50話 渡るかもめ、繋がるくるみ
祝50話~。
「アルバイトですか?」
「うん、どこかないかな?」
ゴールデンウィークを迎える少し前。
連休を目の前にして、教室内はいつもよりがやがやと忙しない。そんな中机をくっつけてお弁当を食べているのは私と菜月、そしてクラス選択権を使ってこのクラスに来たかもめだった。
2年生が始まって一月。かもめはお昼の度にいろいろなグループに入れてもらって過ごしていた。かもめ自身このクラスに馴染んでいないことは自覚しているみたいで、まずは顔を覚えてもらうためにそうしているらしい。
特にどこかのグループに入るということもなく、日ごとに移動するかもめは、その名の通り渡り鳥のよう。かもめは人当たりもよく、紅葉(本人から名前で呼んでよろしくってよ! と言われた)とよくじゃれあっていることもあって、すでに存在感は大きい。
「あんまり長い期間じゃなく、短期がいいんだよね。修学旅行のためにもちょっとお金に余裕欲しいし」
「あー修学旅行ねぇ、でもちょっと先じゃない?」
「夏休み終わったらすぐだよ。……そういえばちょっと思ったんだけど、幸太郎君って修学旅行どうするんだろ?」
「いや、休みに決まってるでしょ」
「男性がいるとそれだけで観光スポットの様になりますからね」
「そっかー、行けないのはちょっとかわいそうだね」
教室の反対側で、幸太郎君は紅葉お手製のお弁当を食べている。周りにはいつものとりまきと、今日はエマも一緒にお昼をしていた。
幸太郎君は二年生になっても普通に学校へ来ている。この男女比が狂った世界で、きっと波乱万丈の人生を繰り広げていることだろうけど、別に私の知ったことじゃない……というか私二年生なってから話したっけ? きっと挨拶くらいはしたか、たぶん。
「そうですわね……ぱっと思いつくのは、ホテルの中にあるプール横の飲食スペースとかでしょうか。たしか募集をかけていたと思いますけど」
「かもめのとこのホテル? そこって良いとこじゃ……」
「家族連れのお客様も来られるようなホテルですよ? 心配しなくても大丈夫です。確約は出来ませんが、ちょうどよく人員が空いていたらお声がけしますね」
「うん、ありがとう」
やった! プールってことは水着の人たちも沢山でしょ! もしかしてワンナイトとかあったり?
「菜月もどう?」
「夏休みはだいたい部活だよ~。なんかうちのチーム急に強くなっちゃって大会にも出ることになってさー。今年はちょっと頑張るんだって」
「そっか……詩帆ちゃんはちょっと向いてなさそうだし、詩帆ちゃんがいないなら莉々ちゃんも難しそうだし……エマはさすがにかもめのホテルでアルバイトするわけにいかないしねぇ」
「私は気にしないのですけど、紅葉の心が狭いばかりに」
頬に手を当てて困ったような表情をするかもめは、どこか楽しそうにも見える。教室の反対側から紅葉が睨んでいる気がするけど、気のせいかな……。
それにしてもここ一月ほど二人の関係を見ていて、かもめは幸太郎君をターゲットに移動してきたというより、紅葉がこのクラスにいるから移動してきた気がするんだよな。なんとなく紅葉を見るかもめの視線が湿度高めなような。
「ね、もしかしてかもめってさ……」
と、そのことをなんとなく聞こうとすると、かもめはパチリとウインクをした。
「……内緒ですよ?」
それはレズ同士だけが分かるシンパシー……かもめも私が女の子が好きということがなんとなく分かっているらしい。そっか、かもめもお仲間か。幸太郎君もいけるんならレズじゃなくてバイだけど。
女の子が好きな人って、なんとなく視線で分かるんだよな。私は結構露骨だから、かもめも感づいていたのかなって思うけど。まぁかもめなら言いふらしたりしなさそうだしいっか……。
「かもめって一年生の時はどこのクラスだったの?」
