61話 ワンナイト・プール_2
「お待たせしました」
夏の陽は長い。
次の日、夕焼けの中で待ち合わせをした店員さんは、想像通りの大人っぽいワンピース姿で現れた。改めてその綺麗な姿に見とれてしまう。
きっと私と同じくらいの歳だよね。どこの大学なんだろう……私の大学にはこんなに綺麗な人いないと思うし、いたらサークルの方でさすがに話題になっているはずだけど。
「どうしました?」
そんなことを考えていると、店員さんが私の顔を覗き込む。すぐ目の前で大きな瞳が私を見上げていて、その距離が妙に近くてふわりと花のようないい匂いがした。
「な、なんでもない……」
顔が熱い、こんなにドキドキするのは何時ぶりだろう。
「あ、店員さんは……」
「店員さん?」
と言われてはっとする。そう言えばもう仕事中じゃないんだ。
「な、なんて呼べば……?」
すると、店員さんはしばらく考えた後。
「店員さんでいいですよ。社交場ではお互いの身分や連絡先は不要、ですよね? だって余計な情報は、これからすることのノイズになりますから」
その提案はまさに秘密の関係っぽくて良かった。
「では行きましょうか、お客様」
「……はい」
差し出された手に、私の手を重ねる。それはまるで物語の始まりに相応しくて、いつからこの世界はこんなに綺麗に見えるようになったんだろう、と店員さんのその先の街を見上げていた。
軽く食事をして、その後。私達は二人でホテルに入った。
「こ、これが噂のラブホテル……」
えっちなことをするためのホテル。睦美から噂は聞いていたけれど入るのは初めて。店員さんは慣れたように……ってわけじゃなく、どういうシステムなのかじっくり確認していた。
てっきりよく来ていると思っていたけど、実はそうでもない……?
「鍵を貰ってきました。行きましょうか」
「はい」
でもそんなこと、これから私達がすることを考えるとどうでもよかった。
というか本当にするんだ、こんな見たこともない綺麗な人と、私が。……初めてだけど、上手くできるかな。
エレベータに乗って、店員さんが扉を開けて待っていてくれる。そんなふとした優しさに、どんどん夢中になっている気がする。
部屋の中のスペースはベッドが大部分を占めていた。小さなテーブルとテレビ、トイレとシャワーは別。ベッド脇には男性の搾精用のボトルがしっかり用意されている。(もともとそういう用途のためだから、当たり前だけど)
なんかただの部屋のはずなのに、そこはかとなくえっちな空気が流れている。
ここが、えっちするためだけのスペース……。
「先にシャワー浴びますか?」
「ふえっ?! あ、うん! 先に借ります!」
そう聞かれて、すぐ隣の脱衣所に引っ込む。やばいやばいやばいやばい! もうえっちすることしか考えられない!!!
っていうか本当に私でよかったの!? こんな芋っぽい大学生でさぁ! 店員さんもあの見た目だったらもっといい人捕まえられるでしょ! なんで私! マジでなんで私なの!?
ついさっきまでは夢のような心地だったけど、部屋に入ってから急に現実感が襲ってきて、心臓のあばれ具合が凄い。下手したら死んじゃいそう。
「ちょ、一回落ち着かないと……」
とスマホからこの原因を作った友人へコールする。4コール目でようやく出た。
「睦美ぃ!」
「あー、なにぃ?」
気だるげな返事の上から、私は今までの経緯を説明する。睦美は聞いているのか聞いていないのか、特に相槌も挟まなかった。
「それで、今シャワー浴びる所なんだけど! どうしたらいい?!」
『どーもこーも……え? 私何言えばいいの?』
「何って……!」
とそこまで言って、私もなにを求めているのかわからなくなった。というかなんで私は睦美に電話したんだっけ?
