87話 星羅のともだち
あたしの名前は神木星羅。
百合ヶ原高校、1年4組、児童福祉施設出身。
親がいない児童福祉施設出身はとにかく舐められる。入学前から虐められるのだけは嫌だと思っていたから、あたしは外見からまず舐められないだろうという恰好をして学校に行った。
入学初日から先生に生徒指導室へ呼ばれることになったけど、あたしは染めた髪も、耳に開けたピアスも、短いスカート丈も直さなかった。あたしの強情さに先生の方が折れて、成績を落とさない限りは見逃すとなったのは結構意外な着地点だった。
実際、舐められるのはもっと底辺の高校で、百合ヶ原はそれなりに学力がある高校だから、そこまでのカモフラージュはいらなかったと気づいたのは後からだけど……別に馴れ合うのもあんま得意じゃないし、友達いなくても平気か、と入学した時は思っていた。
そう、思っていたんだけど。
「だからね? 翠はまだ分かってないわけ! 奏先輩の神秘性をさぁ! 奏先輩が通った後はなんか良い匂いがして、空気が浄化されて、草花まで元気になるの。つまり奏先輩はこの地上に舞い降りた天使なんだよ!」
「なにそれ、もっと現実ベースで話してよ。匂いなんてきっと普段使ってるシャンプーとか洗剤が要因でしょ? 神秘性より生活性とかじゃないの? ……奏先輩が人を引き付けるような香りなのは、分かるけど」
「でも奏先輩が私の家のふっつーのシャンプー使っても、良い匂いしたよ?」
「え? なんでくるみの家のシャンプー使ってるの?」
「私と奏先輩は、お泊りした関係なので~。羨ましいでしょ~」
学校終わり、ファストフード店で小さなテーブルを囲みながら、あたしはそのしょーもない話を聞いていた。
右隣でポテトを手に得意げにしているのが、入学して割と早めにあたしに話しかけてきた恋塚くるみ。一言目で「あなた一人でしょ? 私の友達になって!」とストレートに話しかけられたのはまだ記憶に新しい。
そして左隣でぐぬぬっているのは、最近知り合った彩野翠。二人の姉がどっちも刑務所にいる、というなかなか重たい境遇の持ち主だけど、本人は特待生でクラスでの成績もトップ。教室ではずっと孤高で、最近は焼きそば神って呼ばれていたけど、奏センパイのお願いで私達のグループに入ることになった。
そしてその二人の話題は、ここにはいない奏センパイのことがほとんど。
奏センパイはくるみの中学の時からの知り合いで、超絶美人で存在感が半端ない人。初めてくるみに紹介された時はマジで顔が整い過ぎてて驚いた。くるみが「先輩の後ろからはいつも後光が差しているんだよ」とか話していたからそんなまさか、と鼻で笑っていたけれど、実物を見たらそれも納得できる特別さ。
あの見た目で成績優秀、でも話しやすい雰囲気と性格、体育祭ではリレーで爆走していた。神様が属性もりもりにして人を作ったらどうなるか? とかふざけて奏センパイを作ったんじゃないかって思うくらい完璧な人。
「もしそうなら実質天使みたいなもんか……」
欠点を挙げるなら……枠に入っていないこと? あの見た目ならありえないけど。
そんなことを考えていると、くるみはあたしの両手をがしっと掴む。
「そうだよね! 星羅も分かってくれるよねっ……!」
「星羅もそんな感じに思ってるの?」
翠が得意のじっとりした目で見つめてくる。
「いや、違うけど」
「えーーーー! 星羅は私の味方してくれたっていいじゃん! そうすれば2対1なのに」
「人数で勝とうとしないで」
最近一緒に過ごすようになった翠も奏センパイに縁があるようで、控えめではあるけれど奏センパイの悪いことは言わなかった。文化祭で一緒に歩いてたんだっけ? 知らんけど。
ぐらぐらとくるみに肩を揺らされながら、あたしはポテトを口に入れる。
トレイの上に無造作に広がった3人分のポテト。くるみも翠も、それを適当に口に入れながら奏センパイ談義を続ける。
話す内容はともかく、学校帰りにガールズトークするような高校生活になるとは微塵も思ってなかったなぁ、と適当な相槌を打つ。
3人分のポテトがすっかり女子高生3人のお腹に収まり、二人の話がひと段落して、ようやくあたし達はお店を出た。
「じゃあお腹もいっぱいになったし、そろそろ今日のメインに行こう!」
