88話 変わらないこと
冬休み前のテストも終わって、今回もまぁまぁの出来だったなーと思いながら採点を待つ期間。
「奏、今日暇?」
「うん、特に予定ないけど」
「じゃ一緒に帰らない? あ、もちろんエマもね」
放課後になってざわざわしている教室で、菜月がそんな誘いをしてきた。
「今日は部活ないの?」
「うん、もう年末だしねー。最近一緒に帰ってなかったし」
「帰ってなかったって、こないだみんなでテスト対策したじゃん」
「私が久しぶりだと思ったら、1日でも1時間でも久しぶりなのだ」
そう言いながら、紅葉と話していたエマに手を振った。
「あれ? 詩帆ちゃん達は?」
「莉々が用事あるらしくって詩帆連れてったよ」
「そっか、なんだか3人だけで帰るの久しぶりな気がする」
「最近じゃ誰かしら用事あったりするしねー」
「奏、なっちゃん、お待たせ」
分厚いコートを羽織ったエマが合流して、3人で校舎を出る。
すっかり冬も本番になって、吹き付ける風は冷たい。私達は自然と身を寄せ合って、固まるように歩いた。別に近づいたからって温かくなるわけじゃないんだけど、なんとなく気持ちの問題。
「それにしてもなーんかやだなー、最近星野ちゃんも将来に向けた話ばっかりするし」
「なんか星野先生の話、リアリティあるよね」
「あれはリアリティっていうより、ただの恨み節じゃないかなぁ? 星野先生って確か学生の時にギリギリで枠に入れなかったって話してたよねぇ」
少し前のホームルームでそんなことを零していた気がする。ちょっとやさぐれ感はあるけれど星野先生も美人ではあるし、前の世界であんな先生いたら男子人気凄かっただろうな。
「そう言えば進路希望調査、二人は出したんだよね?」
ふと思い出して、菜月とエマに聞いてみる。
「うん、私とエマはもう決まってるようなものだしね。奏は?」
「まだ迷ってるんだよねー」
12月の初めに配られた進路希望調査票は、まだ私の机の上にあった。なんとなーく自分の進みたい道も決まってきてはいるけれど、まだはっきりと道筋が描けていない。
この世界では前の世界と比べて、みんながみんな大学に進学するような感じじゃない。
大学に進学するというのは、世間的に男の子に選ばれなかった『負け組』の印象がある。この世界では大卒より自然妊娠……子供を作った方が経歴的に有利、という訳わかんない常識があるから、大学に行かず子育てをして、一段落してから就職した方が良いとされている。
菜月もエマも種を貰う縁が出来たから、二人とも大学に行く予定は初めからなかった。
菜月はお母さんの化粧品会社に、エマも紅葉の会社に就職することが決まっている。
そしてそれは、私が進学しても就職しても、今3人でいる当たり前が当たり前じゃなくなるということでもあった。
「……なんか将来のこと考えると、寂しくなってきたかも」
自然に漏れた言葉にはっと気づくと、菜月とエマがなぜか笑いを堪えるような表情で私を見ていた。
「あっ、違っ、そういうわけじゃなくて」
「何が寂しいってー?」
菜月がにやにやしながら距離を寄せてくる。
「今から寂しくなるのは、ちょっと早いんじゃないかなぁ」
その反対側にエマがぴったりとくっついてきた。
二人の暖かさに挟まれながら、観念するように思っていたことを言葉にする。
「……分かってはいるんだけどね、私達も入学した時とはずいぶん変わったでしょ?」
「まぁねー。エマは幸太郎君の枠確定だし、私も一応種貰えることになったし……入学する前は奏が真っ先に枠入りするだろうなと思ってたんだけど、わからないもんだね」
そうならなかった理由は私がこの世界に来てしまったからなんだけど、それも今となってはエマが知っている。エマに目配せすると、心配ないよ、と笑ってくれていた。
「でもねぇ、私は奏ともなっちゃんとも、中学の時よりもっと仲良くなったと思ってるよ。一緒に遊ぶ時間は減っちゃったけど、それ以上にいろんな話をしたし、困ったときはちゃんと相談できてるでしょ? だから働き始めても、私は3人で集まってお話したいなぁ」
「うん……そうだね」
中学の時は毎日のように会っていて、それが高校になってちょっと減って。その代わりに新しい関係が出来て、でも3人で集まれば楽しくて……そうやって子供の時から今まで、私達の関係はずっと続いている。それが社会人になってすぐ無くなるなんて全然考えられなかった。
「むしろちゃんとお金稼ぐようになったらさー、もっといろんなところ行けるんじゃない? みんなで温泉旅行とか行きたいなー」
「修学旅行の時楽しかったしねぇ、また温泉入りたい」
「奏が就職しないで大学行くようなら、一足先に社会に出た私とエマが奢ってあげよう」
「えー、そのくらいなんとかするって」
温泉旅行かぁ、3人で行くのすっごい楽しそう。もちろん、詩帆ちゃんと莉々ちゃんを加えて5人でも良さそうだし。
そんな風に楽しみな事を考えていると、さっきまでの寂しさはいつの間にかなくなっていた。
やっぱり二人の言う通り、まだ寂しがるのは早いのかもしれない。
「ねー、まだ時間あるならカラオケ行かない? なんか声出したくなってきた」
「奏がそう言うの珍しいじゃん。私も行きたーい! エマは?」
「私も大丈夫、いつものとこ行こっか」
エマが言ういつものとこは、中学の時からよく行っていた学割が利くカラオケ店。
3人で入るのは久しぶりで、飲み放題を付けてカラオケルームに入ると、なんだか中学生に戻ったみたいな気持ちになった。
その夜。
私は寝る前にお母さんと進路の話をした。
私が話す将来にお母さんは意外そうな顔をしたけれど、特に反対されることもなく、お母さんは「奏がなりたいものになりなさい」と言ってくれた。
それで決心がついた私は、寝る前に進路希望調査票の上にペンを走らせる。
進路希望調査票は第三希望まであるけれど、書いたのは第一希望だけ。
書かれた紙を目の前に、前の世界だったら絶対こんな進路にしなかっただろうな、とも思う。
この男女比が狂った世界に来たから、やりたくなったこと。この世界だからこそ、私にしか出来ないこと。
この紙の上に書かれているのはその一歩。この世界でたくさんの、余ってしまった女の子を救うための。
「うん、私らしいかも」
記入した進路希望調査票を鞄の中にいれて、ぽすんとベッドの上に倒れる。
悩んでいたことがひとつ減って、なんだかすっきりした。
でも私が目指す未来のためには、高校生のうちに結論を出さないといけないことがいくつかある。
エマとの約束はすぐそこだし、菜月にはまだ私が違う世界から来た事を話せてないし、白ちゃんにも私のことを話して、私の気持ちを伝えたい。
エマの言う通り、きっと寂しがるのはもう少し先でいい。
今を目いっぱい楽しんで、卒業の時は悔いがないようにしておかなくちゃ。




