69話 奏とエマ_3
修学旅行二日目、札幌観光。
初日までは楽しかったはずの旅行なのに、私の気持ちは重かった。
午前中は芸術の森美術館という場所で散策。
その名前の通り美術館の他に、森の中にも美術品がところどころにあって、蝉の鳴き声の中を歩きながら見つけていく。敷地面積も広くて午前中だけじゃとても回りきれなさそう。
ハイテンションな菜月と莉々ちゃんを先頭に、その後にエマと詩帆ちゃんがついて行って、一番最後を私が歩く。
昨日の私の失言に、エマは特になにも言ってこなかった。今日の朝も、いつもと少しも変わらない態度で私に話しかけてくれた。
だから私も普通に話さなきゃいけないのに、頭の中ではエマがどう思っているのかがどうしても気になってしまう。エマのその態度がなにを表しているのかよくわからなくて、ぐるぐると考えていると、森の中で数度躓いてしまった。
「ねぇ、もしかしてエマとなにかあった?」
そんな私を見て、先を進んでいた菜月がさりげなく聞いてくれる。詩帆ちゃんや莉々ちゃんには誤魔化すことが出来ていたみたいだけど、付き合いの長い菜月は私とエマの間に違和感を感じたらしい。
「ちょっとね」
「めっずらしー、奏とエマが喧嘩するなんて。高校入ってからは初めてじゃない?」
そんな私の答えを、菜月は喧嘩と捉えたみたいだった、本当はちょっと違うんだけど……。
「でもなにも修学旅行ですることないでしょー。私なにかした方がいい?」
「いや、たぶん私が悪いから大丈夫。迷惑かけるのも嫌だし、今日ちゃんと謝るから」
「手伝えることあったら言ってね」
と、菜月は先を行く三人を追いかけていく。
謝るといっても何を謝ればいいのか、今のところわからない。
というか思い返してみれば、そもそもエマの様子だっておかしい。昨日のあれだって、ただの言い間違いだと思ってもいいはず。いつものように「何の話?」と軽いテンションで言ってくれれば、私だってすぐに取り繕えたのに。
けどあの時のエマは、すぐに『私の知らない話』だと言った。その言葉にはなにかの確信があって、私の話になにも言ってこないことも、なにか他のことを考えている気がしてならない。
菜月とエマは前の世界から続く親友で、私は二人との関係を一番大切だと思っている。その関係は絶対壊したくないものだけど、エマが私のことを一度疑ってしまえば、私がいくら今までの関係を望んでもそれはもう叶わなくなる。
もし、そうなってしまったら……身体が震えてしまいそうになって思わず自分を抱きしめる。
そんな私の前で、木々の中を4人が楽しそうに進んでいるのが見えた。
この世界のよそ者である私なんかが、この瞬間を私の中に残せるのなら……それだけで十分幸せなのかもしれない。ついそんなことを思いつつ、みんなの後を追いかけた。
今日も全ての日程を終えて、その夜、小樽にあるホテル。
寝る前の自由時間に、私はエマを呼び出した。
場所はホテル内の休憩スペース。奥まった場所にあるせいか、他の生徒もあんまりいない。内緒話をするにはちょうど良かった。
先にソファに座って、ガラスの向こう、木々の隙間から星を見上げる。
エマを呼んだのはいいけれど、何を話すかは私の中でまとまっていなかった。
私が他の世界から来た、なんて言っても信じてもらえるわけないし、今のエマは何を考えているのか分からない。だからどちらかというと、私はエマが考えてることを聞きたかった。
「奏、おまたせぇ」
「エマ」
「はい、これ」
トン、と小さなテーブルに置かれたのは、売店にあった小さなビンのサイダー。
「ありがと」
「飲みながら話そ」
エマはさっそくそのビンを開けて、少しだけ口に含む。ペンギンが描かれたラベルのそれを私も飲んでみると、ぴりぴりとした刺激が舌に残った。
「おいし」
「うん、おいしいねぇ」
そんなことを言いながら、私はエマから何を聞くかを考える。
呼び出したのは私だし、なにか話さないといけないんだろうけど、どうやって聞いていいか分からない。話すこと全て地雷を踏んでしまうような気もしてなんだか怖かった。
白ちゃんもそうだったけど、私に近い距離にいる人ほど、その関係を壊したくないと思ってしまう。こんなにたくさんの時間近くにいるのに、真実を知ってしまった時にどういう反応をするか、ぜんぜん想像がつかない。
「ね、答え合わせしていい?」
私が言いかねていると、エマは突然そんなことを言う。
「……なにか問題でも出してたっけ?」
「私の中だけだよ、奏は答えてくれるだけでいいから」
「わかった」
「じゃあねぇ、はいかいいえで答えてね。『中学卒業後の春休み、奏は記憶喪失になった』、どう? 正解?」
何を言うのかと思えば、エマは真面目くさった表情でそんなことを言った。え、記憶喪失???
