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男女比が狂った世界に転移したレズはどうしたらいいですか?  作者: シキ


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56話 ランウェイの上_1


 ドームの中に、たくさんの女の子が流れていく。


 私もその中の一人で目の前のドームの天井、その曲線を見上げていた。入る前から気持ちが落ち着かない。こんなイベントでもないと、ドームに入るタイミングなんてない。

 ファッションショー当日、私は買ったばかりの服を着て入場列に並んでいた。さすがファッションショー、やっぱり見に来る人達もみんな可愛かったり綺麗だったりで、ばっちりキメていた。

 服は好きだけどこんなファッションショーは初めてだから、浮いていないかなとか思いながら少しずつ前に進む。


 事前に調べた情報だと、ファッションショーといっても出版社が主催なのもあってエンタメ性が強いショーだった。モデルは私と同じ高校生や中学生もいるし、なんならアイドルグループのライブも合間に挟まる。その中で、柚ちゃんは男装のトップモデルとして紹介されていた。

 ステージに近い位置なら、柚ちゃんに気づいてもらうことも出来るんだろうけど……というか柚ちゃんどの席用意してくれたんだろ。普通A席とかS席とかあるはずなのに、私の持っているチケットにはそれがない。柚ちゃんのことだから、もしかして特別席とかだったりして?


 長い行列の先、ようやく受付に着いて私は席番号が書いていないチケットを見せる。と、今までスムーズに対応していた受付の女の子がピタリと止まった。


「……琴宮奏様、でよろしいですか?」

「そうですけど……」


 突然名前を呼ばれてびっくりする。チケットには名前は書いてないはずなのに。


「こちらへ、スタッフがご案内しますので」


 と言われ訳が分からないままスタッフに誘導される。少しだけ注目されてしまったけど、すぐ受付は再開された。

 案内してくれるスタッフさんの後ろに続くと、客席への入口ではなく、『staff only』と書かれた扉を開く。するとその向こうには、途端に忙しない世界が広がっていた。


「準備出来てるー?」

「こっち大丈夫です!!」

「じゃあ次のゲスト呼ぶから、ヘアメイク準備しておいて!」


 狭い廊下をあっちこっちへと人が通り過ぎる。みんな何かしらの荷物を持っていたり、スマホで連絡を取り合っていたり、ショー開演前の裏世界はまさしく戦場のようだった。

 みんな一般人の私を気にする暇なんてなさそうで、人の合間を縫って進みながらとある部屋の前で止まる。


「こちらです」

「ありがとうございます……」


 案内された先、その部屋の扉には『河鹿柚様』と書かれた紙が貼ってあった。




「やぁ、久しぶり」

「バレンタイン以来だね、柚ちゃん」


 部屋の中にはショー前の柚ちゃんがいた。まだ全部の準備はしていないみたいで、衣装もお化粧も途中って感じ。それでもその風格はすっかり男の子。会うのが少し久しぶりなのもあって、本当に女の子なのか認識がバグってしまう。


「奏がそう呼んでくれるの僕は気に入ってるんだけど、慣れない人もいるから今日だけは呼び捨てにしてくれないかな?」

「柚?」

「うん、ばっちりだ。来てくれて嬉しいよ」


 確かに私が柚ちゃん、と呼んだ瞬間、部屋にいる数人がびっくりして振り向いていた。世間的には『柚君』が一般的なのは分かっていたけど、ここまでとは。

 私が柚の正面に座ると、スタッフさんが飲み物はどうですか? と聞いてくれる。ハーブティーをお願いすると、柚も同じものを頼んでいた。


「それで、柚と話できるのは嬉しいんだけど……もともとこうするつもりだったの?」


 と、手に持ったチケットをぺらぺらと揺らす。


「そうだよ、スタッフにはあらかじめ伝えておいたからね。『席指定のないチケットを持っている人が来たら、僕のところに連れてくるように』って。思惑通りいってよかったよ。びっくりしてくれたかな?」

