57話 ランウェイの上_2
「時間がありません。私の指示に従ってください」
私が柚の控室に誘導されたあの時から、もう逃げ場なんてなかった。あんな雰囲気の中で断るなんてできなくて、諦めて受け入れた後、柚とは一度別れて佳代さんに別室へ案内される。
さっきから無表情の、もと警護官である佳代さんに、場合によっては存在を消されるのでは? と想像しながら、素直にその指示に従う。
「まずは採寸しますので、下着以外の服を全て脱いでください。服はこちらのカゴへ」
せっかく買ったのに少ししか着なかった服を畳んで、下着だけになる。そんな私の姿を見て佳代さんは少しだけフリーズした後、必要な部分を採寸し始めた。
「あの……なにかおかしなところありました?」
「いえ、聞いてはいましたが見事なプロポーションです。もし奏様が希望するなら、すぐにモデルとして採用されるでしょう」
不安な気持ちでいたら褒められた。……勘違いしていただけで、もしかしていい人だったり? 少しだけそう思うと、ちょっと佳代さんのことが気になってきた。さっきか無言の圧力が怖いけど、お話しないと相手のこともわからないし。
「佳代さんは、いつから柚のマネージャーに?」
「まだ半年も経っていません。勉強ばかりの日々で、しっかりマネージメントできているかと言われると否でしょう」
「柚は結構信用してそうでしたけど」
「……柚様はお優しいので」
話しながらいくつかの服を当てられる。私は基本的に立ったままで、指示があればその通り身体を動かした。用意された服はどれも男装用で、なんとなく予感はしていたけど私も男装して柚の隣を歩くらしい。
まぁ、その方が私って分からなくなるからいいか。
「ぐぇ」
「もっときつくしますよ」
ただ胸を無理やり潰されるのはきつかった。男装するなら胸潰しは必須だけど、私の胸も成長してしまったから圧迫感が凄い。
服が決まったようで、次はメイクをしていく。メイクも佳代さんがやってくれるみたいで、様々なメイク道具を出しながら「ここに座って指示に従ってください」と言われその通りにする。
「……奏様は、柚様とはどのようなご関係で?」
「普通の友達ですけど」
そんなことを聞かれ素直にそう答えると、鏡には凄い納得のいかない顔をした佳代さんが映っていた。
「普通? では柚様は誰にでもあのようなことをすると? 間に通っていた学校でも誰かれ構わず手にキスを落とすようなお方だと?」
「……あー、えっと……」
「冗談です」
こっわ。
なんか言葉の一つ一つが重いんですけど!? っていうか今のも私が悪いみたいな言い方だけど、もしそうだとしてもそれは柚ちゃんが男性枠だったからで、私は悪くなくない!?
「柚様はよく奏様のお話をします。柚様にとって始まりの人で、男装の意味に気づかせてくれた恩人だと。奏様がいなければ、今の自分もいない。カラオケボックスの中で二人で勉強したこと、その時に奏様が男装して見せてくれたこと」
とそこまで話して、まさかえっちしたことまで言ってないよね? と冷や汗をかいてしまう。
「今でも時折電話で話していることも聞いています。柚様は何度も嬉しそうに話してくれて、奏様が柚様にとって精神的な支柱になっていることは間違いないでしょう」
「それは……私にとっても大切な友達なので」
よかった、えっちしたことまでは言ってなさそう。と一息つく。動かないでください、とすぐに顔の角度を直されたけど。
「……私は、柚様に助けられました」
メイクをされながら、その言葉を聞く。それは私がちょうど口を開けないタイミングだった。
「私がまだ警護官だった時、警護していた男性が階段で転び怪我をして、その責任を取らされました。往来で激しく転倒したこともあり、羞恥心もあったかと思いますが、男性が私を激しく責めたことが原因で、警護官の資格をはく奪されました」
それは聞くだけなら、佳代さんのどこにも非はないような気がした。歩いていれば転ぶことだって普通にある。この世界なら、男性が怪我しそうになったら未然に防ぐのが当たり前とか言われているけど、全てを回避するのは難しい。
「警護官の資格をはく奪されると、普通は他の職種につけません。はく奪されることは男性に非礼を働いた証明でもありますから、世間での信用は地に落ち、私は路頭に迷う他ありませんでした。しかし、そんな私に手を差し伸べてくれたのが柚様なのです」
瞼にぽんぽん、とメイクされながら私は佳代さんの話を聞いていた。
男の子のせいで女の子の人生がめちゃくちゃになる話なんて、この世界では掃いて捨てるほどある。私だって佳代さんの状況を知ったら助けると思うし、私が知っている柚だってきっとそうする。
柚やるじゃん。と心の中で称賛を送っていると、ふと佳代さんの手が止まる。
あれ、話の続きは?
