49話 私の知らない女の子_3
帰りはスーパーに寄って、食材を調達する。
キッチンが綺麗だったからなんとなく気づいてはいたけれど、くるみは料理をしないで、ほとんどお惣菜で済ませていた。
これから一人暮らしをするなら、簡単な料理くらいは出来た方がいい。私は自分が知っているレシピの中から早い、安い、美味しい! な親子丼をくるみちゃんに伝授する。ちなみにこのレシピは、お母さんが仕事で遅い時とかに私もたまに作っている。
包丁を持つのも慣れていないみたいで、怪我だけはしないように私監修で進めていく。卵がいくつか犠牲になったり、火が強くてちょっと焦がしたりしたけど、最終的にはちゃんと親子丼が出来上がった。
まぁ初回にしてはよくできた方かな。
「ご、ごめんなさい……」
けれどくるみはそう思わなかったみたいで、まるで今からお仕置きでもされるような、恐怖感が混じった表情をしていた。
だから私は余計に明るい声を出す。
「何言ってんの。ほとんど私がアドバイスしたんだから、私が作ったようなもんでしょ。それよりお腹空いたから早く食べよ。味見もちゃんとしたし大丈夫」
というか味付けはほとんど白だしのみ。これで美味しくないはずがないんだよね……。
私がぱくぱく口に入れると、おずおずとくるみもお箸を持つ。
「……美味しい」
「でしょ?」
私はさっさと丼を空にしてしまって、ゆっくりと自分で作った親子丼を食べるくるみのことを見つめていた。
「お風呂一緒に入る?」
「……奏先輩の後で入ります」
くるみなら一緒に入りそうだなって思ったけど、断られてしまった。
朝は凄い元気に迎えてくれたのに、今ではすっかりその元気をなくしている。ずっと何かを考えているようで、私はその邪魔しないよう脱衣所に引っ込む。
持ってきたお気に入りのパジャマを用意して、服を脱ぐ。お風呂場は思った通り小さくて本当に一人用って感じだった。髪と身体を丁寧に洗って、膝を抱えて小さな湯舟に浸かると、ふぅと息を吐く。
くるみは何を考えているんだろう。きっと今日の自分のことを考えてるんだろうけど……さすがの私も心の中までは見ることが出来ない。
ただ私が思ったことは、やっぱり一緒にいるって難しいなってこと。
特に私にとってくるみは会ったばかりっていうのもあって、思いのほか気を遣う。
きっとくるみも同じような思いをしているはずで……くるみが思考停止して全てを私にゆだねるような性格じゃなくてよかったのと同時に、くるみならそうはしないだろうなとも思った。
くるみは過去、男の子に全てをゆだねられて最終的に裏切られた。だからくるみ自身が、それを許せないはず。
以前は幼馴染だった男の子がなにも出来なかったからくるみが助けていた構図だけど、今日はその構図が逆転している。正直くるみのスペックは私と比べて低い。私が世話したがりなのもあるけど、それにしても私とくるみの相性は悪い。
頼るのは悪いことじゃない。私だって菜月やエマに頼ることがあるし、その代わりに頼ってくれることもある。それでバランスがとれていればいいんだけど、バランスが取れなければ、それはいつしか依存に変わる。
それがどういうことか、くるみも気づいてくれればいいんだけど……。
考えているうちにちょっと長湯してしまって、さっさと身体を拭いて出る。
部屋に戻ると、くるみは見当たらなかった。トイレの光が灯っていて、だけどしばらく待っていてもなんの物音もしないから、心配になって一応声をかける。
「くるみ? お風呂あがったけど、大丈夫?」
「……大丈夫です。すぐに私も入ります」
少しかすれた声は、無理に元気を出しているような感じがしたけど、私は何も言わずトイレから離れた。
私がドライヤーで髪を乾かし始めると、くるみが脱衣所に入ってすぐに扉を閉める。……大丈夫かな、心配。
シャワーの音が聞こえてきて、とりあえず一安心する。
私もだいぶ考えることが多くてなんだか疲れてしまった。気を紛らわせようかなーとテレビをつけてみると、その中では『秘境!! 見つけた洞窟の先には何が?』というテロップと共に女の人が狭い洞窟っぽいところを進んでいた。
「なんか前の世界でも同じようなやつあったなー、自称冒険家がやるやつ」
前の世界じゃ探検家を言われる人たちは屈強な男性だったけど、テレビの中で洞窟の中をずんずん進んでいるのは若い女性だった。
まぁそれはこの世界だから分かるんだけど、なぜかその姿はうっすいタンクトップと短パン。胸を揺らしながら汗だくでやっているものだから、色気が凄いしいろいろなところが透けている。というか洞窟なのに足もめっちゃ出てるじゃん。なにこれヤラセ?