「うん、とっても」


 私が素直にそう言うと、柚はいたずらが成功した子供のように嬉しそうに笑った。その仕草はまだ変身途中なのもあって、無邪気な男の子って感じ。その笑顔に部屋の中にいる数人のスタッフさんが顔を赤くしながら盗み見ていた。


「ハーブティーです」


 と、目の前に紙コップのハーブティーが置かれる。一緒に簡単なお菓子も並べられていた。


「わ、ありがとうございます」


「彼女は僕のマネージャー、堂島(どうじま)さんだよ」

「お名前も聞いていいですか?」

佳代(かよ)と申します」


 スラっとした立ち姿と、さっぱりと切りそろえている髪はどこか柚に似ている気がした。柚が笑いかけても特に反応することなく、テキパキと仕事をこなす姿はまさにマネージャーって感じ。


「なんかお仕事できそうな人だね」

「一時期は警護官をやっていたらしいんだ。ちょっとした縁があって僕のマネージャーになってくれてね」

「わぉ、エリート」


 警護官、と言われれば男性警護官しかいない。子供のなりたい職業No1、の男性警護官を辞めてマネージャーになるなんて、相当柚ちゃんに入れ込んでいるっぽい。

 あれ、でももしかして……佳代さんにとっては、どこから出てきたかもわからない私は、あんまり良く思われない存在なのでは? と思って視線を送るも、佳代さんが私を見ることはなかった。


「そ、それはそうとして、私は柚と本番までのお話相手にでもなればいいの?」

「んーちょっと違うかな」

「……もったいぶらないで教えてよ。ここまで呼んだってことはなんかあるんでしょ」


 そういうと、柚は分かりやすく肩をすくめる。テンションが高いのか、その演技も大げさ。

 ここに来てからずっと楽しそうな柚。その笑みは私と会えてうれしいだけじゃない、他の理由がある気がした。

 すると、柚はとんでもないことを口にする。


「奏には、僕と一緒にランウェイを歩いてほしいんだ」


 その言葉の意味を私の中で処理するのに、数秒かかった。


「……いや、無理でしょ。無理無理」

「そんなことないよ、奏なら。それに、僕からのプレゼントを受け取ってくれたよね?」


 その一言に、柚が考えた計画を、なんとなく思い描くことが出来た。


「もしかしてコレ……そういうことだったの!?」


 私は胸元からチェーンを通した指輪を取り出す。それは、バレンタインの時に柚からもらった、色とりどりの石がついた、たっかそーな指輪。


「よかった、身に着けてくれてたんだね。見えなかったからフラれたのかと思ったよ」

「いや、こんなの着けづらいから!? 私、柚と違って普通の高校生なんだからね!?」


 いくらかも分からない指輪を着けるなんて、そこまでの勇気はなかった。

 そしてこれは今日のための『報酬の前払い』。これを一度私が受け取ってしまえば、柚ちゃんからのお願いは断りづらくなる。


「そう、奏は普通の高校生。その指輪も、僕にとってはただの友人の証だ。だから気にしなくていいよ」

「そ、そんなこと言っても……」

「僕は単純に、素直な気持ちで奏にお願いしているだけだよ。僕の目を見て」


 そう言ってテーブルの向こう、柚が私の手を掬いあげる。


「今の僕を作ったのは、間違いなく奏なんだよ。だから僕の成長を、一番近くで見届けてほしい」


 柚は私の手の甲に口づけをする。


 すっかり控室は静かになっていて、誰もが私達を見つめていた。みんなドラマの一部を見ているかのようで、呼吸を止めている人さえいるかもしれない。

 対して私は、柚ちゃんの王子様みたいなお願いよりも、少し離れた場所で無表情のまま見つめている佳代さんの圧力がバシバシと刺さっている気がして、それが恐ろしくてたまらなかった。


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