74話 清華院女子の文化祭_1
10月末、百合ヶ原高校文化祭の一週間前。
土曜日である今日は体育祭……なんだけど、私は制服を着たまま普段乗らないバスの中で揺られていた。
『次は、清華院女子高等学校前です。お降りの方はお知らせください』
私がボタンを押すと、ランプが赤く灯る。バスの中はそれなりに混んでいて、私と同じ目的地の人もいそうだった。
降りる前にちゃんと文化祭の入場券があるか鞄の中を確認する。その入場券には達筆な文字で『皇透子』という名前が書かれていた。
この入場券を透子ちゃんから貰った次の登校日、昼休みになってから担任の星野先生に体育祭を休んでもいいか相談しに行った。
カップ麺を啜っていた星野先生にその入場券を見せると、まじまじと見てから先生は箸を置く。
「そっちを優先してくれていい」
「いいんですか?」
先生は去年の文化祭で、私が透子ちゃんをクラスに連れてきたことを知っている。だから特に驚いたりはしなかった。
「琴宮、良いことを教えてあげる。私はね、権力と宗教とスポーツには極力関わらないように生きているの。この3つに関わるとロクなことがないから」
「それって私がトラブルに巻き込まれそうってことになりません?」
「もう巻き込まれてるようなもんだよ。清華院女子の文化祭なんて社交の中心だろうが」
「そうなんですか?」
聞き返すと、先生は入場券を私に返した。
「他の生徒なら正直辞退しておけって言うところだけど、琴宮なら大丈夫だろ。透子様も継承権三位で進んで社交する立場でもないし。だけど失礼はないようにな、なにかしらのトラブルがあっても助けてやれん」
「えー、そこは先生が守ってくれないんですかぁ?」
「自分の生徒のことだから庇ってやりたいところだが、1つ文句言ったら私の首が飛ぶ。体育祭は特別欠席でいいから、放浪姫のご機嫌を取ってこい」
「わかりましたー」
ということがあって、私は体育祭を休んで文化祭へ参加することにした。菜月とか莉々ちゃんとかにはだいぶ文句言われたけど……うちのクラスは運動出来る子も多いし、きっと大丈夫だと思う。
それより気になるのは、清華院女子の文化祭。
清華院女子は先生が言っていた通り、国を動かす人達の子供が通う学校。授業も普通の授業じゃなくて、話術とか帝王学とか、人心掌握術なんてのも教えているらしく、次の時代を動かす人を育てるための学校と言っても過言じゃなかった。
そんな文化祭に招待されて楽しみなような少し緊張するような……そんな気持ちのまま私はバスに揺られていた。
『清華院女子高等学校前』というバス停で降りると、目の前には高い塀が続いていた。
一緒のバス停で降りた人がみんな同じ方に向かうから、私もそれに付いていく。前を歩く人は大人ばかりで、制服姿の私はちょっと浮いてしまっている気もする。
やがて校門……って言っていいのか分からないけど、立派な門が見えてくる。門は開かれていて、清華院女子の生徒が数名出入りしていた。文化祭に入る人達は、すぐそばにある警備室でチケットを見せて中に入っているみたい。
「そう言えば、入っても透子ちゃんのクラスとか知らないや」
そもそも連絡先もわからないし、合流できるのかな。
『放浪姫』って名前は有名だと思うから、だれかに聞けば分かるかもしれないけど、こんな普通の学生が聞いて、素直に教えてくれるかはちょっと心配……。
「一回警備員さんに聞いてみるのがいいかな?」
「何を?」
「何をって、透子ちゃんのクラスを……聞く必要なかったね」
「ん」
振り向くと、そこには真っ白の制服を着た透子ちゃんがいた。
「待っててくれたの?」
「うん」
「ありがとー! 中入っても見つけられるか分からなかったから」
透子ちゃんはなんで? という風に首を傾げる。まぁこうやって見つけてくれたから別にいいんだけど。
「行こ」
「あ、うん。そうだね」
まだ校門の外だ。私は警備員さんにチケットを見せて……隣にいる透子ちゃんにはなぜか驚いているみたいだったけど、無事清華院女子の敷地に入った。
「わぁー」
白亜の塔、と呼ばれる清華院女子の校舎は、目の前で見るとまさにその通りだった。
門の向こうには大きな正面玄関があって、その上には一本の時計塔が伸びている。その塔から各方向に建物が繋がっているみたいで、外壁は磨かれたように真っ白だった。
校舎を囲むように石畳が敷き詰められていて、それは外国の遊歩道のようにも見えた。その外は高い塀に囲まれていてプライバシーもばっちり。