「……ところで、なぜ私が知り合って間もない奏様に、自分の身の上話をしたと思いますか?」
「それは」
「話さないでください」
じゃあ聞かないでくださいー、と頭の中で答えながらその通りにする。
「理由は大きく分けて二つあります。一つは、私はそんな柚様に大変感謝していること。そしてもう一つは……私には柚様以外に失うものはないこと。これ以上は、言葉にしなくとも分かりますね?」
その質問に、私は微かに首を縦に動かした。
それは柚のことを悲しませるな、という脅迫。もし悲しませたらどうなってもしらないよ、という宣言。
最初からそんな予感はしてたけど、やっぱり柚の強火オタクじゃん……と思いながらも口には出せず、私は大人しく佳代さんの手でメイクを受けた。
私はあくまでエキストラとして柚の横を歩くらしい、だから歩き方も簡単だけどレッスンをすることになった。
「付け焼刃にしてはまぁまぁですね」
とは佳代さんからの評価。30分くらいじゃ真似するくらいしかできない。本当はもう少し練習したいけど、そんな時間もなかった。
服装は漆黒のタキシードっぽい衣装。ウィッグも付けるし目元を覆う仮面もつける。少なくとも、私の素性がばれることはなさそう。
準備をしているうちにいつの間にかショーは始まっていて、部屋を出ると振動と共に遠くから音楽が聞こえてくる。本当は私もあっち側でステージ見てるはずだったのに、なんか大変なことになったな、と今更思った。
仮面をつけていることもあってスタッフの人達にも注目されながら、ステージの方へ向かう。柚と合流したのは、ステージに出る直前だった。
「奏、似合ってるよ」
「この格好で言われてもねぇ」
というと、柚はそうだね、と可笑しそうに笑った。
柚の服装は対照的な白いタキシード。見本のようなシルクハットに、黒い杖を片手にしている。どこかのゲームのキャラクターみたいにも見えた。もちろん、どこからどう見ても男の子。
「それにしても……奏はぜんぜん緊張してなさそうだね。こんなに大きな舞台なのに」
「緊張はしてるよ、あんまり表に出ないだけ」
鼓動はいつもよりも早い。これだけカモフラージュされているから、気持ちは少し楽だけど。
「そっか。でもこのショーはカジュアルなものだから、楽しんで歩いてくれていい。多少の失敗も問題ない。奏の所属は書面上僕の事務所って扱いだから、責任も事務所がとるよ」
「それ、本当に所属してないよね?」
「奏から身分証とかもらってないから、今のところ偽造だね。奏がよければすぐにでも本物に出来るけど」
はぁ、とため息をつく。私がそんなこと思っていないのは分かっているくせに。
「ごめんごめん。今日のこれは、ただ僕の我儘だよ。最初に言ったよね、奏が導いてくれた世界を、奏にも見せたかった」
「ここまでの道を作ったのは柚でしょ」
「その通り、実際に歩いたのは僕。でも道しるべは常に奏だよ」
そう言って柚が手を差し出す。その後ろでは光と音楽が満ちていた。
「さ、もうそろそろ出番だよ。奏、僕の隣で一緒に歩いてくれる?」
それはまるで、告白のようだった。
けれど私はあくまで、柚の友人として肩をすくめる。
「……しょうがないなぁ」
私が手を重ねると、柚は優しく手を引いた。光と音の中心に、少しも躊躇せずに進んでいく。
柚は、それを私が導いてくれたという。だけどその世界の中心は間違いなく柚で、その歓声も全て柚だけのものだった。
「疲れたー……」
その夜、会場からさほど離れていないホテルのスイートルーム。
大きすぎるベッドの上で、私は電気もつけないまま倒れていた。
ランウェイの上を歩いた記憶はあんまりない。ただ光と、音と、爆発したような歓声だけ。前を進む柚が手を引いてくれて、私も柚と同じようにパフォーマンスしたような気もする。
