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男女比が狂った世界に転移したレズはどうしたらいいですか?  作者: シキ


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83話 新しい動力_1

 文化祭二日目の早朝、私が朝一番に体育準備室のドアを開くと、そこには意外な事に先客がいた。


 その子は全体的に細くって、栄養が足りてなさそうな子だった。背も平均的で胸の主張はほとんどない。後ろで二つお団子にしている髪が特徴的で、少しだけ釣り目なのもあって、一見すると他人を拒絶しているような印象を受ける。

 うーん、将来は厳しめの警察官とかが似合いそう。まだ幼さが勝るけど、もうちょっと成長したらきっと美人さんになるとみた。


「お、おはよう、ございます」

「おはよー、早いねぇ」


 挨拶を返しながら私も中に入る。その子はなぜか、私の事をじっと見つめていた。


「奏……先輩?」

「あれ、私のこと知ってるんだ?」


 どっかで会ったことあったっけ? と思いながら脳内を検索するけれど、後輩にあんまり関わりはない。もちろん目の前の女の子も知らなかった。


「でもごめんね。私はあなたのこと知らなくて……」

「い、いえ、翠もクラスの人が自慢していたのをたまたま見ただけなのでっ」


 話してみると、見た目よりしっかりしてそうなイメージが強くなった。

 どうしても見た目で損しちゃう人っているよね、この子もそんな感じっぽいな。


「それってもしかしてくるみって子?」

「は、はい。恋塚さん、よくスマホの画像見ながら神木さんに自慢してて……」


 私の事を自慢する後輩なんて一人しか思いつかない。神木も星羅の苗字だし、どうやら二人と同じクラスらしい。


「そっか、くるみと同じクラスね。名前、翠ちゃんって言うの?」

「え? はい……彩野翠です。なんで私の名前を?」

「なんでって自分で翠って言ってたから……ふふっ、普段学校では私って言ってるんでしょう。油断したね~」


 エマとかも小さいころは自分のこと名前で呼んでたのに、いつの間にか私になっていて少し残念に思った記憶がある。翠ちゃんの名前呼びは後輩感が強くて可愛いかった。


「今日はこんな早くにどうしたの? くるみのクラスは焼きそば屋さんだったはずだけど」

「わ、忘れ物をして……!」

「忘れ物?」


 こんなところに?

 ぐるりと見回すけれど、昨日の帰りの光景とそんなに変わりがない。そもそもステージに出ないクラスはこんなところ入らないし、翠ちゃんもなにも持ってないし……。


 ふとエマの、『怪しい人がいたら教えてね』という声が蘇る。

 怪しいかと言われたら怪しいけど……まさかこんな一年生が、ねぇ。

 なにか他に事情があったんだろう、と納得して自分の用事を済ませることにする。補充した道具を確認しながら、私は良いことを思いついた。

 翠ちゃんと仲良くなれば、くるみ達に紹介出来たりしないかな? 同じクラスだしきっと面識はあるはずだよね。普段のくるみの様子も知りたいし、丁度いいかも!


「じゃ、じゃあ私はこの辺で――」

「ところで翠ちゃんは、今日の文化祭誰かと回る予定ある?」

「い、いえ……特には……」

「じゃあ私と一緒に回らない? 私も今日一人なんだよね、よかったらクラスでのくるみの様子とか聞かせてよ」


 そんな私の誘いに翠ちゃんはしばらく固まっていたけれど、しばらくして頷いてくれた。




 文化祭二日目が始まって、翠ちゃんと一緒に回る。


 翠ちゃんは最初こそ緊張していたようだけど、クラスを回るうちに落ち着いてきたのか、次第に笑顔を見せてくれるようになった。

 菜月たちのフットサル体験会へ一緒に参加したり、フランクフルトやドーナツを食べ歩いたり、古本市にも顔を出して詩帆ちゃんと少しお話したり(詩帆ちゃんは、私の隣にいた翠ちゃんを見て、新しい女の子……とか呟いていたけど)。

 くるみのクラスにも行ったけど、くるみ達はタイミング悪く丁度いなかった。なんだか私といる翠ちゃんが凄い見られていたけど、私と一緒にいるせいだったらごめんねって感じ。


 特にトラブルもなく楽しく文化祭を回って、お昼も過ぎたからちょっとお腹に入れておこうと私達は3年生がやっている化け猫カフェに入った。

 そこは3年生の先輩が猫耳猫しっぽ、しかも語尾はもちろん『にゃん』でお出迎えしてくれるカフェ。私より一学年上とはいえ、ノリノリでキュートな女の子とか、クールで恥を捨てきれていない女の子が接客してくれるのは、追加料金払わなくていいんですか!? と言いたいくらい。