「メインって、奏センパイへのクリスマスプレゼント探すんだっけ? この間誕生日プレゼント選ぶのに付き合ったばっかりじゃん」
少し陽が落ちた街の中、くるみの後に続く。
ちょうど一月前くらいの休日にくるみから呼び出されたことを思い出す。あの時は朝から晩までプレゼント選びに付き合わされて本当に疲れた。あれをもう一回やるのは面倒。
あたしがそう文句を言うと、くるみはちっちっと指を揺らす。
「甘いね、星羅。誕生日プレゼントは渡すだけだけど、クリスマスプレゼントはお返しが貰えるんだよ!」
「くるみの誕生日になったらお返し貰えるじゃん」
「そう言う事じゃなくて! その場で交換するのがいいんじゃん!」
そういうもん? と翠を見ると、翠も首を傾げていた。
「でも今年は奏センパイとパーティしないんでしょ?」
ついこの間くるみから聞いたことを繰り返すと、くるみのテンションは一瞬でズンと落ちる。
「うん……私達も参加しちゃうと人数多くなりすぎるからって……」
「8人は多いか」
たしか奏センパイのグループは5人だった気がする。どっか店行くにしても大所帯。
だったらプレゼントもいらないんじゃないかと思うけど、くるみはどうしてもプレゼントを渡したいらしい。
「パーティはあたしらですればいいんじゃない? 今年は翠もいるんだし」
「えっ、翠も?」
あたしがそんなこと言うと、少し後ろで歩いていた翠がなぜか驚いていた。
「なんか予定あった?」
「何もないからアルバイト入れようと思ってた……」
「あー、なら別日にする?」
「まだシフト出してないから大丈夫。クリスマスにみんなで集まるのとか、初めてだからびっくりして……いつもお姉ちゃん達と一緒だったし、あの本当にいいの?」
翠は少し戸惑っているみたいだけど、別に嫌そうではなかった。
「あたしは毎年オウル……あ、私がいた児童福祉施設の名前ね。そこでクリスマス会してたからワイワイうるさいのが普通だったなー。むしろイベントの時は静かな方が嫌かも」
「オウル、クリスマスもやるんだ」
「夏祭りやったんだから、クリスマスなんて当たり前っしょ。小さい子ほど楽しみにしてるよ」
くるみはちょっと複雑そうな顔をしていた。少し前にやった夏祭りの時は年少組……特に望結に懐かれてたっけ?
そこで少し良いことを思いつく。
「っていうか今年もあるんだけど、なんならみんなで行かない? ちょっとした料理とかお菓子もでるよ」
「えー……」
「環……あたしの後輩ね。時々勉強教えに行ってるんだけど、その時に望結がさ、おねーちゃん次いつ来るのーって言ってたよ」
正確には「おねーちゃん達」だけど。なんなら一番来てほしいのはかもめ様だろうけど。
「そ、それならまぁ……行ってあげないこともないけど!」
「ちょろ……」
「何か言った?」
くるみの言葉をスルーしてなにやら考えている翠の顔を覗き込む。
「翠はどうする?」
「ボランティアみたいなもの?」
「まぁそうだね、先生に言えば内申も上がるんじゃない」
「それは別に気にしてないんだけど……うん、でも興味あるし行ってみようかな」
「決まりー」
思わぬ労働力を手に入れた。準備とかも忙しいし、少しずつオウルに連れ込めばその内知り合いもできる。オウルの子達はみんないい子だから、馴染んでくれればオウルの方も少し楽になるし、こういうのウィンウィンって言うんだっけ?
「よし、そうと決まれば奏センパイのプレゼント、真面目に探しますかー」
「そっちは最初から真面目に探してよ!」
「翠は何がいいと思う?」
不満げなくるみを置いといて、翠の意見を聞く。
「えっと、翠達3人からってこと?」
「え! 私からだよ! じゃないと私のことを考えてお返し選んでくれないじゃん!」
「3人からってことにした方が、奏センパイ喜びそうだけどなー。翠のこととかも気にしてたし」
「それはそうかも……し、仕方ないなぁ! じゃあ星羅も翠も奏先輩のことちゃんと考えて選んでよ」
「はいはい」
「翠、いい雑貨屋さん知ってる。すぐ近くだから行ってみない?」
「そうしよっかー、早めに決めよう」
二人と話しながら、こんな風に放課後を過ごすなんて思ってもみなかったなと改めて思う。
けど自然に笑ってしまうのは、きっとこの関係が心地いいから。こんなことくるみに言ったら絶対調子に乗るから、口が裂けても言えないけれど。




