54話 水平線が混じる場所_3
「さて、お腹もいっぱいになったことだしメインのお風呂入ろうか! あ、お腹はあんまり見ないでね。食べすぎちゃったから」
「私もお腹いっぱいだし、同じだと思うけど」
「高校生と社会人のぽっこり度はたぶん違うよ……」
そうかなぁ? と思いながら自分のお腹をさする。白ちゃんも浴衣の上から見るとそんなに出てなさそうだけど。
「白ちゃんと入るのは初めてだよね?」
「うん、子供の頃もなかったと思う……そう思うとちょっと緊張しちゃうね。私先に入るから、後から来てくれる?」
と露天風呂に繋がる簡易的な脱衣所に先に入ってしまう。
……脱ぐところは見れなかったかー。とはいえ、露天風呂は一部分がガラスで向こう側が見える。しばらくすると髪をあげて、タオルで身体を隠した白ちゃんが出てきた。お風呂に入ったことを確認して私も脱衣所に入る。
浴衣を脱ぐと、下着姿の私が鏡に映る。今日は白ちゃんともう一回できるかも、と思って選んだ可愛い下着は、白ちゃんの大人な対応に当てられたせいか、今はどこか子供っぽく見えてしまう。
さっさと全部脱いでしまって、髪を簡単にまとめて、私もタオルで前だけ隠して露天風呂へ向かった。
「はぁ~~~~、溶ける……かなちゃんも早くおいでぇ。いい湯だよ」
陽はすっかり落ちて、明かりは間接照明のみ。柵の向こうには真っ暗の海と、その上には満天の星空が広がっていた。ざざぁ、ざざぁ、という波の音が遠くから聞こえる。
お風呂に一人入っている白ちゃんは本当に気持ちよさそうで、リラックスした感じ。せっかく初めて一緒に入るのに、私のことなんてなんとも思ってなさそう。
そのことにちょっと不満を持ちつつ、えい、と私も湯舟に入ると、お湯の温度は意外とぬるめだった。いつまでも入れそう。
「星が良く見えるね」
「うん」
この辺は街から離れているせいか、普段見る星空とは全然違った。
ぽっかり穴が開いたように月が浮かんでいて、北斗七星がよく見える。なんとなく、違う世界に来ても浮かんでいる星は変わらないんだなぁと思った。
それこそ月が二つあったりしたら明らかにファンタジーなのに、この世界は私のもともといた世界と見た目だけで言えばそこまで変わりない。温暖化だって普通に問題になっているし、戦争だってどこか遠くでしている。違うのは男女比と、貞操観念くらい。
それでも夜ご飯の時に白ちゃんが言ったように、私の人生は流れていく。今更前の世界に戻ろうとは思わなくて、ただこの世界で私の時間は流れていく。
この世界で白ちゃんに処女を捧げたことは、今思えば失敗だったかもしれない。けれどあのことがなければ、こうやって一緒にお風呂に入ることもなかった。
私もこの世界でいろいろしてきたけど、白ちゃんに関してだけはあんまり上手くいってない。だってこの世界の白ちゃんはレズじゃないから。
去年それを知って、またゆっくりでも私を意識してくれたらそれでいいと思っていた。
そう、思っていたんだけど。
私は今、白ちゃんに触れたかった。
展望台でもしかしたら白ちゃんは、私を避けようとしたかもしれない。でも気のせいかもしれないし、それをもう一度確認したい。
お湯の中で、白ちゃんの手を探す。お湯は透明で、その手がどこにあるかはなんとなく分かった。
少しずつ近づいて、その手が触れる距離まで。
そして、人差し指でつついてみる。
「わっ!」
ばしゃ! とお湯が跳ねる音と共に、白ちゃんが距離を取った。それは大げさすぎる反応で、つつかれた手はまた胸に抱えられている。
やっぱり白ちゃんは私の事を避けている。私に触れないようにしている。そのことがありありと分かる反応に、私の心は強く締め付けられる。
なんで、どうして、私はこんなにも白ちゃんに触れたいのに。
「…………うぅ……」
「えっ! かなちゃん、なんで泣いてるの!?」
我慢しようと声を押し殺したつもりだったけど、感情の波にすぐに決壊してしまう。一度気づいてしまったら涙が止まらなくなって、こんな可愛くない顔見せたくなくって、手で隠す。
それでも隙間から漏れる声を、お湯の音はかき消してくれなかった。
「えーっと……どうしよどうしよ。怖くないよー、大丈夫だから……」
