51話 莉々ちゃんと一緒!
『けほっ、けほっ、か、奏さんごめんなさい……』
電話の向こうから聞こえる詩帆ちゃんの声はだいぶ枯れていた。乾いた咳を繰り返していて話すのも苦しそう。
「こっちは大丈夫だから、ゆっくり休んでね」
『うぅ~、本当にごめんなさい~』
ゴールデンウィーク初日、10時の少し前。
今日は詩帆ちゃんと莉々ちゃんの3人で話題のどら焼きを食べに行こうという約束をしていた。街は連休が始まったばかりで賑わっていて、私のほかにも待ち合わせしてる人が沢山いる。
その電話は私が待ち合わせ場所に着いてからかかってきた。詩帆ちゃんとしてはギリギリまで行こうとしていたけど、熱まで出てきてしまって今日は断念することにしたらしい。
莉々ちゃんはまだ来てないけど……この時間から延期するのもね。詩帆ちゃんにはゴメンだけど、二人で行くしかないかな。
『か、奏さん、気を付けてね』
そんなことを考えていると、電話先の詩帆ちゃんはなぜか心配そうにしていた。
「何に気を付けるの?」
『り、莉々と二人の時は、トラブルが起きやすいから。でもでもっ、莉々の近くにいれば平気だから、危ないと思ったら離れないでね』
「トラブル? ……わかった。お大事にね」
『ぜ、絶対だよ……』
なんか不穏な声を残して、詩帆ちゃんとの通話が切れる。
考えてみれば莉々ちゃんと二人だけで出かけるのは初めて。詩帆ちゃんからいろいろと噂は聞いているけど、冗談みたいな話もあったから私としては正直半信半疑だった。
なんだっけ、一番酷いのは交通事故をぎりぎり回避した、だっけ……? まさかそこまでのことは起きないと思うけど。
「かっ、なっ、でっ!」
「あ、莉々ちゃん。おはよー」
1、2、3のステップを踏みながら莉々ちゃんが合流する。
動きやすそうな細身のチノパンに、半そでのYシャツ。斜めに被っているキャップがお洒落な感じ。
「なんだか今日の莉々ちゃん、カッコいいね」
「ありがとー、瑠々が選んでくれたー」
「瑠々?」
「妹の瑠々。服が好きなんだー」
「あ、妹……」
莉々ちゃんって妹いるんだ、初めて知った。というか莉々に瑠々か……。
「もしかしてお姉ちゃんいたりする? 予想は羅々!」
「ぶぶーっ! 羅々はお母さんの名前だよーっ!」
「えぇ、そっち!?」
なんというか言葉遊びが凄い、莉々も瑠々も可愛い名前だけど。もう一人子供生まれたらレレになるのかな……さすがに響きが可愛くないか。
「それより聞いた? 詩帆ちゃんのこと」
「さっき連絡きたよー! 奏のことしっかり案内するから、任せてっ!」
「うん、よろしく」
「んじゃ、さっそくしゅっぱーつ!」
と莉々ちゃんは元気に歩き出して、私はその後ろについていく。
二人が場所を知っていると思っていたから、私はそのお店の位置やレビューをあえて調べなかった。前知識ない方が面白そうだし。
でも詩帆ちゃんがいないとなると、目的のどら焼き食べて、ちょっとショッピングでもして、帰りに詩帆ちゃんのお見舞いでも行って、そんな感じでゆるく遊ぶくらいかなーって私は思っていた。
その道筋が、すごーく大変なものとは知らずに。
「奏! あの電車乗った方がいいよっ!」
「ちょ、ちょっと待って!」
発車ギリギリの電車に飛び乗ると、後ろですぐに電車のドアが閉まった。
菜月とフットサルに参加していることもあって、莉々ちゃんは瞬発力が高い。私も定期的な運動は続けているけど、莉々ちゃんには負けちゃいそう。
「なんとか乗れた……けど次の電車でも良かったんじゃない? そんなに急いでないんだし……」
「んー……なんとなく?」
少し息を切らしている私に、莉々ちゃんはコテンと首を傾げる。まぁどら焼きは数量限定らしいし、早い方がいいのはそうなんだけど……。
息を整えながら莉々ちゃんとお話して、二駅ほど移動して電車を降りる。その電車を見送ると、ピンポーン、と構内アナウンスが流れ始めた。
