71話 奏とエマ_5
修学旅行3日目。
昨日の夜はエマの攻勢に気持ちは大騒ぎしていたけど、眠気には勝てなかった私はいつの間にか寝ていて、いつも通りの時間にしゃっきりと目が覚めた。
今日は一日小樽での自由行動。賑やかに朝ごはんを食べて、先生からの注意事項を聞いたら各々グループでホテルを出発する。
私のグループは午前中に小樽にある水族館に行って、午後は小樽市内でいろいろ見て回って、余裕を持ってホテルに戻る日程にしていた。
「じゃあこっちねぇ」
使うバスとかはエマが先頭になって案内してくれる、事前にしっかり乗る場所とかも調べてくれたみたいだから付いていくだけでいい。
バスに乗りこむと、私の隣に詩帆ちゃんが座った。
「あ、あの、奏さん。本当に大丈夫?」
「なにが?」
「昨日のこと」
詩帆ちゃんはまだ昨日のことを心配してくれているみたいで、小さな声で話している。エマとかすぐ後ろに座ってるからバレバレだとは思うけど。
「うん、平気だよ。というか私はそんなだけど、菜月とエマとかはたまに喧嘩してるよ」
「そ、そうなの?」
昔からそうだけど、菜月とエマはたまーに意見が合わなくて喧嘩していることがある。喧嘩をした時は分かりやすくて二人では一切話さなくなるから、いつも私がその理由を聞いて仲裁することが多かった。
「喧嘩もするから、お互いのことが良く分かるんだと私は思うな。詩帆ちゃんともいつかするかも?」
「えぇ、私が奏さんと喧嘩……?」
詩帆ちゃんは想像できないようで首を傾げている。私もそうは言ったけど詩帆ちゃんとの喧嘩はあんまり想像できないけど。
「でも詩帆ちゃんも莉々ちゃんと喧嘩したことないの? 付き合い長いんでしょ?」
というと、詩帆ちゃんはなんだか苦そうな顔をしていた。
「莉々とは喧嘩にならないから……」
「喧嘩にならない?」
「莉々あんな性格だから、私が怒ってもぜんぜん気にしないで話しかけてくるの。一回頑張って、む、無視してみたこともあるんだけど、それでも効果なくて……莉々って見てないとひやひやしちゃうから、結局私も普通に話しかけちゃうし」
「あー……」
詩帆ちゃんが拗ねていても、にこにこと話しかける莉々ちゃんは簡単に想像できる。
「な、なんか怒っても無駄だから、諦めちゃった……」
はぁ、とため息をつく詩帆ちゃんからは今までの苦労が透けて見えた。きっと詩帆ちゃん的には沢山喧嘩したつもりなんだろうな……莉々ちゃんが気づいてないだけで。
小樽水族館は一見ずいぶんと古びているように見えた。中に入ってもそのイメージは払拭されることはなかったけど、魚の種類はそれなりにいて、ペンギンやイルカとかの海獣もしっかり見ることが出来た。
二頭のイルカの息が合ったジャンプに菜月とはしゃいだり、莉々ちゃんがすいすい泳ぐラッコを追いかけたり、詩帆ちゃんが綺麗なクラゲに目を輝かせたり、5人で回るだけで全然楽しくて、あっという間に時間は過ぎてしまう。
最後にショップに立ち寄ると、1回500円でぬいぐるみくじというのをやっていた。下位賞でも小さなメンダコのキーホルダーが当たるらしく、それをじっと見ていたのは菜月だった。
「菜月あれ気になるの?」
「あ、いや、そんなことないし」
それは咄嗟に出たって感じの言葉で、ぶんぶんと手を振っている。菜月はなぜかそういう可愛い趣味を隠したがる。
「嘘だぁ、なっちゃんさっきも水槽の前でメンダコ熱心に見てたでしょ」
「やったらいいんじゃない?」
「……い、一回だけね!」
と強がりながらもレジに行く菜月に、私とエマは思わず笑ってしまう。菜月は自分の性格上可愛いのは似合わないと思っているみたいだけど、可愛いものに目を輝かせている菜月が本当に可愛いのは私とエマだけの秘密だ。
お土産を見ながら菜月を待っていると、レジの方でカランカラーンと鐘の音が鳴った。
「おめでとうございまーす! 一等が出ました!」
「ええぇぇええぇぇぇ!」
菜月の声がショップに響き渡る。そうしてショップの人が持ってきてくれたのは、キーホルダーの何倍も大きいメンダコの特大ぬいぐるみだった。
それを恥ずかしそうに両手で抱えて戻ってきた菜月に、私達は思わず吹き出してしまったのだった。
「美味しい!」
「ね、ミルクの味が濃いねぇ」
菜月の当てたぬいぐるみはあまりにも大きいから、ダンボールに詰め込んで郵送して、小樽運河まで戻ってきた私達はカフェで一休みしていた。
そのカフェは運河周辺に似たような名前でいくつもあるちょっと変わったお店で、その店舗ごとに限定メニューがあるらしい。完全に観光客向けに作られたお店だけど、詩帆ちゃんはその限定メニューをコンプリートすることが目標だった。
そんな詩帆ちゃんは、お目当てのケーキを360度じっくりと見つめてから、一口食べたと思ったら目を瞑って動かなくなる。
「し、詩帆ちゃん?」
私が呼びかけても、莉々ちゃんが詩帆ちゃんのケーキを勝手に食べても何も言わない……と思ったら、ぱちりと目を開く。
