90話 メリークリスマス:PM
「……美味しい!」
前菜のスモークサーモンとサニーレタスのサラダを口に入れて、私は思わずそう呟いた。
菜月が予約してくれたのは綺麗なレストラン。テーブルには真っ白なテーブルクロスが敷かれていて、カントリー風の外観は落ち着いた雰囲気。正直高校生だけで来るにはちょっと背伸びしている気がするけれど、通されたのは個室だからある程度賑やかにしても平気そうだった。
「おかわり!」
「莉々、コースだからおかわりはないよ。な、菜月さん、パンは食べ放題だよね?」
「うん、でも莉々の胃袋はカバーできないんじゃないかなー……」
「あ、あんまりいっぱい食べたら恥ずかしいから、ほどほどにね!」
莉々ちゃんのサラダは綺麗に無くなっていた。今回はコース料理で、確かに莉々ちゃんにはちょっと足りなさそう。
私の隣には、同じようにサラダをもぐもぐとしているエマがいる。
「なんかこういうところに来ると、大人になった気がするねぇ」
「うん、社会人になったら会食とかするのかな?」
「どうだろう……? 紅葉さんはよくしてるみたいだけど、食べるよりお話聞かないといけないから、今みたいにゆっくり食べられなさそう」
確かに会食はどっちかというとお話メインかーと思っていると、ぴしっとした制服を着た店員さんがスープを持ってきてくれる。
「そら豆のスープだって」
「お洒落ー、予約してくれた菜月に感謝だねぇ」
「ふふん、そうでしょー!」
「忘れてたくせに~」
事前メールがなかったらただキャンセル料かかるだけだったんじゃない? と思いながら、スープを口にする。舌ざわりなめらかでほんのり温かくて、ほのかな甘味。とっても美味しくてついつい頬が緩んでしまう。
「莉々、ほっぺについてるよ」
「拭いて―」
正面で詩帆ちゃんがせっせと世話を焼いているのを見ながら、ただみんなで騒ぐわけじゃなくて、ゆったりしたクリスマスもいいなぁと思った。
お魚、お肉のメニューを食べて、最後のクレームブリュレとアイスクリームに舌鼓を打つ。デザート研究家の詩帆ちゃんは、やっぱり一口食べて分析をしていた。その間に莉々ちゃんが詩帆ちゃんのお皿を狙っていたけれど、さすがにこれはあげられなかったのか、なんとかブロックしている。
「ところで菜月、この後どうするか考えてた?」
「どっかでプレゼント交換したいよねー、そのどっかは考えてないけど!」
「つまりノープランってことね」
「私食べたりないよー! ラーメン屋さん行く!?」
「莉々、まだお店出てないのにそんなこと言わないの」
この辺だと……暗くなるまで暇を潰してクリスマスイルミとか見てもいいけれど、集まる人もめちゃくちゃ多いから、みんなで歩くのはちょっと迷う所。
「えっと、じゃあ、うち来る?」
私がどうしようか考えているところで、そんなことを言ったのはエマだった。
「エマのお店? いいの?」
「うん、お母さんも少し前に二人と会いたいって言ってたから……お店ならご飯もあるし、近くの駅前でイルミネーションもしてるよぉ」
「したいこと全部揃ってんじゃん! そーしよー!」
ということで急遽エマの家へ行くことになった。ここからなら確かに電車でそんなにかからない。
「え、恵麻さんの家ってお店なんだよね?」
「うん、そうだよぉ。駅の並びにあるスナックだねぇ。営業は夜からだから、昔はよく昼間に奏となっちゃんも遊びに来てたんだよ」
詩帆ちゃんと莉々ちゃんは初めて行く。エマのお母さん、麻子さんは優しいし世話好きな人だから、人見知りしやすい詩帆ちゃんもすぐ慣れるだろう。
レストランを出てみんなで駅に向かう途中、そういえばと思ってエマの横に並ぶ。
「麻子さんにはエマが枠入りしたことって、もう言ってあるの?」
「うん、言ってるよぉ」
「凄い喜んだんじゃない?」
反対側から話を聞いていた菜月も私と同じ想像をしていた。
「うん……お母さんに伝えた夜にね、お店の方に呼ばれたと思ったら、常連さん全員に祝ってもらって……すっっっごい恥ずかしかった」
今は分からないけど、昔からお店のお手伝いしていたみたいだから、エマはいわゆる看板娘的な感じなんだろう。
男の子の枠に入ることはこの世界では一大イベント。お店の看板娘が枠に入ったとなると、それはみんな祝いたがるだろうなとも思った。
電車でいくつかの駅を移動して、エマを先頭に目的地へ向かう。昔はよくここら辺で遊んだなーと懐かしがっていると、やがて『スナック麻子』という看板が見えてきた。
だけどその景色に、なんとなく違和感がある。
「あれ、なんか……綺麗になってる?」
「うん。最近リフォームして、お店の方は綺麗になってるよ」
私の記憶では、遠慮なく言わせてもらうとそのお店はちょっと寂れていたはずだった。壁も年季が入っていたし、看板も電気が一つ消えたままだったと思う。
けれど今では、壁は塗られたばかりのように綺麗になっていて、看板も真新しくなっていた。なんなら入口のドアなんて見るからに新しい。
「お母さんには連絡してあるから、お店の方から入れるよ」
エマはいたって普通にドアを開くと、お店の中も全然変わっていた。