白ちゃんは困った声を出しながら背中をさすってくれた。お湯の中じゃあんまり意味なかったけど、それでも白ちゃんが触れてくれているという事実だけで、ますます涙が出てきて仕方なかった。
「えっと……訳を聞かせてくれる? かなちゃん」
私の涙が落ち着いて、お風呂から一度上がって部屋に戻ってから、白ちゃんはすぐ横でそう言った。
お風呂に入ったとはいえ、あれだけ泣いてしまえば目だって赤くなっているはずで、白ちゃんに顔を見せづらい。
「白ちゃんが、私のこと、避けるから」
絞り出した言葉は音にしてしまうとそれが真実になったような気がして、余計に胸が苦しくなってしまう。
「避けてって……私は、かなちゃんが嫌がると思って」
「私、そんなこと言った?」
「だって私、かなちゃんのこと無理やり襲ったんだよ? トラウマになってもおかしくない。本当は会うのもあれっきりにしようと思ったんだけど、かなちゃんは変わらず連絡くれるし、私もかなちゃんのことは大切な友達だと思ってるから。だからせめて触れないようにしようって……」
そんなこと考えてたなんて、全然気づいていなかった。
「嫌なわけないじゃん……すっごい不安だったんだから……バカ」
「う……ご、ごめんね」
でも言われてみれば、それは白ちゃんが考えそうなことでもあった。
私は白ちゃんをどうにかつなぎとめようと必死で、その後白ちゃんがどう思うかまでは考えていなかった。そしてそれ以上に前の世界での白ちゃんの影響が大きかった。前の世界じゃ私をレズにした張本人だから、どこかこの世界の白ちゃんと重ねてしまっていたんだろう。
世界が違うから、ここにいる白ちゃんも違うことはもうとっくに知っていたはずなのに。
「白ちゃんは、私のこと、嫌い?」
「そんな訳ない」
「……じゃあ好き?」
「もちろん」
少しの迷いもなく白ちゃんは頷いた。だけどそれは、恋愛感情とかがない好きで、私が期待する返事とは違う。
私を見るその瞳は心配だけしかなくて、私が好き? とちょっと勇気を出して聞いたことだって気づいていない。
「……ん」
でもそれ以上に言えることなんて、今の私には思いつかなくて。私が手を差し出すと、白ちゃんはすぐに握ってくれた。
すべすべの手を私がぎゅっと握ると、同じくらいの力で白ちゃんは握り返してくれる。
……やっぱり白ちゃんのことが好き。
今私がちゃんと告白しても、白ちゃんにはきっと響かない。手を握ってくれて嬉しいはずなのに、その事実がたまらなく心の中を空しくさせる。
繋いでいる手から私の感情が伝わればいいのに。そんなことを思いながら、私はなにも言えず、その手を見つめていた。
布団はすでに敷いてあって、後は寝るだけなんだけど。
勘違いをして私を避けていた白ちゃんに、私を泣かせたペナルティとして一つだけお願いをした。
「ね、本当にするの?」
「うん、一回してるんだしいいでしょ?」
「でもあの時と違ってお酒飲んでるわけじゃないし……」
布団が二組敷かれている片方で、私と白ちゃんは浴衣姿で向き合う。
ペナルティの内容は、もう一回白ちゃんとえっちすること。白ちゃんはかなり渋ったけれど、会ってもらえなくて寂しかったなーと問い詰めるとなんとかOKしてもらえた。
正面に座っている白ちゃんは、なんだか落ち着かない様子で髪をいじっている。まぁ実質ちゃんとするのは初めてだし、仕方のないことだとは思うんだけど。
「じゃあ、お酒飲んじゃえばいいんじゃない? 冷蔵庫に入ってるよね」
冷蔵庫には様々なお酒が用意されている。この部屋に泊まる人は無料らしい。私はその中から適当なお酒を手にして、白ちゃんに渡す。
「でも……」
「いーじゃん。全部お酒のせいにしちゃえば。白ちゃんだって本当は飲みたかったでしょ?」
その視線は、明らかにお酒を気にしていて、ちょっと飲みたさそうにしているのは分かる。素直になればいーのに、と私はそのプルタブをあけてあげた。
「あーあ、開けちゃった……飲まないともったいないね」
「も、もう。かなちゃんのせいだからね! どうなっても知らないよ!」
と、ぐいーっとお酒の缶を傾ける。そんな白ちゃんを、私はにっこりしながら見つめていた。
ノクターンverあります。