『人身事故のため、次の列車の到着時刻が遅れております。お急ぎのお客様におきましては申し訳ございませんが、改札口にてバスのご案内を――』
私達が乗った電車より、一つ後の電車で人身事故が起こったというアナウンス。
それってつまり、さっきの電車に乗らないと足止めされていたってこと? もしかして莉々ちゃんが急いだのって……。
「あれ、奏ー?」
「あぁ、ゴメン。今行くね」
少しだけ不安な気持ちが生まれてきたけれど、まさかね、と思いながら莉々ちゃんの背中を追いかけた。
「こっちだよー」
莉々は迷わず進んでいく。
特に地図アプリを見たりしないから、場所はちゃんと分かっているみたい。
「あれ?」
だけど住宅街に入って、ある通りに差し掛かると、道の真ん中に工事中の看板が立っていた。
「通れないね。この先なの?」
「うん……でもあっちから行けば大丈夫!」
と莉々ちゃんは一本隣の道から行くことにしたようで、私もその後ろについていく。
するとその道を曲がったところで、待ち受けていたように犬を4匹連れたお婆ちゃんがお散歩をしていた。
「あらー、莉々ちゃん。久しぶりねぇ!」
「あっ、おばーちゃん!」
通り過ぎるだけかと思えば、お婆ちゃんは莉々ちゃんに声をかける。
「知り合い?」
「うん! 前に犬の散歩手伝ったんだよー! あ、お婆ちゃん、こっちは友達の奏!」
「初めまして……」
「初めまして、べっぴんさんのお友達ねぇ」
にこやかに莉々ちゃんが紹介してくれる。
どういう経緯でお婆ちゃんと知り合いになったんだろう……と私が首を捻っていると、そのお婆ちゃんはさも当然のようにリードを莉々ちゃんに渡す。そして私にも。
「今日は二人もいて助かるわぁ。お願いね」
「えっ」
「はーいっ!」
断る間もなく二匹分のリードを任される。その紐は大きなゴールデンレトリバーと柴犬に繋がっていて、はっはっと口を開けてきらきらした目をこちらに向けていた。
「……これ散歩しなきゃダメなやつ?」
「うん、いつも会ったら頼まれるんだー。ひと回りすればこの子達も満足するから」
「そうなんだ?」
満足するから、じゃない気がするんだけど……そこでやっと、詩帆ちゃんが電話で言っていた意味が分かってきたような気がした。
「じゃあお散歩いこっか!」
「どら焼きはいいの?」
「大丈夫大丈夫!」
「それならいいんだけど……あとゴメン、リード一本交換してくれる? そっちチワワとパピヨンなのはちょっとバランス取れてないから」
ゴールデンレトリバーとか私と同じくらい大きいんだけど? 引っ張られたら引きずられそう。
犬たちの散歩は大変だった。興味ある場所あっちこっちに行くから、進んだり止まったりと振り回される。初めての人に興味があるのか、私をくんくん観察するし、やっと順調に進み始めたと思えば草むらに突っこんでいく。両手でリードを持つとどっちを気にしたらいいか分からない。莉々ちゃんのほうの犬は素直に歩いているのにぃ。
それにしても二駅隣に来て、私もあんまり来たことがない場所なのに、莉々ちゃんはたまに話しかけられる。
同年代らしい高校生、強面のお姉さん、小さい子供まで年齢の幅も広い。莉々ちゃんと二人で出かけることなかったから、莉々ちゃんのこともう少し分かるかなーって思ってたけど、なんだか分からないことの方が増えていく。
やけに美人なスーツ姿の人と莉々ちゃんは少し雑談して、別れた後に私はその隣に並ぶ。
「今のも知り合い?」
「そうだよー……誰だっけ?」
「紹介……じゃなかった。名前もわからないのによく知り合いって言えるね……」
そんな感じでひと回り……とは言うけどたっぷり1時間以上散歩して、お婆ちゃんの家に戻るとなぜかお昼ご飯が用意されていた。
散歩終わりでがつがつとご飯を食べる犬たちの横で、私と莉々ちゃんもふきの煮物とか、肉じゃがとか、インゲンの白和えとか、地味……じゃなくて健康的なご飯をご馳走になる。……確かに美味しいけど、もう少し映えが欲しいなー、美味しいんだけどね?