ところどころ破れていた椅子は新品になっていたし、テーブルもシックな色合いに変わっている。分かりやすいのは壁で、前はタバコの煙のせいで黄色がかっていたけれど、それも真っ白になっている。
「なんか全然違う店になってんだけど! エマ宝くじでも当てた?」
菜月も同じ感想のようで、入ってポカーンとしていた。
「実は私、もう紅葉さんの会社でちょっと働いてて……昔からお店が古いのは気になってたから、稼いだお金は全部リフォームに充ててるの」
「それにしたって……」
その店の変わり様は、エマってどれだけ稼いでるの? と思ってしまうほど。
「いらっしゃーい、奏ちゃんも菜月ちゃんも久しぶりねぇ」
お店の入口で私と菜月が呆然としていると、奥から麻子さんが出迎えてくれる。
麻子さんは去年会った時から変わらない美魔女っぷりで、エマをそのまま大人にして、ぽわぽわとさせた感じ。エマと同じく胸の大きさが凄くて、太っているわけではないから着ている服も胸のところだけパツパツになっている。
そんな麻子さんの両手は、なにやら大きなお鍋を運んでいた。
「お母さんなに作ってるの?」
「おでんよ、たくさん食べる子がいるんでしょ? 仕込んでるのがあったからちょうどいいと思って。ご飯もあるから好きなだけ食べていって」
「おでん! ご飯!」
おでんにご飯って合うのかな、という話は置いといて、莉々ちゃんはさっそくエマのお母さんに餌付けされていた。
詩帆ちゃんが隣でペコペコ謝りながら、莉々ちゃんは全然気にせず漫画盛りのご飯を貰っている。
「久しぶりに来たからかもだけど、私から見ると違和感凄いな……わっ、ソファもふわふわ」
「奏もやっぱそう思う? 綺麗な方がいいのはそうなんだけどねー」
詩帆ちゃんと莉々ちゃんは初めてだからなにも気にしていないけど、私と菜月は子供の時の記憶をどうしても思い出してしまって、少し戸惑った。
そんな私達の前にエマが水の入ったグラスを置く。
「私、紅葉さんの会社に入ることになったから、ここを継ぐ人とかいないんだよねぇ。でもお母さんはできるだけ長くこのお店続けたいみたいだし、常連さんも沢山いるから、お母さんがお店続けられるようにいろいろと整えたかったの」
私と菜月は昔を見ていたけど、エマは前を見据えていた。
エマこそ子供の時からここにいて、お店を見守ってきたはず。そんなエマがここを変えようと思ったのなら、私達に言えることなんてなかった。
「でもまだ変えたいところいっぱいあるんだよぉ、空調関係も整えたいし、家の方も今やってもらってる途中なの! はぁ、学校さえなければもっと働けるのになぁ」
「エマ、私達まだ高校生だよ……?」
「そうなんだけど、私にも出来るって分かっちゃうと夢中になっちゃって……」
エマにとって、きっと就職のための勉強は、もう必要ないんだろうなと思ってしまう。
エマが夢中になることを見つけられたのなら、それはきっといいことなんだろうけど。
すこーしだけ、エマが先に行ってしまったような気になってしまうのは、きっと私の我儘なんだろうか。
「大根んまーい!」
「え、わ、私もですか? 私はお腹いっぱいなので……」
麻子さんが詩帆ちゃんの前にも漫画盛りご飯が置かれようとしていて、慌てて断っている。
「奏が好きだったグレープジュース、まだあるよ。 飲む?」
「え、あれまだあるんだ。飲みたい!」
それは、子供の時によく飲ませてもらった、100%のグレープジュース。思わず私がいうと、エマは「りょーかい」と言って、慣れたようにグラスを取り出し始める。
変わったこともあれば、変わらないことだってある。それがいい事なのか悪い事なのか、私にはまだ分からないけれど、エマみたいに前を向くことがきっと大事なんだろうなと思った。
「お楽しみのプレゼント交換だー!」
テーブルの上には沢山のお菓子が広げられ、麻子さんが買って来てくれたケーキも無くなった頃、菜月がプレゼントを取り出しながらそう宣言した。
「みんなプレゼント用意したー?」
菜月の言葉に、みんなそれぞれプレゼントを取り出す。
どうやって交換するかを話して、今回はくじ引きにした。自分の名前を書いた紙を小さく折りたたんで、麻子さんに混ぜてもらってから一人ずつ取っていく。
「みんな取ったね? じゃあ開いてその人のプレゼントを貰いましょー」
私もその紙を開くとそこには詩帆ちゃんの名前が書いてあった。
「あ、私詩帆ちゃんだ」
「わ、私も奏さんだよ!」
ばっ、と手を挙げた詩帆ちゃんは私と分かって明らかに嬉しそうにしていた。ということで私と詩帆ちゃんでプレゼントを交換する。
詩帆ちゃんのプレゼントはなんだろうなーと思いながら袋を開くと、デザートスプーンとフォークのセットが入っていた。そのデザインは不思議の国のアリスをモチーフにしたような可愛いもので、どことなく詩帆ちゃんらしい。
金色にきらめくスプーンとフォーク。新しくなったお店で貰ったこのプレゼントもいつか懐かしいと思うのかな、とかそんなことを思いつつ、詩帆ちゃんが私のプレゼントを開くのを見ていた。