眼福ではあるけど、前の世界だったらあり得ない映像だなーとか思いながら、それを見ていると。
「出ましたー……」
「早かったね? いつもこんな短いの?」
「えっと……ハイ」
私よりずいぶん早い時間でくるみが出てきた。お風呂後のせいか顔は赤くて、なんだかふらふらとしたままドライヤーを受け取って髪を乾かし始める。ドライヤーの風にシャンプーの匂いが混ざる。
やっぱりお風呂上りっていい匂いするな。なんていうかそそる匂いっていうか……女の子って特にいい匂いするんだよね、隣でドライヤーかけられるとますます気になってくるー……。
「アイス食べる?」
「食べましょう」
なんだか変な気分になってきて、アイスで一旦気持ちを落ち着かせることにする。
アイスを半分こしても、くるみは口数が少ない。どこかぼーっとしているような、そんな感じ。
その後も会話がないまま、寝る準備をして一つだけしかない布団に二人で入る。しばらく何も言わないで目を瞑ってみるけど、あんまり知らない女の子と一緒の布団に入るなんてそんなに経験ないから、簡単に寝られるわけなくて、なんだかごまかすようにくるみに話しかける。
「今日、どうだった?」
「……ずっと一緒にいるのって、大変だなって思いました」
くるみから返ってきたのはそんな答えで、声のテンションはずいぶんと低かった。私も息を深く吸って、吐いて、一旦邪な心を落ち着かせる。
「私がずっと一緒にいたいと思ったのは、奏先輩にお世話してもらうためじゃないはずなのに。私には出来ないことが多すぎました。今日一日だけでも、奏先輩に助けてもらうことばっかり」
「うん、そうだね」
私は、私の思う『一緒にいる』ということをお話する。
一緒にいるというのは、言葉にするのは簡単。だけど実際にやってみるとすれ違う事の方が多い。だって違う人が一緒にいようとするんだから、そんなの当たり前だ。
「私は、奏先輩を転ばせたいわけでも、置いていかれたいわけでもないです。私は奏先輩とずっと一緒にいたいけど、そのためには奏先輩にも、私だけでいいって思われるくらいにならないといけない……」
くるみもそれは分かってくれたようで、そう言ってくれた。そもそもくるみは昔の男の子を克服できていない。今はただ思い出さないようにしているだけで、その影響はくるみの端々に見られる。
私がくるみの救いになっているのは、別にいい。トラウマを克服するのだって、できれば手伝いたい。だけど私に依存するんじゃなく、それは適度な距離感で。じゃないと結局、くるみとあの男の子の関係になってしまうから。
「私にそう言わせるのは結構大変だよ?」
「……どのくらいになればいいですか?」
「そうだねぇ」
どのくらいかぁ、とりあえず去年の私のことでも話してみるか。
「クラスではカースト上位で、体育祭ではリレーのアンカーになって、文化祭でも活躍して、たくさん誕生日プレゼントもらって、大きな後ろ盾を持つ人とも知り合いで、テストは壁に名前が載るような……」
「なんですか、それ? 漫画のキャラじゃないんですから。ありえないです」
そんなことを話すと、くるみに笑われてしまった。いや、本当にあったことなんだけどな……。
「奏先輩、わかりました。私、頑張ります。いつか奏さんを支えられるような人になるので、それまで待っててくれますか?」
それでも、くるみは私の話を飲み込んでくれた。
それは明確な決まりがない約束だと思った。テストで何点取ったら、なにかで優勝したら。そんな分かりやすい条件じゃない、私がくるみを判断して、くるみ自身も自分を判断する、そんな曖昧な約束。
くるみにとってそれは、きっと大変なことばかりだと思う。まだトラウマだってあるし、男の子の影はいつだってくるみにつきまとう。だけど私を光にしてその影を見えなくすることが出来るなら、私は喜んでくるみの光になってあげたい。
くるみがどんな考え方をするのか、何が怖くて何が好きなのか。それはきっと、この世界にもともといた私の方がたくさん知っているかもしれないけど、だからって突き放すわけじゃない。まだたった数日の付き合い、ちゃんと話したのも少しの時間だけど、そう思えるくらいにはくるみのことが理解できた。
「うん、くるみがそう決めたなら私は待ってるよ」
だから、私はそう約束をした。それがこれからのくるみのためになると思うから。