少なくともSNSで私が誰なのか軽くバズっているのを見ると、失敗はしなかったみたい。私の画像も何枚か上がっているけど、その画像で私と分かる人はいないはず。
そしてその存在は永遠に謎のままなんだ……。
ガチャ、と部屋の扉が開く音がした。それに気づいて目を開くと時刻は22時を回っていた。
「遅くなってゴメン……わ、真っ暗だ。起きてる?」
「起きてるよー」
ぱちり、と電気がつくと明るさが眩しい。起きてるとは言ったけど半分寝てたかも。
「ご飯食べた?」
「食べてない、なんか疲れちゃって」
「あはは、ゴメンね。僕も気持ちが落ち着かなくてさ、空腹なんて少しも感じないや」
スーツケースをおいて柚が隣に座る。柚はスカートを履いていて、変装のためか伊達眼鏡をかけていた。雰囲気はすっかり女の子で、一見するとステージで歩いていた時とは全くの別人。
「シャワーは?」
「したよ」
「……もう眠い?」
その何かをうかがうような声に、私は少し身体を起こす。柚の目は爛々と輝いていて、明らかに何かを期待していた。
「……柚……いや、柚ちゃん、明日早いの?」
「うん、残念ながらね。7時には出ないといけない」
「ハードだなぁ」
柚ちゃんの方がずっと疲れているはずなのに、そんな顔をされると無視はできない。
「じゃあ、シャワー入っておいで。待ってるから」
「わかった! あ、それと、できればそのキャリーケース……」
「今日着た服?」
私がそう言うと、柚はにっこりと笑顔で返事をして足早にシャワーへ向かった。
柚ちゃん、嬉しそうだったなーと思いながら、小さい方のキャリーケースを開く。そこにはショーで着た衣装一式が綺麗に詰め込まれていた。
一人で着るのは大変だったけど、なんとか形にする。せっかくなら化粧も少ししておこう……あとはウィッグをかぶってスイッチを切り替える。
準備をしているうちにシャワーの扉が開く音がした。急いで入ったのか、まだ髪が濡れたままバスローブを着た柚がそこにいた。
私はその視線をまっすぐ受け止める。柚の期待に応えるように。
「……奏、やっぱり君は僕の理想だ」
「そう言ってもらえると、着たかいがあるね」
私が手招きすると、バスタオルだけの柚ちゃんが、ふらふらと誘われるようにベッドまで来る。
その肩を優しく押し倒して私が上になると、その柚ちゃんの表情は男装の時の面影なんかまったくなく、完全に恋する女の子になっていた。
「ん……」
目が覚めると、部屋に人の気配はなかった。
寝ぼけ眼のまま部屋を見渡すと、ベッドの端に畳まれた服に気づく。何も身に着けずにシーツを引きずりながら近づくと、その上には一枚の紙が置いてあった。
『親愛なる友人、奏へ
この部屋は12時まで取ってあるから自由に使って。
最高の一日をありがとう、またいつか。 柚
追伸
服は僕からのプレゼントだよ』
その服を持ち上げてみると、それは夏を先取りしたボーイッシュなファッション。けれど女の子っぽいところはしっかりあって、それは私のために選んでくれた服のように見える。
さすが柚ちゃん、相変わらずやることがカッコいいな。下着までしっかりあるのは用意周到というかちょっと怖いけど……ブラのサイズもぴったりだし……。
服を着ながら、私は昨日の、ランウェイの上でのことを思い出す。
あのランウェイの上、柚ちゃんはどんな顔をしていたのだろう。きっと昨夜のベッドの上にいた柚ちゃんとは全然違うんだろうな。
そして、きっとその顔は私しか知らない。
そのことにちょっとした優越感を覚えながら、私はベッドに倒れる。一つ欠伸をして、もう少しだけ、昨夜の余韻を思い出すことにした。




