだいたいお仕事の話で、菜月の口からは普段聞かない専門用語がポンポン出てきて、なんだかそれが意外。いつもは莉々と一緒にはしゃいでいるのに、今横にいるのはちゃんとした社長の娘って感じ。
紅茶もカステラも無くなり、話も一段落したところで、菜月は本題に入る。
「それで、十流君は変わらずですか?」
「前と変わらないわ、私もほとんど顔を合わせていないの。ご飯は扉の前に置いておけばちゃんと食べてくれてるし、お風呂を使っている形跡もあるんだけど……」
引きこもりと聞いて心配していたけど、そこまで不摂生ではないらしい……いや、やっぱり引きこもりしている時点で不摂生ではあるか。
「でもね、少し進展があって……最近分かったことなんだけど、私が仕事に行っている間は部屋から出てるみたいなの」
「えっ、そうなんですか?」
「えぇ、実はここにね?」
と香織さんは部屋の隅にあった植木鉢に近づく。その観葉植物の根本には……。
「もしかしてそれ、カメラですか?」
「奏さん、よくわかったわね。そう、監視カメラ仕掛けてみたの」
それは半分土に埋もれているけど、確かに小さなレンズが見えた。
「前々から居間にあるものの位置がちょっとずつ変わっている気がしてね、仕掛けてみたら案の定。見る? 見る?」
と少しテンション高めの香織さんは、私の返答を聞く前にノートパソコンを机の上に置く。いくつもある動画ファイルの一つを開くと、そこにはパジャマを着た男の子が目をこすりながら歩いていた。




