95話 指輪とチョコレートと引きこもり_2
「お邪魔しまーす!」
「入って入って」
バレンタイン前の休日、私は家に来た菜月を迎えた。
菜月の手にはスーパーの袋が吊り下げられていて、なかなかに重そう。
「え、それもしかして全部チョコ?」
「まっさかー。お母さんが持ってけってー」
と、袋から出てきたのは様々な化粧品のテスター。私が使うようなプチプラだけじゃなく、なぜかお母さんが使うようなものまで入っている。というか普通に最新の商品も混ざっているみたいだった。
「……もしかして菜月、お母さんに今日のこと話したりした?」
「え? うん、話したけど、なんで?」
「いや、なんでもない……」
菜月を通じてテスターを貰うことはあったけど、今までこんなに大量に持ってくる事はなかった。その量はなんとなく、菜月のお母さんからも今回の件についてよろしく、的なことが透けて見えるような気がする。
もしかしたら菜月よりお母さんの方が困ってるのかもしれないなぁと思いつつ、菜月からその袋を受け取った。
「作るのはトリュフにしようかなって」
「その心は?」
「菜月のレベルに合わせた結果」
「なんだとぅ!」
「冗談冗談」
隣でエプロンをした菜月に軽く体当たりをされる。
「本当の理由は……まずあんまり派手なものは渡すのに向いてないってこと」
「気合入れすぎても男子引いちゃうしね」
女の子に渡す用のチョコなら好きに作れるけど、男の子に作るチョコレートとなると話は別。
事前にいくつか雑誌とかを見るかぎり、渡すだけなら市販品が安定らしい。
その理由は、手作り品は何かを混入させやすいからという、結構ダークな理由。男の子も手作り品を受け取る時はまずそのことを警戒する。だから基本は市販の未開封品が当たり前。
じゃあなんで今回は手作りにするかというと、それは菜月がすでに枠に入っているから。
枠に枠入りしている人からの市販品はNG、というこの世界の謎ルールがあって、今度はチョコレートでどれだけ愛を表現できるのかが大事になるらしい。まぁこの辺りの話は雑誌が誇張して書いているような気がしないでもないけれど。
菜月は枠に入っているけれど、お相手とは会ったことがない。既製品がいいのか手作りがいいのか迷うところだけど、菜月は初めから手作りを作るみたいだったし、その意志を尊重しながら、大人しいシンプルなものを作ることにしたというわけ。
ということをなんとなく説明しながら道具とかの準備をしていると、菜月はなぜか感心しているみたいだった。
「奏は相変わらずよく考えるね~、私のことなのにごめんね?」
「それは別にいいんだけど……そんな考えてるかな」
「私の10倍は考えてる気がする。奏って時々話が派生しすぎて、聞いているうちに分かんなくなる時あるし」
「そんなことある?」
うわ、気を付けよ……と思いながらも用意したチョコレートを刻み始める。ちなみに私は今年のバレンタインでクラスメイトにばらまく分も作るから、キッチンには大量の板チョコが積み重なっていた。
私と同じように、菜月もさくさくと板チョコを刻んでいく。
「なんか昔もこんなことしてたよねー」
「昔?」
「ほら、小学生の時にさー、運命の男の子にあげよう! ってエマと三人で溶かして固めただけのチョコレート作って、会えるはずもないのに街うろついたじゃん」
あー……それ、今の私にはない記憶だ、と思いながらその話を聞く。
「結局3人でチョコレート食べることになってさー、私とかたぶんそのせいで虫歯になった記憶あるんだよねー」
「それはちゃんと歯磨いてなかったからじゃないの?」
「まぁ小学生の時の話だから、うん」
私が本質を突くと、菜月はすぐにそうごまかした。
「でもこうしてると、なんかその時の事思い出すなー。あの時から料理系は奏が一番上手かったよね」
「その頃からお母さんの料理見てたからね」
と言っても、今の私にも菜月とお菓子を作った記憶はあった。
あれはたぶん小学校低学年の時とかだった気がする。今同じように二人並んで、クッキーの型を抜いていた。
あの時はまだ私の方が背も高くて、菜月はちょこまかと落ち着かない性格で……私がよく注意していたような気がする。
それが今では菜月の方が背も高くなって、こうやって大きくなっても昔と同じようなことをしているのが、少し不思議な感覚だった。
チョコレートを刻み終えると、いくつかの小鍋で生クリームを温める。とろ火にしている合間に、オレンジとか紅茶の茶葉を用意した。
「それはどうするの?」
「トリュフに合わせるんだよ。トリュフって簡単に出来るのはいいんだけど、結局はチョコと生クリーム合わせただけだから、いろいろ入れて特徴を出すの」
「おにぎりみたいなもの?」
「……まぁ似てはいるかな」
茶葉は先に生クリームと温めて置いて風味を付ける。オレンジは果汁と皮を使うからとりあえず切って、と。
「そういえば聞きたかったんだけど、菜月のお相手ってどんな人なの? 会ったことないのは分かってるけど、写真くらいは見たことあるんでしょ?」
