78話 3つの歯車_1
待ちに待った百合ヶ原高校文化祭。
どうしても先週行った清華院女子の文化祭と比べてしまうけど、百合ヶ原の文化祭は入場券とかもない、いたって普通の文化祭だ。
展示もほとんどないし、出店もクラスや部活で出せる。フランクフルトとか焼きそばとか綿菓子とか、そんないかにも文化祭! って感じのものばかりでみんなで準備するのもなんだか楽しくなってくる。
文化祭は去年と同じく土曜、日曜の二日間行われる。
一日目の早朝、私が眠たい目をこすりながら登校すると、すでに作業している生徒は大勢いた。
みんな忙しなく準備している様子を横目に体育館に向かい、ステージ袖にある体育準備室のドアを開く。もう何人かが作業を始めていて、その中にいた分かりやすい後ろ姿に声を掛ける。
「おはよう、紅葉。もう準備全部出来てるんだっけ?」
「おはようございます。準備はもちろん不足なく」
しっかり巻いた髪を揺らして、紅葉はそう返してくれる。
私達の目の前には、みんなで用意した大道具や小物が積み重なっていた。
今年、私達のクラスでは、紅葉の案でステージでの演劇をすることになった。
演劇内容は有名な童話をちょっとエンタメ的に改変したありがちなもの、なんだけど……一つ問題があって。
ひとまず演劇の簡単なあらすじは、とあるお城に一人の王子様がいて、その王子様には二人の花嫁候補がいるところから始まる。
花嫁候補はどちらがより王子様に相応しいか証明するため、王子様が出す5つの試練に挑戦する。二人の花嫁は数々の厳しい試練を乗り越え、時には手を取り合って、絆を深めて。
試練を通じて心身ともに成長し、そして大切な愛の形に気づいて……最終的には二人とも王子様と結婚して子を成す。というのが大体の流れなんだけど。
問題というのは、クラスのみんなが知っているその童話のことを、私はさっぱり知らなかったこと。
それもそのはずで、その童話はこの世界のルール基準で作られた童話だったからだ。
私が当たり前に知っている桃太郎や浦島太郎のようなものもあるけれど、(もちろん主人公は女の子になっていて、桃姫、浦島子になっていたし)それ以外にも私の知らない童話がいくつもあることをその時初めて知った。
だから演目を決める会議をしている中、話が分からな過ぎて私だけ取り残されたような気分だった。その会議の後すぐに街の図書館に向かって、児童書コーナーを読みあさってやっとそのことが判明した。
私の知らない童話は、この世界のルールを風刺しているような内容が多い。男の子は大切に、とか、なんなら男の子のお役目を手伝うハウツー本みたいな内容もあって、前の世界とこんな違いがあるなんて、と私はめまいがした。
そんなこともあってあんまり演技したいとも思えず、私は裏方のまとめ役に立候補した。
主要な役職は、王子様はもちろん幸太郎君で、二人の花嫁は紅葉とかもめ。私達のグループからは菜月、莉々ちゃんがステージに上がる予定になっている。
エマは幸太郎君の防犯の仕事があるからと断念して、詩帆ちゃんは人前に出ることが恥ずかしいからと、私と一緒の裏方を希望した。
「ところで幸太郎君はいつ来るの?」
体育準備室で当日の確認事項を終わらせて、紅葉にそんなことを聞く。
「開始時間ギリギリに体育館裏の非常口から入られます。余りにもリスクが高いと判断した場合はいくつか逃走ルートも用意していますわ」
逃走ルート、なんて文化祭で聞かなそうな単語だけど、一般の人もたくさん入るこの文化祭ではそれくらいの用心が必要らしい。
というかそもそも男の子が文化祭のステージに出るということ自体が珍しく、話はどこからか漏れ出して、学校の前にはそれを見ようと多くの一般客が押しかけていた。
登校したら先生たちが何とか列を作ろうとしていて、女の人達の怒号が凄くて若干引くくらい。
「学校側も大変だよねぇ」
「それでも『男性が文化祭に参加する』という事実は、学校側からするとリターンの方が大きいですからね。事実、百合ヶ原の倍率は去年よりずっと高くなっていますし、スポンサーもいくつかついたようです」
「でもそれって結局幸太郎君がリスクを負うってことでしょ?」
「その通りです」
紅葉はきっぱりと頷いた。
「ですがこれは幸太郎様の希望でもあります。幸太郎様は皆さまとの思い出を作りたいと仰っていました。おそらく来年は来られませんし、幸太郎様にとっては最後の文化祭になるので」
