91話 約束の日_1
年の瀬、12月29日。
その日は私にとって、待ちに待った日だった。
心の端にしまっていた大きなプレゼント、それを開ける日。正直待ち遠しすぎて、昨夜はあんまり眠れなかった。
でもそれも仕方がないと思う。だってずっと願っていた私の目標の一つが、今日叶うんだから。
「奏、早いねぇ」
「エマ、おはよ」
そう、今日はエマとの約束の日。
エマの処女を、私が受け取る日。
当初エマは、最初から私の家で待ち合わせしようと言った。
けれどいきなりメインディッシュから食べるようなことをしたくなかったから、エマに少し時間を取ってもらって、デートをしてから私の家に向かう計画を提案した。
といってもデートだと思っているのは、たぶん私だけかもしれないけど……。
待ち合わせ場所に現れたエマは、普段のコートにいつものバッグ。特別お洒落にしてきたわけじゃなくて、めちゃくちゃ気合を入れていた私は、少し空回りしちゃったかなとも思う。
「なんか二人だけで遊ぶのって久しぶりだねぇ。どこ行こっか」
「とりあえずお昼食べよ、それからちょっと身体動かして、わ、私の家行こっか」
「うん、おっけぇ」
私が言葉につっかかっても、エマは全然変わらない態度。この世界で処女喪失って、もしかして私が思っているよりずっと普通なことなのかなぁ、と思いつつ歩き出すと、隣にぴったりとエマがくっついてきて、私の手を握ってきた。
「ど、どうしたの? エマ」
いきなり繋がれた手に、動揺を隠しきれない。
「うーんと……なんとなく? 別に手繋ぐくらいちょっと前でもしてたでしょ」
それはエマの言う通りで、中学の時は普通に菜月と3人で手を繋いだりもしていたし、街中でも手を繋いで歩いている学生も見かけるけれど。
今日という日にエマにそうされると、なんだかギクシャクしてしまう。
うぅ~、女の子と手を繋ぐくらい、何度もやってきたはずなのに……。
私のそんな気持ちを余所に、エマはとても上機嫌な様子で私の隣を歩いていた。
「ねぇ、もしよかったら奏のいた世界のことを教えてくれない?」
まずはお昼ご飯、とホットサンドの専門店に入って、BLTサンドを食べながらお話している途中、エマにそんなことを言われた。
「私がもともといた世界のこと?」
「うん、もっと男の人も沢山いたんでしょ? 修学旅行の時はそんなに詳しく聞けなかったから、気になってたんだよねぇ」
「話すのは別にいいけど……この世界とは全然違うから、エマには夢物語みたいに聞こえるんじゃないかなぁ。例えば……私、前の世界ではお父さんいたんだよ」
「え、そうなの!?」
「というかエマにもいたけど」
「……本当に全然違う世界なんだねぇ」
「男がいない、っていうだけで、それ以外はそんなに変わらないけどね」
ぐるりとお店の中を見ても、当り前のように女の子しかいない。私にとっても、もうそれが当たり前になっていた。
前の世界から比べて変わらなすぎることがあるのは不思議だけど、もし歴史や技術から全然違った世界になってたら、私もそう簡単にこの世界で過ごしていけなかったと思う。
そんなことを説明すると、エマはやっぱりよくわからなそうな顔をしていた。
「あ、じゃあ私はどうだったの? 私から見る奏はほとんど変わらなかったから……奏の世界の私も同じだった?」
「いや、エマは……全然違ったかも」
「あれ? そうなんだ」
私が元々いた世界のエマは、すっごい人見知りで、臆病だった。いっつも私の後ろに隠れていたし、何をするにも私に相談してきた。
「そうなんだ……奏、面倒じゃなかった? 話聞いてると私でも付き合うの面倒くさそうと思っちゃうけど」
「でもね、エマは全部私を頼るわけじゃなかったんだよ」
私の世界のエマも、今考えれば調べることが好きだった。
学校で出た宿題で一日中調べものをしていたこともあるし、私の知らないこともたくさん知っていた。歴史や暗記物の成績もいつもトップクラスで、私がなにか忘れているような気がしているとエマは後ろから教えてくれることが何度もあった。記憶することとか、物覚えが良くて、私や菜月だってエマによく助けられていた。
「エマは私に相談する時だって、大体全部の材料をそろえてくるの。私の世界にいたエマに足りなかったのは、一歩踏み出す勇気だけ。いつも最後の一押しが欲しくて、私とか菜月に頼っていたんだよ」
「そう聞くと、確かに私なのかなぁ……なんか自分のことみたいで自分のことじゃないみたいな、不思議な感じ」
私の懐かしむような言葉に、エマはけれどもそこまでピンときていない様子だった。
でもそれは当然だと思う。私の記憶の中のエマと、今ここにいるエマとは、ただでさえ二年間の差がある。元の世界のエマだって、高校生になったらもっと自信をつけている可能性だって……それを私が見ることが出来ないことは、残念だけれど。