そのついでに他の質問をしてみる。
「4組ですね」
「「あ~……」」
1年4組。それを聞いただけで、私と菜月は一緒の声を出した。それは一年の時にちょっと話題になった、男の子が無理やり襲われたクラスだったからだ。
確か命令していた女の子に無理やり襲われたんだっけ。それで女の子達は終身刑を受けて、男の子は不登校? 転校? どっちにしても学校には来なくなった。
「あの後ってどうなったか知ってる?」
「実行犯のうち二人は妊娠しましたけど、生まれたのは女の子だったみたいです。翼様は遠くに移り住んだと聞いていますね」
「子供は出来たんだ……お母さんになっても終身刑のまま?」
「そうですね、子供が女の子なら刑が軽くなることはありません。なので生まれた子供はやがて児童福祉施設に引き取られることになります。高屋敷グループでも施設を運営していますが、最近は捨てられる子が多くてひっ迫しているみたいで……」
「子供が女の子なら、どこかに置いていく人もたまにいるみたいだしね」
私には考えられない話だけど、それがこの世界で起きていることだった。
妊娠する人のほとんどは当然男の子を望む。そのためのストレッチとかアイテムとか、男の子が生まれやすい(かもしれない)神社がテレビの特集が流れるほど、男の子は求められている。もちろん実際に生まれるのはほとんどが女の子で、普通は男の子を諦めながらも愛を持って育てるけれど、男の子じゃない、と失望してしまう人も極々一部に存在する。
「今度、幸太郎様に施設へのボランティアを依頼するつもりです。幸太郎様は翼様と違ってお優しいですから、きっと受けてくれると思うのですが……」
「大丈夫じゃない? っていうか何回かしてるんじゃなかったっけ」
「そうですか、それなら安心です」
菜月の答えに、かもめがぽん、と手を合わせて喜んでいる。ボランティアかぁ、幸太郎君もちゃんといろんな活動やってるんだなー。
「お二人もどうですか? ボランティアのお仕事ならいくらでもありますが……」
「ん~、気になるけど、夏休み中に時間あったら」
「私もフットサルない日とタイミング合えばね~」
それは社交辞令気味な返事ではあったが、かもめは「では、またお誘いしますね」とそれ以上誘わなかった。この辺の距離感はやっぱり上手だなと思う。
授業が終わり、その日の放課後。
菜月は部活、エマは幸太郎君達と帰って、私は詩帆ちゃんと莉々ちゃんと帰る予定だった。というのもゴールデンウィーク初日は三人で遊びに行く予定だから、その相談だ。
「莉々っ、帰るよー。奏さん待ってるから」
「おー、お待たせっ!」
クラスの人と話していた莉々ちゃんは、詩帆ちゃんに呼ばれるとぱっと話を切り上げてきた。相変わらず詩帆ちゃんの言う事だけは素直に聞いて、詩帆ちゃんというハンドラーがいないとあっちこっちに歩くから大変だったりする。
「あれっ? 何の話するんだっけ?」
「ご、ゴールデンウイークの話だってば。ほら、あそこの和菓子屋で今年も始まるでしょ、賞味期限10分のどら焼き」
「あー、あのどら焼きねっ!」
一つだけちゃんと決まっている予定はあって、それは二人が去年も行っている人気の和菓子屋さんに行くこと。
「本当に10分しか持たないの?」
「そ、そうなの。10分経つと生地の食感が固くなるみたいで……」
二人はなにかとそういう限定品を食べ歩くのが趣味らしい。詩帆ちゃんがお菓子作りを始めてから、新作のリサーチや研究もかねている。作る努力だけじゃなく、美味しいお菓子を探すのも頑張っているなら、そりゃお菓子作り上達もするよなぁって感じ。
「でもそういうのって限定何個! とかじゃないの?」
「だ、大体そうだよ。でも、莉々と一緒なら絶対買えるから……」
「絶対買える?」
それってどういう……と理由を聞こうとしたところで、あー! という声が靴箱が並んだスペースに響く。
