82話 3つの歯車_5
「翠ちゃん……本当に大丈夫?」
「……ハイ、スイハダイジョウブデス」
「全然大丈夫そうじゃないんだけど」
場所は変わって体育準備室。がやがやといろんな人が出入りする中、翠は心配する奏先輩の隣で放心していた。
原因はさっきの電話。
『彩野茜には、麻薬取締法違反の容疑が掛けられています』
電話の向こう側にいた人は、警察官を名乗った。
『現在家宅捜索中でして、彩野茜本人には任意の取り調べに協力していただいています。妹である翠さんにも一度署にてご協力をお願いしたく……』
その後の言葉は、ぜんぜん頭に入ってこなかった。
今までの翠の苦労はなんだったんだろう。茜ちゃんにいつも気を使って、それでも茜ちゃんのことを信じて、誘拐するって言われて頭を悩ませて……結局、茜ちゃんは翠のことなんてさっぱり考えてなかったんだ。
翠なら出来るって、あんなに言ってくれたのに。あの言葉も嘘だったんだ。
茜ちゃんが捕まったことに対する悲しさとかはさっぱり出てこなくて、翠の心はただただ空っぽになってしまった。
そんな翠を、奏先輩は心配して体育館準備室まで連れてきてくれた。
「私、手伝ってくるから、翠ちゃんはここにいてね?」
やがてステージが始まったみたいで、途中で大歓声が上がったり、マイクを通した声が響いたりしていた。でもどんな声も翠の右耳から左耳に抜けていって、後には何の感情も残らない。
いつの間にかステージは終わり奏先輩も戻ってきて、けれど翠はマネキンのように立ったまま。
「翠ちゃんおまたせー。終わったよー、意外と声出すこと多くって喉乾いちゃった……」
「ワタシ、ノミモノアリマス」
「翠ちゃん本当に大丈夫? ロボットみたいな話し方になってるけど」
あぁ、もういっそ翠はロボットになりたい。感情なんて全部捨てて、なにも感じないロボットに。
奏先輩は翠が渡したピンク色の水筒を受け取って水を飲んでいた。そう、ピンク色の……。
……ピンク色?
「奏先輩!?!?!?」
「うわっ! びっくりした!」
どうしよう! その水筒の中に入っているのは、男の子に飲ませるために茜ちゃんが準備した、感度3000倍の薬が溶け込んだ水だ!!!
「先輩! こっち!」
翠は奏先輩の腕を引っ張って体育準備室の隅にある隠し部屋へ飛び込む。
幸い、クラスの入れ替え途中で翠達に注目している人もいない。体育準備室はそもそも明かりが心もとないから、気づいた人もいないはず。
「あれ、こんな部屋あったんだ。知らなかった」
「奏先輩! 吐いてください!」
「吐いて? なんで?」
「さっきの水には、感度3000倍になっちゃう薬が入ってるんです!!!」
「感度3000倍……?」
翠の必至な主張に、奏先輩はきょとんとしていた。だけどすぐさまおかしそうに笑う。
「あはは、翠ちゃんも冗談とか言うんだねぇ。3000倍って、そんな薬飲んだら服が擦れるだけで死んじゃうんじゃないの?」
「た、確かに……じゃなくて! なんの薬か分からないから吐いてほしいんです!」
「えー、でもさっきの何の味もしなかったし……いきなり吐けって言われても……」
茜ちゃんは女の子には効果ないって言ってたけど、もうそんなのぜんぜん信用できなかった。それこそ違法薬物の可能性だって全然あって、もし奏先輩がいきなり倒れちゃったりしたら……。
翠の腕に手錠がかかる想像がよぎる。姉妹みんな一緒といっても、牢屋の中で一緒とか冗談じゃない!
というか気が動転してこの部屋に連れてきちゃったけど、そもそも病院へ連れて行く方が先じゃん!
翠は奏先輩の手を掴んで、部屋から出ようとしたけど……。
「あっ!」
なぜか、どこか艶めかしい声が小さな部屋に響いた。
「…………嘘」
「んっ、はぁ……なんか熱くなってきちゃった……」
いつの間にか奏先輩の眼は潤んできて、翠が目の前にいると言うのに制服のスカーフを取っていた。
「か、奏先輩……」
「なーにぃ? すいちゃん」
その声はすっかり熱っぽくなって、奏先輩の綺麗な首筋にはじっとりと玉の汗が浮かび上がっていた。いつの間にか胸元のボタンが外れていて、その隙間から白い肌が見える。
『傍にいる女を襲いたくて仕方が無くなる、そんな薬だ』
茜ちゃんの声が、リフレインする。
「はぁ、はぁ」
その熱に浮かされるように激しくなる呼吸、けれど奏先輩の眼は翠のことをじっと見据えていて。
いつの間にか、翠の背中には壁があった。
奏先輩が、ふらふらと、だけど翠を追い詰めるように歩みを進める。
部屋の端で逃げられなくなった翠の肩に、トンと奏先輩の小さな顔が乗った。その身体の熱さが直に伝わってくる。
「ごめん……なんか、我慢できないかも……」
明らかに発情している奏先輩の声が、翠の脳を震わす。
いつの間にか小さな部屋には奏先輩の甘ったるい匂いが充満していて、それを吸い込む度に翠の奥底がじぃんと痺れるみたいに疼いた。いつの間にか、翠も太ももをすり合わせていることに気づく。
「嫌だったら言ってね……止められないかもしれないけど」
奏先輩の綺麗な指が、翠のスカートをひっかけてゆっくりと持ち上げる。
ごめんなさい、奏先輩。全部翠のせいなんです。だから、これは翠が全部受け入れないといけないんです。
嫌だなんて、言えるはずもなく。
翠はそこにちょうど良く用意されていた毛布に、押し倒された。