そして文化祭だからか、その遊歩道の片側には仮設っぽい、けどオシャレな建物が並んでいた。
「なにあの建物?」
「個人の出し物」
「個人?」
「清華院は個人で出店できる」
詳しく聞くと、どうやら清華院の文化祭はクラス単位とかじゃなくほとんど個人の出店らしい。
ここに通う人達はだいたいが政界や大企業の娘。この文化祭という場は自分の権力を誇示することと、横の繋がりを作るために利用される。
確かにちょっと歩いて見てみると、有名チェーン店やどこかで見たイタリアンっぽいお店が並んでいて、とても文化祭ってレベルじゃなかった。
「外は飲食店が多い」
「じゃあ中は?」
「ほとんど展示と研究発表」
まだ文化祭が始まったばかりなのもあって、食事系のお店はあんまり人が入っていなかった。美味しそうなお店は沢山あるんだけどなー。
ご飯は後にして校舎の中に入る。百合ヶ原みたいに廊下に装飾がしてあるわけでもなく、文化祭という雰囲気は一切感じられない。なんなら歩いている生徒もまばら。
透子ちゃんに付いていって、近くの教室の中を覗くとパネルが立ち並んでいた。
「『人口減少と男女比、人類復興のシナリオ』……展示っていうか論文?」
「ここ」
と言われて透子ちゃんの指の先を見ると、一枚の名刺が貼ってあった。
「気になる論文があれば、外から来た人にスカウトされる」
「へぇー……思った以上に私達の文化祭とは違う」
「うん、楽しくない」
そうはっきり言ってしまうのは透子ちゃんらしい。
「っていうか透子ちゃん、楽しくない文化祭に私呼んだの?」
「奏と一緒なら楽しいかもしれないと思って」
「まぁ私はこういうのも新鮮でいいけどね」
透子ちゃんとこうやって歩くのもなかなか出来ないし。
「それに、最後の文化祭だから」
その言葉に、私は首を傾げた。……最後? 最後ってことは……。
「え! もしかして透子ちゃん3年生なの!? 先輩!?」
「そうだよ?」
なにを今更、とでも言いたそうな表情。いやずっと同い年だと思ってたんだけど!
「と……透子先輩?」
「先輩……悪くない、けど普通でいい」
「透子ちゃん?」
そう言い直すと、こくりと満足そうに頷く。確かに先輩って感じは全然しないけど……。
「私、学校生活つまらなかった」
私の驚きになんの反応もないまま、透子ちゃんはそんなことを言う。
「だけど去年、奏の文化祭は楽しかった」
「……そうだね、私も楽しかった」
私もよく覚えている。透子ちゃんは無表情だったけど、ふらふらと出し物の教室に入っていっては色々な事をした気がする。一年前だというのに何となく懐かしい。
「でも奏と一緒なら、ここでも思い出作れるかなって」
「……そっか」
きっと透子ちゃんには普通の学生らしい楽しさが足りてない。
生まれた時から皇族という身分を持って、テレビに出るような生活をして……高校を卒業すれば男の子を産むという使命が待っている。
当たり前だけど私のような普通の学生とはまったく違う生活で、私の知っているような学生の楽しみを知らないのは、なんだかもったいないような、そんな気がした。
よしっ、と私は気合を入れる。
「そういうことなら、今日は一緒に思いっきり楽しんじゃおうか! 透子ちゃん、学校案内してよ!」
「私が?」
「透子ちゃんが3年通った学校なんでしょ? 少しくらいは思い出もあるはず……だよね?」
言っている途中でちょっと不安になったから最後は疑問形になってしまったけど、透子ちゃんは首を少し傾げるだけだった。
「あー、えっと、透子ちゃんがここで過ごした生活のことを教えてくれる? どんなに小さなことでもいいから。私、透子ちゃんのこともっと知りたいと思ってたんだよね」
「……そんなこと、初めて言われた」
「初めて?」
高校3年にもなって、そんなことあるんだろうか。というか透子ちゃん友達とか……いや、この反応ならなんとなくいなさそうだなっていうのも分かるけど。
「みんな、私のこと興味ないと思ってたから」
「そのみんなはこの学校のみんなでしょ? 私は興味あるよ、透子ちゃんのこと。っていうかいっつもすぐに消えちゃうから、聞きたくても聞けなかったんだからね」
「……ごめん?」
「なんで疑問形なの……」
「今の気持ち、よくわからない」
「それはこれから知ってくれればいいよ、ね」
私は透子ちゃんと手を繋ぐ。ひんやりと冷たいその細い指は少しだけピクリと反応したけれど、嫌がってはなさそうだった。
そしてちょっとだけ、透子ちゃんの手にも力が入る。その反応に私は思わず嬉しくなった。
「じゃあ出発ー!」
「……しゅっぱつ」