莉々ちゃんはもちろんぱくぱく食べて、遠慮なくご飯もおかわりしていた。
「ありがとうねぇ、またよろしく」
そんなお散歩イベントが終わってお婆ちゃんの家から出ると、もう1時過ぎ。
「じゃあ次はデザート食べに行こう! どら焼きだよっ!」
「もともとそれが目的だからね」
限定なのにまだ残ってるのかなぁ? と思いつつ、でもいつか詩帆ちゃんは莉々ちゃんと行けば絶対食べられるって言ってたし……行ってみれば分かるか。
気を取り直して莉々ちゃんの後ろについていく。もうそろそろ自分で場所調べた方がいいかなとも少し思うんだけど……突拍子のないイベントが起こった後なのもあって、もうなんでも来い! って気持ちだった。
「もう少しだよー、あの交差点の向こう!」
莉々ちゃんが指を差す向こうには、立派な看板が見えた。『~~~和菓子店』とだけ読めるけど、その名前は達筆すぎてなんて書いてあるかわからない。
一軒家を改造したようなお店の自動ドアをくぐると、餡子の甘い匂いと同時に、お店じゃなかなか聞かない声が響いた。
「アダダダダダダダダ!」
「お婆ちゃん! 大丈夫!?」
自動ドアから入ってすぐ、大きな袋を抱えたまま座り込んでいるお婆ちゃんと、店員らしき人が慌てていた。
「えっと、いったい何が……」
「あ、い、いらっしゃいませ! すみません、お婆ちゃんがまたぎっくり腰になってしまって!」
「この饅頭だけは、この饅頭だけは……」
「んもぅ! お婆ちゃんは病院行って! 今救急車呼んだから! お饅頭の配達は諦めるしかないよ! いくら親友の命日で、この日のために大切に用意してきた饅頭だからって、お婆ちゃんの体調の方が重要だよ!」
懇切丁寧に状況を説明してもらって……いや、もうお店に入った時点でなんとなく察してたけどさ。
目の前にあるのはきっと大変な事態ではあるんだけど……莉々ちゃんと一緒にいるから、なにか仕組まれてるって感覚が拭えない。
「莉々ちゃん、お饅頭は私達で届けようか」
だから若干呆れつつも、さっさと先に言ってしまうことにした。だって絶対そうなるだろうから。
そうすると莉々ちゃんはぱっと笑顔になる。
「うん、そうだね! 奏は優しいねっ!」
「……莉々ちゃんほどじゃないよ」
お婆ちゃんは救急車に乗っていき、私達はお饅頭を配達して。
お店に戻ってくると、そのお礼にということで、売り切れだった賞味期限10分のどら焼きを追加で焼いてもらえることになった。
サービスでお茶も出してくれて、軒先のベンチで出来立てのどら焼きを二人で食べる。思いのほか歩いたから、出来立てもちもちの生地と餡子の甘さが身に染みる。
「……びっくりするくらい美味しい」
「ねー! 詩帆にも食べさせてあげたかったなぁ!」
「そうだねぇ……っていうかいつもこんな感じなの?」
「こんな感じ? どんな感じ?」
「いろいろ頼まれたり」
「フツーじゃないかな? あっ、でも今日は奏がいてくれたから早かったかも!」
確かに詩帆ちゃんは人見知りだし、莉々ちゃんが問題解決するしかなさそうだよね。……こんなの毎回続いたら、人見知りも治りそうなものだけど。
「……帰り、詩帆ちゃんの家に寄っていこうか。なんかお見舞い持って」
「そうだねー! どら焼きがいい?」
「ゼリーとかがいいんじゃない。その方が食べやすそうだし」
でも出かける度にこんなイベント尽くしなのは、やっぱり大変そうだな……と莉々ちゃんにいつも付き合っている詩帆ちゃんを少しだけ尊敬した。