 来年の文化祭はコスプレカフェ提案してもいいなーと思いながら、私はミニオムライスを注文する。翠ちゃんはそんなにお腹が空いていないようで、カフェラテを注文していた。


「わぁ~、可愛い~!」


 手のひらサイズのオムライスの上には、ケチャップで猫のイラストが描かれている。まんまメイドカフェだ! とテンション上がりながら写真を撮っていると、私のテンションとは違って、翠ちゃんは静かだった。

 翠ちゃんの気分は、時間が経てば経つほど沈んでいっているように見える。それは何か焦っているような、それとも何かから逃げているような……。心配ではあるけれど、まだ知り合って間もない私が翠ちゃんの内情に突っ込んでもなーと思って、なかなか踏み出すことが出来ないままだった。


「……奏先輩には姉妹はいますか?」


 私がオムライスを食べながらそんな心配をしていると、翠ちゃんは突然そんなことを言いだした。


「いないよ、一人っ子。私もお姉ちゃんとか、妹とか欲しかったな~」


 もしお姉ちゃんがいたら甘やかしてあげたいし、妹でも甘やかしてあげたい……ってこれじゃどっちも一緒か。甘やかされるのも悪くないけど、やっぱり基本的にしてあげたい派なんだよな。


「もし、もしですよ? 奏先輩にお姉ちゃんがいて……お姉ちゃんが決してしてはいけないことをしようとしていたら、奏先輩はどうやって止めますか?」


 翠ちゃんは『もし』を強調するけれど、それはどう考えても翠ちゃんの話だった。つまり翠ちゃんのお姉ちゃんが、なにかいけないことをしようとしている?

 いけないこと、と聞いてなんとなく幸太郎くんのことを思い出すけれど……もしかして翠ちゃんはなにか知ってるんだろうか。でも翠ちゃんのお姉さんを、勝手に男の子を誘拐するような人と決めつけるのも失礼だよね……この世界って男の子に関する犯罪の話ってデリケートだし。


 だから私は、もっと極論で例え話をした。

 お姉さんが間違ったことをしそうなら、翠ちゃんが止めてくれるように。ただ止めるだけじゃなくて、お姉さんの気持ちもちゃんと考えてくれるように。


「まだ、間に合うかな……」

「そう思ってるってことは、まだ間に合うってことだよ」


 私の応援は、翠ちゃんにもちゃんと伝わってくれたようだった。翠ちゃんは私の目の前でスマホを操作して、耳に当てる。

 そんな翠ちゃんの様子を私は見守っていたけれど、電話が繋がった後の翠ちゃんの表情は、だんだんと抜け落ちていった。


 二日目のステージの時間が近くなって、私も体育準備室へ向かう。

 私の片手は、危なっかしい足取りの翠ちゃんの手を捕まえていた。電話の先で何があったのかは分からないけど、すっかり気力を無くしてしまって、今はまるで抜け殻のよう。

 体育館は人が凄くて、正面からなんて入れないから体育館裏にある非常口から入る。体育準備室はすでにクラスメイトが準備を始めていた。


「私手伝ってくるから、翠ちゃんはここにいてね?」


 ひとまず翠ちゃんを邪魔にならない部屋の端に待機させて、ステージ袖に合流する。


「奏さん、後ろ姿問題ないですか?」

 声を掛けてきたのはすっかりお姫様のかもめだ。新緑のドレスは持参品らしく、かもめのバランスのいいスタイルを強調している。


「うん、大丈夫。紅葉にだって負けてないよ」

「ありがとうございます。……紅葉もそう思ってくれるでしょうか?」

「紅葉は――うーん……幸太郎君と自分のことしか気にしてなさそう」

「聞いておいてなんですが、私もそう思いますわ。それも紅葉の魅力ではありますけど」


 かもめはそう言いながら、ステージの反対の袖で準備を終えた紅葉を見ていた。真っ赤なドレスを着た紅葉は自信に満ち溢れていて、挑戦的な笑みを浮かべている。


「……ふふ、あの笑み。いつか私が崩してみたいですね、どんな表情をするのでしょう」


 かもめのその小さな呟きは私にばっちり聞こえていたけれど、スルーする。ただ紅葉を陥れたいとかじゃなく、たっぷりの愛が詰まっているだけだから。まぁそれがちょっと歪んでいる気がしないでもないけど。