「……いいえ」
「違った! これが一番可能性高いかなって思ってたんだけど、私もまだまだだぁ」
「えっと……どゆこと?」
エマから突然答えを教えてと言われ、いきなり私が記憶喪失だと言い始める。その話に全くついていけなくて混乱していると、エマは姿勢を正し始めた。
「奏。私、奏に謝らないといけないことがあるの。聞いてくれる?」
「もちろん、エマの話なら」
「うん、ありがとう。えっとねぇ、実は紅葉さんのお願いで、奏を調査してたの」
「調査?」
それからエマは、順を追って説明してくれた。
夏休みが始まってすぐ、エマが幸太郎君の5枠目に入ることを紅葉から言われたこと。4枠目を私にしたいと紅葉が目論んでいること。私の恋愛スタンスが、紅葉にもエマにも分からなかったこと。
「それでね、私も高校生になってからの奏はずっと気になってたし、今の私の実力でどのくらい奏のことを調べられるのかなって思っちゃったの」
「待って、それ夏休みの最初って言ったよね」
「うん」
夏休みの間、私はいろいろなことをしている。かもめの孤児院でボランティア、詩帆ちゃんとお菓子パーティーもしたし、白ちゃんの部屋を掃除にも行っている。けど一番マズいのは……。
「私のアルバイトの時も……?」
「……うん」
エマは少し頬を染めながらも首を縦に振る。その反応がすでに答えだった。
「奏がね、知らない女の人と、あの、えっと、ラブホテルに入っていくのもね、見た」
……終わった。
大人っぽい恰好をしていたとはいえ、変装していたわけじゃない。初めから狙われていたなら追跡されるのは簡単だろう。
そう言えばエマは私のアルバイト先のことを聞かれたりもしてたっけ……今だから分かるけど、この調査のためだったんだ。
「すごいびっくりしたけど、奏が女の子を好きになったと思ったら、高校生になってからの奏も、いろいろ説明がつくような気がして……」
そうだよね、私、男の子嫌いだから、好きなふりとかしなかったもんね……。菜月とかは勝手に他の男の子がいるって勘違いしてくれたけど。
「でもね、それは別にいいの」
「えっ、いいの?」
本当に? え、なんで?
「奏が誰と付き合っても、それは自由だから大丈夫。お相手の人も慶龍大学の3年生だし、ぜんぜんありだと思う」
その情報自体私は初めて聞いたんだけど、どこから調べてきたの? あれワンナイトだと思ってたから、そもそも相手の名前さえも知らないんだけど。
「私が知りたかったのは、なんで奏がそうなったのか、なの。奏が変わったのは入学式前の春休みの時で間違いなくて、奏、高校初日に遅刻してきたでしょ? その時脳神経外科に行ってたことはわかったから……」
なんか思ったよりちゃんと調べられてる。ここまで言われてしまえばもう私はまな板の上の鯉と同じだった。この後私が誰とえっちしたか名前を並べられても私は受け入れるしかない。
「それでね、昨日、奏は私の知らない話をしてたでしょ? もしかしたら記憶の混濁があるのかなって……集めた情報でいろいろと考察してみて、奏は一回記憶喪失になってるんじゃないかって思ったの。それで男の子が好きな奏じゃなくて、女の子の方が好きになった……って推理したんだけど、違うんだよね」
エマははぁ、と一つ息をつく。
そこまで聞いて、私はむしろその話で認めてしまった方がよかったんじゃないかと思い始めた。他の世界から来たっていうよりよっぽど説得力がある。安易に違うって言わなければよかったと少し後悔した。
「……実はね、奏は私を推薦してくれたみたいだけど、幸太郎君の枠に入る話、断ろうと思ってるの」
「え、なんで? せっかく紅葉が誘ってくれたのに。エマも目指してたはずでしょ?」
と言うと、エマはふるふると首を振る。
「私は、友達のプライバシーを無視したんだよ。自分がどこまでできるか、そんな自分勝手な考えで、大切な友達の私生活を暴いたの。だから、これは私にとっての罰。本当はこの話も、奏には話さないようにって紅葉さんに口止めされてるんだ」
そこで一度、エマは言葉を切る。
「でもね、全部やってから気づいたんだけど、私にとっては奏の方が大事なの。紅葉さんや……幸太郎君よりも。だから私は奏に謝らなきゃいけない。奏が話してくれるのを待たないで、好奇心を抑えられなかった自分に、罰がないといけないの。だから本当に、ごめんなさい」
「……エマ」
エマはしっかりと、私に頭を下げた。
そのエマの気持ちは、痛いほど分かる。もしエマに秘密があって、それを暴いてしまったのなら、それが偶然だとしても、私はエマと同じようにそのことを告白すると思う。
だってエマは、私の大切な親友だから。
「……それに私、今回紅葉さんから言われたこと、結局一つも出来てないんだぁ。だから紅葉さんとも一緒にいるわけにもいかないの。枠に入る資格は、私にはやっぱりないよ」
にへ、と無理やり笑って言ったその言葉に、とってもエマらしいなと私は思った。
エマは私を一番大切だと言ってくれたけど、紅葉のこともしっかり信用してるんだ。だからその紅葉からの期待を裏切った罰さえも、エマは一人で抱え込もうとしている。