『落ち着いた?』
「……少し」
『理沙初めてっしょ、だったら意地張らないでちゃんと相手に言っておくこと。処女が無理して張り切る方が失敗するんだから。あとそんだけいい相手ならちゃんと処女散らしておきな、大学まで守ってても仕方ないっしょ』
「わ、わかった」
『あと私も気になるから写真を……あっ、ちょっと電話中!』
さすが持つべきものは親友だなぁとか思っていると、電話の先の声が急に艶っぽくなる。そして知らない声が聞こえてきた。
『むつみぃ、いつまで放置プレイすればいいのぉ。早く続きしようよぉ』
『あんっ、透待ってって……り、理沙、それじゃ頑張ってね』
ぷつ、と電話が切れる。
「睦美……それは見せつけか?」
切れた電話の向こうを睨みつける。
親友の初めて聞いた声に、私はなぜか対抗心を燃やしていた。そっちがそうなら、こっちだってやってやろーじゃん! 私だって店員さんと、完璧なえっちしてやるんだから!
「初めてなんですか?」
「そうです……」
布団の上、枕を抱きしめて店員さんの顔色を窺う。意気込んでシャワーに入ったはいいものの、改めて店員さんの完璧なお顔を見てしまうと緊張して仕方がなかった。
さっきまでの気合はどこに行ったのか、その告白も絞り出すような声でしかできない。少し驚いた表情の店員さんは、やわらかく笑ってくれた。
「お客様は可愛らしいので、すっかりお相手がいるのかと」
「そんな! 可愛くなんて……それに付き合ったこともないし」
そういうと、店員さんは少し考え込んでいる。
「では、あまり激しくしない方がいいでしょうか?」
私が処女を散らすならここしかないと思ってるから遠慮されては困る。
そうじゃなくて。
「私、どうしていいか分からないから。お任せしていい? あの、店員さんになら、私の、あげてもいい……じゃなくて、私の、よかったらもらってください」
何を、とは口には出せなかった。だけど私の意志はしっかり伝わったようで、嬉しそうに笑いかけてくれる。
「わかりました、では……」
肩に触れられ、柔らかなベッドの上に押し倒される。目の前には店員さんだけしかいなくて、その大きな瞳は私を見つめていた。
「楽しいパーティを始めましょうか」
★ ★ ★
「って感じ」
大学のカフェテラス。私は昨夜のことを自慢げに睦美へ語って聞かせる。
「えー……そんないい人いたなら私が行けばよかった」
「あんたは相手いるでしょーが」
「にしても良かったね。無事処女散らすことできて、ちょっとは自信につながったんじゃない? あ、写真は?」
「撮らせてもらえなかったー……連絡先も教えてもらえなかったし、店員さんは本当にワンナイトで考えてたみたい」
一応聞いてみたけどやんわりと断られてしまった。まぁ一度きりっていうのもなんだかそれだけでロマンチックでいいよね。
「時間言ってなかったからどうなるかと思ってたけど、結果的には良かったね」
「時間?」
あー、とケーキを食べながら睦美はそんなことを言った。
「あそこのプール。20時からバータイムになって、社交場になるのはその時間からなんだよ。それまでは普通のプールってワケ」
衝撃の情報に、がたりと私は席を立つ。
「めちゃくちゃ重要な情報じゃん! 先に言ってよ!!!」
「いや、言ったかなーと思ったけど、やっぱ言ってなかったか。なんかバータイムはお酒も入って凄いことになるらしいよ。そんな美人な店員いるなら今度は私が行くわ」
「睦美彼女いるじゃん!」
「だって気になるしー。ワンナイトならいいっしょ」
「よくない! あの店員さんは私のなの!」
けたけたと睦美は笑う。今度泣かれてもノート貸してやらないからな……!
「にしてもあそこのホテルって雇う人もレズなんだ。徹底してるね」
「……そうだね」
ってことは最初の受付の人もやっぱりレズだったりするのかなぁ……凄いなぁ……。
あれ、でも確か、店員さんのバイト終わりって19時だったような? じゃあバータイムとは別ってこと?
……ともあれ、またどこかで会えないかな。会えたら、今度は連絡先を教えてくれないかなー……そう思いながら、私は初めて恋をした乙女のようにため息をついた。