「ん、なんとなくわかった……あ! また私のケーキ減ってる! 莉々でしょ!」
なにが分かったんだろう、と聞く間もなく詩帆ちゃんが莉々ちゃんに文句を言っている。だけど莉々ちゃんのお皿はあっと言う間に空っぽで、取り返すものもない。
「詩帆ちゃん、私の食べる?」
「えっ!? い、いいの?」
「うん、はい」
私がフォークに刺さった一口サイズのケーキを差し出すと、詩帆ちゃんはまたぴたりと止まってしまった。顔を真っ赤にして、フォークと私の顔を交互に見つめて、口を開けようとしたその瞬間。
「あーむっ」
案の定、そのケーキは莉々ちゃんの口の中になくなってしまった。
「あぁ!! またっ!!」
「いやだって詩帆全然食べないんだもん」
「それはっ……でもなんで莉々が食べるの~~~~!」
きっと間接キスとか気にしたんだろうけど、ここにいるメンバーでそれを気にするのは詩帆ちゃんくらい。菜月とエマだって最初に食べさせあいっこしてたし。
ぽかぽかと莉々ちゃんを叩いている詩帆ちゃんの横目に、私はそのじゃれ合いになんかいい関係だなぁと思いながら、最後のケーキのかけらを詩帆ちゃんのために残しておいた。
カフェを出てから、私達はお土産を探すために近くのガラス製品のお店にやってきた。
光を乱反射させているグラス、ガラスペン、キーホルダーなど、大きなお店の中には綺麗で可愛い物がいくらでもあって、ついテンションが上がる。
「グラスとかは凄い綺麗だけど、やっぱりちょっと高いね」
「そういうのはお酒を飲む人が買うんじゃない?」
「エマのお母さんとか喜ぶかもよ、お酒好きでしょ」
「んー……お母さんかぁ……」
まだ若干反抗期っぽいエマは、そのグラスを前にずいぶんと悩んでいた。結局小さなぐい飲みグラスというのを買っていたけど。
私もアルバイトをしたおかげで若干の余裕があるし、ここでまとめてお土産を買うことにした。
お土産を渡したい人は何人かいる。お母さんはもちろん、白ちゃんに柚ちゃん、いつか会うだろう透子ちゃんの分だって買っておきたい。
そう思ってガラスのキーホルダーを見ていると、隣から菜月がのぞき込んでくる。
「ね、みんなでそこのキーホルダー買わない? 似てる動物とかで」
ちょうど私が見ていたそのコーナーには、多種多様の動物を模ったキーホルダーが並んでいた。
「いいね、みんなで選ぼうか」
と私がいうと、各々お店を見ていたみんなを菜月が集めてくれた。
「じゃあ菜月からね。どんなイメージ?」
「菜月さん……クールで活発な感じ?」
詩帆ちゃんからはそう見えるらしい、その言葉に菜月はうんうんと満足そうにしている。
「クール? そっかなー……いてっ」
それに莉々ちゃんが疑問を呈していたけど、菜月にすぐ叩かれていた。
「それならヒョウとかはぁ?」
「あー、っぽいかも」
というエマの一言で菜月はヒョウのキーホルダー。
「じゃあ私はぁ?」
「エマかー……なんか鳥っぽいイメージ?」
「分かるかも、可愛い鳥いないかな。ペンギンとはちょっと違うよね」
「……ふ、フクロウとか?」
「可愛いかもぉ」
詩帆ちゃんの一言で、エマはデフォルメされたまん丸のフクロウを手に取った。
「はいはーい! じゃあ私! 私!」
「犬でしょ」
「犬だねぇ」
「デカイ犬ない?」
「ご、ゴールデンレトリバーあるよ」
莉々ちゃんは満場一致で、ゴールデンレトリバー。
「じゃあ次は詩帆ちゃん」
「んー、詩帆か……」
「リードを持つ人とかぁ?」
「それ動物っていうか人でしょ……ウサギとかは?」
「あ、それでもいいかも。可愛いしね」
可愛い、と言われて照れながら、詩帆ちゃんは真っ白なウサギのキーホルダーを手に取る。
「じゃあ私?」
と回ってきた自分の番にちょっとわくわくしながら言うと、みんなはなぜか悩んでいた。
「奏か……」
「奏が一番難しいよねぇ」
「な、なんでも良さそうだし、どれも違いそう」
「うーーーーーん……」
いつもドストレートの莉々ちゃんでさえ悩んでいる。
「え、なにその反応……みんなの私のイメージってどんななの?」
「言葉じゃ言い表せない」
そうきっぱり菜月が言う。えー……なにそれ……。
「あ、これじゃない!?」
と悩んでいた莉々ちゃんが一つのキーホルダーを手にした。
「あー、いいじゃん」
「なるほどねぇ、私もそれでいいかなぁ」
エマと菜月の二人が賛同して、詩帆ちゃんもコクコクと頷いていた。
それはデフォルメされていて可愛くはなっているけれど、実在しない生き物。
「えー……これ? 本当?」
と聞き直すも、誰も違うって言ってくれない。私は納得いかないまま、それをレジに持って行って購入した。
「じゃあみんなで付けよっか」
買ったものを手に一度店の外に出て、みんなで相談してスマホに付けることにする。
「いいじゃん」
「み、みんなお揃い……」
菜月は満足そうにそう言って、詩帆ちゃんはなんだか感激していた。
そんな中、スマホの横に揺れるデフォルメされた龍を見て、私はまだ納得いっていなかった。