私の言葉にくるみはなんだか恥ずかしそうに、嬉しそうにしてくれた。夜目に慣れたとはいえ、ちゃんとその表情が見えるわけじゃないけど、くるみの感情は良く伝わってくる。
……それから、少しだけ、くるみは私に近づいた。
「あの、私、頑張ります、頑張りますから……あの時みたいに、抱きしめてくれますか?」
「ん」
躊躇する理由なんてなにもなくて、私はその温かい身体に手を回す。ぎゅ、と抱きしめるとくるみからトク、トク、と少し早い鼓動が伝わってくる。くるみの手も私の背中側をぎゅっと掴んでいた。
しばらくの間、そうしていて。
「ほんとに、奏先輩、ですか?」
唐突に、静かに呟かれたその言葉に、私は息を飲んだ。
「……どうして?」
「だって、こんな、私が思う通りに、奏先輩は、男の子が好きなはずなのに」
くるみは確信を持って言ったわけじゃなさそうだった。その考えが意識しないうちに零れ落ちた、そんな感じ。
……そうだね、この世界にいた奏は男の子が好きだった。
でも今ここにいる私は、その時の奏とは違うの。だからくるみを救った奏とだって、本当は別人なんだよ。
でもそんなこと言えるはずない。
少しだけ、ほんの少しだけ、罪悪感が生まれる。くるみからの愛を受けるのはもともとこの世界にいた私で、それを今ここにいる私はそれを横から取り上げているだけ……もしかしたらこれも一種の寝取りってやつなのかもしれない。
でももしくるみが再会したのが私じゃなかったら、一緒の布団に入ったりもしてないし、そもそも関わらなかっただろう。
「ね、もし私が違う世界からきたって言ったらどうする? 女の子が好きな私に入れ替わっていたら、それでもくるみは私が良いって言ってくれる?」
それでも、私は免罪符が欲しくって、くるみに最後の選択肢を渡す。くるみはしばらく何かを考えた後、答えをくれた。
「私はそんなの関係なく、奏先輩だけがいいです」
そのくるみが見ている奏先輩は、本当に私なの?
そんなことを思いながらも、私はキスをする。くるみはそれを逃げずに受け止めてくれた。
後は当然のように、くるみのパジャマのボタンを外していく。二つほど外して、だけどその手をくるみは止めた。
「あ、あの……」
「なぁに?」
もう止められないけど……?
「できれば、直接見ないでいただけると……醜いと思うので」
「醜い?」
「私の身体、痣がたくさんあって……あの、よく叩かれたから、その痕が残ってて」
は???
瞬間、知らない幼馴染に対する怒りが漏れ出そうになる。女の子の肌に痕を残すなんで許せない。その痕を見るたび、くるみはそのことを思い出すことになる。そんなの呪いと一緒じゃん。
けれどもその怒りの矛先を向ける場所なんて、この温かな布団の中にはなくて。一度深呼吸をしてその怒りに蓋をする。私ができることは――
「大丈夫、そんなこと気にならなくなるくらい、気持ちよくしてあげるから」
くるみを安心させてあげること、他の何も考えられなくなるくらいに。
次の日、目が覚めると9時を過ぎていた。
隣で寝ているくるみは、私にぴったりとくっついて寝息を立てている。かろうじて上はキャミソールを着ているけど、その傍には可愛い下着が落ちていた。
くるみの胸元や肩口には、確かにいくつもの痣や古くなって色褪せた痕が残っていて、それを見てしまうと怒りにくらくらしてしまう。いつかその男の子が目の前に現れたら、我慢できずに手を挙げてしまいそう。
「ん……奏、先輩?」
せめて頭の中で男の子をぼこぼこにしていると、くるみも目が覚めたようで目をこすりながら起き上がる。
「おはよ、くるみ」
「おはよう、ございます……?」
ぽーっとしているくるみにお水を渡す。私はちゃんとパジャマを着ているけど、くるみは半裸状態のまま私を視線で追いかけていた。
「飲める?」
「……」
「くるみ?」
「……奏先輩は違う世界から来たんですか?」
それは昨夜の会話。半分寝ぼけているような状態だけど、くるみは一応覚えているらしい。
誰にも言ったことがない、私の秘密。言ったとしても信じてもらえないような、そんなフィクションのような内容。
「どうだろうね?」
いつか、それを理解してくれる人が現れるんだろうか……でも別に理解してもらえなくても私は私の好きにやってるか。そんなことを思いながら、私はくるみに笑いかけた。
ノクターンあります。