「そろそろ始まるよ、足元大丈夫?」

「えぇ、問題ありません。では行ってきますね」


 かもめはいつものように、まるで無害な表情を浮かべてステージの上に歩みを進めた。


 ステージが始まるとなんだかんだ忙しい。リアルタイムで進めないといけないし、みんな演劇経験者とかじゃないからちょっとしたトラブルもある。正直幸太郎君が出るだけで大歓声だから、私たちが少しくらいミスしたって問題なさそうではあったけど。

 けれど全て終え、爆発したような拍手が鳴り響くと、みんなやり遂げたような表情をしていた。


「琴宮さん、道具とかどうするんだっけ?」

「いったん端にまとめて置いてくれればいいよ、片付けるのは文化祭終わってからだから。それより、かもめと紅葉のところに行ってくれない? 衣装脱ぐの結構大変そうだから人数いるんだ」


 クラスメイトに指示を出して、私は道具を端にまとめていく。

 私のクラスが終わった後、ちょっと長めの休憩時間がある。というのも、ステージを見た人が体育館から出るのに凄い時間がかかるからだ。先生が誘導してくれるけど、それでも昨日だって30分以上かかっていた。

 クラスメイトに指示を出してから、結局なにもトラブル起きなかったなーと端っこで立ったままの翠ちゃんに声を掛ける。


「翠ちゃんおまたせー。終わったよー、意外と声出すこと多くって喉乾いちゃった」

「ワタシ、ノミモノアリマス」

「翠ちゃん本当に大丈夫? ロボットみたいな話し方になってるけど」


 ギクシャクと動く翠ちゃんは心を無くしたロボットみたいになっていた。けれど小さな鞄の中から水筒を渡してくれる。

 私が遠慮なくその水筒に口を付けると、良く冷えた水が身体の中を流れていった。思ったより喉が渇いていたみたいでごくごく飲んでしまう。


「奏先輩!?!?!?」

「うわっ!」


 いきなりの大声にビクリと驚く。水筒の水がちゃぷ、と音を立てた。

 急にあわあわし始めた翠ちゃんに手を掴まれて、訳の分からないまま体育準備室の奥にある謎のスペースに連れ込まれた。

 そこは予備倉庫? みたいな部屋で、少し古めな毛布が投げ捨てられているだけのスペース。


「あれ、こんな部屋あったんだ。知らなかった」

「奏先輩! 吐いてください!」

「吐いて? なんで?」


 なんだか秘密基地みたい、と感心していると翠ちゃんは変な事を言ってくる。


「さっきの水には、感度3000倍になっちゃう薬が入ってるんです!!!」

「感度3000倍……?」


 なにそのえっちな漫画みたいな設定……なにと比較して3000倍なの?


「あはは、翠ちゃんもそんな冗談言うんだねぇ。もし3000倍になったら、服が擦れるだけで死んじゃうんじゃないの?」

「た、確かに……じゃなくて! なんの薬か分からないから吐いてほしいんです!」

「えー、でもさっきの何の味もしなかったし……いきなり吐けって言われても……」


 さっき飲んだのは私的にはごく普通の水で、特に味もしなかったはず……そのはず、なんだけど。

 なんとなく、身体の中が燃えるように熱くなっている気がする。

 急激に眠気が広がって、足取りがふらふらとしてくるような感覚。もしこれが翠ちゃんのいう薬のせいなら、危ないんじゃないと一瞬思ってしまうけど、その考えも目の前に靄がかかるように考えられなくなる。

 その代わりに私の中に浮かんだのは、目の前にいる翠ちゃんがどうにも美味しそうに見えてしまう事だった。


「んっ、はぁ……なんか熱くなってきちゃった……」


 身体が異常に熱くて、制服を着ているのも窮屈な気がして、胸元くらいならいいかとスカーフを取ってしまう。ぱたぱたと胸元に風を送った。


「か、奏先輩……」

「なーにぃ? すいちゃん」


 目の前に可愛い女の子がいる。少し怯えた視線で見ているような気もするけれど、そんなの気にならなかった。無性に翠ちゃんの身体に触れたくて、一緒に気持ちいいことをしたくて……いつの間にか翠ちゃんを壁に追い詰めていた。


 逃げないってことはいいんだよね、きっと翠ちゃんも期待してるのかも。

 つまり私と一緒に気持ちいいこと、したいってことだよね?


 翠ちゃんの肩に頭を乗せる、それは最終通告のつもりだった。


 嫌だったら逃げてもいいよ、私が我慢できなくなる前に。


 けれど、翠ちゃんは覚悟をするように私に視線を向けていて。


 そこで私の理性は、ぷつりと切れたのだった。

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