「あぁ、そこまで説明してなかったっけ。名前は霧峰十流君。写真は少し小さな頃のやつを見せてもらったことあるよ、なんて言ったらいいかー……ちょっと弱気で、細っこい守ってあげたくなる感じ?」
私の世界だとそれは『頼りない』なんだけど、この世界では『守ってあげたい』になるらしい。
この世界の男の子は、横暴で我儘な自分を主人公と思っているタイプか、または十流君のように弱気で臆病な、女の子を避けるようなタイプに分けられるから、そう言う意味では十流君は普通の男の子とも言える。
「枠入りが決まった時に十流君のお母さんとも話はしたんだけど、その時に十流君は出てこなかったんだよね。でも男の子のことだからこっちから無理も言えないし、その時は諦めたんだけど、こんなに顔合わせることできないと思わなかった」
「十流君のお母さんはどんな感じ?」
「良い人だったよ。でも部屋からほとんど出てこないのは、やっぱり困ってるみたい。このままの状態でも高校卒業は出来るだろうけど、枠決まってないと家からも連れ出されちゃうしね」
「やっぱ政府側に取られるよりは枠決めた方がマシだよね」
「男の子産んだお母さんなんて、本当は絶対手元に置いておきたいだろうけど……政府の方に取られたら基本会えないって噂だしね」
そう言う意味では、この世界の枠の制度はよく出来ている。現状の男女比率はすごい偏りだし、少しでも多くの子供を産むために貴重な男の子を遊ばせておく余裕なんてない。
だからいくら女の子が怖い引きこもりの男の子だって、引きこもれるのは高校卒業まで。その後どういう扱いになるかは本人のみぞ知る。
普通に考えれば、ちゃんと枠を埋めた方が後々の自由に繋がるなんてすぐに分かるだろうけど……学校に行かないと、それを自覚する機会もなかったりするのかな。
温めた生クリームにチョコレートを溶かしながら、そんなことを思った。
その後、溶かしたチョコレートをバットに入れて粗熱を取る。後は冷蔵庫で冷やして、一口大にまとめてココアをまぶせば完成。
冷蔵庫で冷やしている間は私の部屋でティータイム、お供は残ったチョコレートの欠片。
「奏のお母さんは、将来のこととかなんも言わんの?」
菜月はココアが入ったマグカップを手にしながら、雑談の途中でそんなことを聞いてきた。
「んー、特には……成りたいものに成って良いとは言ってくれてるけど」
「はぁ~、いいなぁ~。うちなんて毎日お小言だよ。最近は帰ってからも仕事の手伝いさせられるし」
「……もしかして、あんまり会社継ぎたくなかったりする?」
「そう言う訳じゃないんだけどさぁ……なんか敷いたレールの上を歩かされてるっていうか。十流君の枠の話だって、私の知らないうちに決まってたんだよ?」
話す菜月はどこか不満そうだった。枠の話は、どちらかというと当人同士で決まる方が少ない。男の子にはどうしても後ろ盾が必要で、それがなければ卒業後だって簡単に取引材料にされてしまうから。菜月だってそれくらい分かっているはずなのに。
そんな時にふと思い出す。私の記憶の中の菜月……中学生までの菜月は、お母さんより、お父さんによく懐いていたことを。
この世界にはいないけれど化粧品会社だってお父さんが社長だったし、お母さんは普通に専業主婦だったはず。それがこの世界では菜月のお母さんが社長をしているから、その辺りが菜月にも影響しているのかもしれない。
「時々考えちゃうんだよねー、成りたいものに成れるんなら、私は何になるんだろうって」
「菜月、他に将来の夢とかあったっけ?」
「そう聞かれると特に思いつかないんだけどさー」
それは、他の人が聞くときっと贅沢な悩みと言うだろう。
菜月が感じているのは、将来が決まりすぎているから感じる不安で、そこに自分の意志があるかどうかわからないからなんじゃないかと私は感じた。
「菜月って運動神経良いし、案外プロフットサル選手とかでもいいかもね。ほら、莉々ちゃんと一緒に」
「うーん、それも面白そうかも……でも絶対莉々の方が上手いしなー」
将来に対する、漠然とした不安。それは少し前の私が感じていたものでもある。私は自分で目標を立ててから、もうそこまでの不安は感じていないけど。
菜月の不安は、私とは少し違う種類かもしれないけど、不安という事には変わりない。
「菜月、あーん」
「ん? あー……あまー」
余ったチョコレートのカケラを、菜月の口に入れる。
菜月はなんだかんだ言いながら、ちゃんとお母さんの跡を継ぐような気がした。それは今うっすらしているメイクにだって現れている。菜月は小さいころからメイクが好きだったし、それは今でも変わらない。
「もう一つちょうだいー」
「はい、あーん」
私が出来るのは、菜月が愚痴を言いたいとき、傍にいること。菜月がくじけそうになった時に、励ましてあげること。
卒業したら菜月はきっと忙しくなるし、会う回数も減る。だからこうやって甘えてくれる時くらいは、いくらでも甘やかしてあげようと私は思った。