「奏先輩っ! 今お帰りですか?」
「うわっ! なんだくるみか」
「えへっ! そーです先輩のくるみです!」
腕に抱き着いてきたのは嬉しそうなくるみ。
くるみの部屋に泊まったのはもう少し前だけど、その時に私とくるみの距離感については新しく約束をして、それをくるみは守ってくれていた。朝のお迎えや普段の付きまといはNGとして、学校でたまたま見かけた時くらいなら話しかけても良い、と私から見れば健全な付き合い方に落ち着いたと思う。
「あっ! だ、ダメだよ。くるみさん! 奏先輩から離れて!」
ただちょっと問題なのは、詩帆ちゃんとの相性が悪いこと。詩帆ちゃんは最初に言われた私のガード役、というのを今でも気にしているようで、私がくるみに絡まれているとすぐにその間に入ってくる。
「え~でも奏先輩は嫌がってないですしぃ? 部外者に言われてもね」
「か、奏さんは優しいから言ってないだけだよ! とにかく離れてっ!」
そして私は、その二人の言い合いを若干楽しんでいる節がある。だってねぇ、後輩と同級生が私を取り合ってくれるんだよ? そりゃ良いに決まってるでしょ……。
「あ、この人がくるみがよく言ってる奏センパイ?」
二人に腕を引かれているところに見覚えがない女の子が話しかけてきた。
しっかり染めた金髪をポニテにして、右耳には二つのピアス。強気な目は私を値踏みするように見ていて余裕がある。制服のシャツは第二ボタンまで開いていて胸の谷間が見えているし、スカートも思いっきり短い。ちょっと色黒の彼女は、一言で表すとダウナーな感じのギャルだった。
「そうそう! 私の神様だよ~星羅!」
「……っ!」
あからさまなギャルの登場に、詩帆ちゃんがビクリと反応して莉々ちゃんの後ろに隠れる。でも私の腕に抱きつくくるみのことは気になるのか、莉々ちゃんの背中からひょっこり顔を出して「は、離れなさいよぅ」と小声で威嚇していた。
「くるみの友達?」
「神木星羅。よろしく、センパイ」
「うん、よろしくね。……なんか意外な組み合わせだね」
くるみはどちらかというと清楚っぽい見た目をしている。染めたことのないまっすぐな黒髪は、黙っていればどこかのお嬢様みたいにも見える。まぁ口を開けばすっごい元気なんだけど……。
「星羅こんな見た目だから教室で一人だったので! 私の友達第一号として任命しました!」
「最初は無視してたけど、こいつうっさくて……仕方なくつるんでる感じですね。まぁ変なヤツなんで見てて面白いんですけど」
「何言ってるの! 話しかけられて嬉しいくせに~」
「は??? 私がくるみに付き合ってやってんでしょ」
「またまた~」
星羅ちゃんが凄んでいる。くるみはそれを気にせず私の腕に引っ付いていた。
「ちっ、帰る」
「あ、待ってよー! 奏先輩、さようなら~」
その背中を追いかけてくるみも去っていった、その歩幅はやっぱり星羅ちゃんの一歩後ろ。……くるみにとってはあれくらい素っ気ない方が気が楽なのかなぁ。
「こ、怖かった……」
「そう? 普通に挨拶してくれたし良い子じゃない? ……百合ヶ原であの恰好してるのはびっくりだけど」
「詩帆怖がりすぎだよー!」
結構外見には厳しいはずなんだけどなーこの高校、毎回指導されてそう。
それでもくるみが星羅に声をかけたのは、きっとくるみにとって大きな一歩なんだと思う。それは私を追いかけるために必要なことで、くるみは一つずつしっかりと歩んでいる。会う度にそれが分かってなんだか嬉しかった。
「さ、私達も帰ろうか、どこまで決めたっけ?」
「どら焼きの話!」
「そ、それもあるけど、他にどこ行くかも決めないと」
くるみには頑張ってほしいな、まずは私の隣をちゃんと歩けるように。
そんなことを思いながら、私は週末の予定を二人と話し合った。