どっちのエマでも、変わらないことは一つだけ。
「でも私にとってのエマも、やっぱり全然変わらないな。もちろん今のエマだって、私は大好き」
私はそんな素直な気持ちを伝える。
エマは私にとって安定剤のようなものだと思う。困ったことがあっても、エマは必ず私に寄り添ってくれたし、昔からすぐそばにいてくれた。今は一緒にいる時間が少なくなってしまったけれど、エマが修学旅行の時に言ってくれた『幸太郎君より、私の方が大切』ということは私の中でいつまでも忘れることはないと思う。
「な、なんかそう正面から言われると、照れちゃうねぇ」
エマは照れながらホットサンドにかじりつく。表情を隠すようにもむもむと口を動かしていた。
私も少し冷めてしまった紅茶に口を付ける。この気持ちは恋、というより、どちらかというと親愛というのだろう。白ちゃんみたいな胸の高まりとはちょっと違うけれど、エマのためなら他の何よりも優先できる。それが私達の繋がり。
「わ、私も、奏のこと……大好きだよ」
やがてエマは、顔を赤くしながら律儀にそう返してくれた。
…………やっぱりいますぐ家行こっか? 親愛でも性欲は沸いちゃうかも。
と言うところをぎりぎりで踏みとどまって、ちょっと変な雰囲気のまま私はエマとお昼を過ごすのだった。
お昼の後は、室内スポーツができる施設で遊ぶことにする。
と言ってもエマはあんまりスポーツが得意じゃない。一番の理由として、エマの立派な胸が動きを邪魔しちゃうからなんだけど、得意と好みは別で、エマは私達とならこういう施設にもたまに来たがった。今日は二人だし、お遊びなら得意とか不得意とかは関係ないしね。
小さなバッティングセンターでボールを打ち返してみたり、二人でバドミントンをしたり、同じ施設内にあるゲームセンターでお菓子を狙ってみたり。
それはいたって普段通りの私達だった。この世界に来てからもこうして遊んでいたし、前の世界だって同じように遊んでいた。
少しだけ汗をかいて施設から出た私達は、家に近づくにつれ少しずつ言葉を交わすことがなくなっていった。
その理由はこれからの事を意識しているからで、私の家に入ってもエマは静かなままだった。
「……大丈夫?」
「うん、へいき」
「シャワーするよね?」
「……汗かいちゃったから、先に借りてもいいかなぁ?」
こんなのえっちする前の会話じゃん、と思ったけれど、冗談じゃなく本当にするんだよな……いや本当に? 私とエマが?
エマをお風呂場に案内してから、しばらくそんなことをぐるぐると考えていたけど、いやまだ準備あるじゃんと切り替えて自分の部屋に入る。
私はこの日のために、ありとあらゆることをシミュレーションしていた。どこでするかはもちろん、どんな風にするか、その時の話題、アフターケアまで全て。
第一はエマが痛くないように処女喪失をすること……だけど、最初はどうやったって痛い。私だって白ちゃんの指でした時は相当痛かったし、自分の中の奥深くに入ってくる異物感が凄かった。
その時の記憶があるから、エマには出来るだけ安心してもらうために、今日のことは全部私に任せてもらった。
私の家を指定したのは変にホテルとかにするよりリラックスできそうだからだし、汚しても気にならないように新品のタオルだって買ってある。なんなら新品の下着もしっかり用意していた。
お母さんも会社の人と夜遅くまで飲み会だから、邪魔が入ることもない。
大丈夫、ちゃんと準備したから……といろいろチェックしていると、開きっぱなしだった扉からエマが顔を覗かせる
「奏、お風呂ありがとぉ……」
「うん、じゃあ部屋で待っててくれる? 飲み物もあるから……わ、私も入ってくるね」
「うん、待ってる」
その「待ってる」の一言は、自然と私の足を速める。
脱衣所に入り、一回息を吐き出す。落ち着こう言い聞かせているけれど、鼓動はずっと早いまま。
「うわ……」
下着を脱ぐと、それはもう私の体液で湿っていた。
「というか、今日別にえっちするわけじゃないし……私が濡らす必要ないんだけど」
洗濯機に下着を放り込み、少し熱めのシャワーを浴びながら、自分に言い聞かせる。
そう、今日はエマの処女喪失であって、それが済んでしまえばその先なんてしなくてもいい。私が頼まれた一番の目的は、痛くしないようにすること、ただ一つ。
「落ち着け、落ち着け私……」
そもそもエマの好きな人は幸太郎君。もちろんそれ以上に私のことが好きだって信じているけれど、エマにとって今日は、いつか幸太郎君とするための前哨戦みたいなものだ。
私はたまたま、その前におこぼれを貰うだけ。親友の処女を貰うなんて、そもそも前の世界だとありえないことだし、それだけで十分。
だから、私が緊張して失敗することなんて許されない。シャワーの中で、私はもう一度息を吐き出した。