「あ、やっぱりそうなんだ」
大抵の男の子にとって、実は学校に来ること自体リスクの方が大きい。それでも男の子が通うのは、多くの女の子と知り合って、少しでも良い縁を結ぶためだ。それを逆に言ってしまうと、5つの枠が全て埋まれば、学校に来る意味もなくなってしまうということ。
大抵は2年もすれば全ての枠は埋まってしまうし、早い人は2,3か月で決めて学校に来なくなる人だっているくらい。それを踏まえると、やっぱり幸太郎君の考え方はちょっと珍しいような気もする。
「せっかく出てくれるんだから、何事もなく終わればいいけど」
「幸太郎様への危害はこの紅園家が総力をあげて阻止します。心配は不要ですわ」
紅葉の言葉には自信しかなくて、少しの曇りもないのが頼もしい。
「その辺は紅葉にお任せするとして、私達裏方チームは出来ることをするね」
「えぇ、全員の連携が重要ですから、頼りにしてますわね」
準備を終えて紅葉と教室へ戻ると、ほとんどのクラスメイトが登校していた。
がやがやと賑わう中、星野先生が注意点を言うのを聞き流し、文化祭一日目がスタートする。
一日目はいつもの5人組で回ろうと約束したから、私達も賑やかに教室を出た。
「うわ、もう体育館満員だって」
菜月がスマホを見せてくれる。その中にはすし詰め状態になっている体育館の画像があった。
「これ全員幸太郎君見に来てるってこと?」
「そうじゃない? 私達のステージ午後からなのにね」
「……ト、トイレとかどうするんだろう」
体育館にもトイレはあるけれど、この人数なら大行列になりそう……大惨事にはならないでほしい。
「ま、体育館に近づかなきゃ大丈夫でしょ。このメンバーで回れるのは今日だけだし、さくさく行こう!」
菜月の言う通り、5人で回れるのは今日だけ。
明日は菜月と莉々ちゃんはフットサル部の方に参加だし、エマは紅葉と一緒にお仕事。詩帆ちゃんは図書室の司書さんからお願いされて、古本市のお手伝いをするらしい。
私だけ明日の予定が決まってないけど、何もなかったらくるみとか誘って回るつもりだった。万が一また透子ちゃんが来た時のために、特に約束とかはしていないけど。
賑やかな廊下を菜月を先頭にして進む。その両隣では詩帆ちゃんと莉々ちゃんが何から食べるかを相談していた。
私は朝紅葉と話してから少し気になることがあって、後ろにいたエマの隣に並ぶ。
「エマは明日は回れないんだよね?」
「そうだよぉ、幸太郎君の警護に回らないとだから」
警護自体は今日も必要で、紅葉の会社の人達がしているらしい。聞くところによると警備も相当厳重みたいで、学校内にも明らかな警護員が廊下を見回っていたりもする。
「これだけ厳重に監視してるのに、事件を起こす人なんているのかな?」
「いるっていうか……」
とエマはきょろきょろと周囲を見回す。誰も注目していないことを確認して、私の耳に口を寄せる。
「実は、もう2グループ捕まえてるの。タイミングを見て誘拐しようと計画してたみたい」
「え、そうなの!?」
エマの口からは衝撃の事実が囁かれた。
「事が起こってからだと遅いからねぇ、基本はその前に対処するの。でも組織ぐるみとかじゃなく、もっと小さなグループの計画は事前防止できないから、当日も監視が必要なんだよ。なるべく文化祭の邪魔にならないように対処はしたいと思ってるんだけど……」
「エマは大丈夫なの? 私はエマの方が心配だよ」
私がそう言うと、エマは驚いたように一つ瞬きした後、いつもの人懐っこい笑顔を浮かべる。
「私の役割は諜報で、実際に捕まえるわけじゃないから大丈夫だよぉ。でも生徒が巻き込まれる可能性もゼロじゃないから、奏も怪しそうな人とか見かけたら、声かけないで私に連絡してね」
「わかった」
エマはどこか嬉しそうなまま「心配してくれてありがとう」と囁いてくれた。その距離が妙に近くて、なんだかどきどきしてしまう。
エマは意識しているのか分からないけど、こないだの修学旅行からなんだか距離が近い気がしていた……私の気のせいかもだけど。
「奏ー、エマー、まずそこのクレープから攻めよう」
「わかったー」
菜月の声に私とエマは駆け寄る。
紅葉も総力をあげて、とか言っていたし、そんなに大変なことにはならないはず。
とりあえず今日は楽しむことを優先しよう。




