48話 私の知らない女の子_2
菜月の計画した通り、その週は毎朝お迎えがあった。
「奏、おはよぉ」
エマは相変わらず幸太郎君のことを話してくれる。
幸太郎君は枠が3枠もあるせいか、他の勢力からのアピールが凄いらしい。紅園さんが頑張ってシャットアウトしているお陰で何とかなっているけど、枠を埋めるのは急務。
そんな中、候補として上がっているのは意外にも入ってきたばかりのかもめ。紅園グループより少し会社規模が大きいといっても、そんなに差はなく紅園グループも対抗できて、圧力に潰されることもない。それに紅園さんの前からの知り合いということもあって、ある程度性格が分かっていることも大きい。
選択肢としてはかもめがベターなんだけど、紅園さんのプライドが邪魔をしてなかなか話は進められていないよう。毎日凄い顔をして悩んでいるらしい。
最近はエマも頼りにされているようで、いろいろな情報を調べる諜報員みたいな地位にいるとちょっと自慢げに話してくれた。
「紅葉さんが言うには、実質あと枠は一つなんだって。かもめさんを入れても、二枠残るし、私が知らない人がいるみたいなんだけど、誰なんだろう……?」
というけれど紅園さんが私の希望を覚えているなら、それはエマのための枠だと思う。知らないエマとしては、ぞくぞく埋まっていく枠に不安かもしれないけど、そのうち紅園さんにちゃんと聞いてみよう。
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「お、おはよう。奏さん」
また次の朝は詩帆ちゃんが迎えに来てくれた。
詩帆ちゃんと話すのは、最近作ったお菓子の話、勉強の話、お母さんとの話……いたって普通の会話。男の子関係の話はまったくなくて、気を使わないで話せることになんだか安心してしまう。
もちろん、その合間にちょーっと意地悪なことを囁いて、顔を赤くする詩帆ちゃんを楽しんだりした。
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「おはよー!」
「莉々! まずは遅れたこと謝って!」
その次の日の担当は莉々ちゃん……だったはずなんだけど、私の家にたどり着くことができなかったみたいで、結局詩帆ちゃんが莉々ちゃんを拾って一緒に迎えに来てくれた。
莉々ちゃんは別に方向音痴とかではないけれど、自由気ままに歩くからなにかに興味が出るとそちらに足が向いてしまうらしい。二人が来てくれた時間も、急がないと遅刻しそうな時間だった。
詩帆ちゃんが必死に謝っている隣で、莉々ちゃんは「早く学校行こ―!」と気にせずにこにこしていた。うん、平和。
★ ★ ★
そんなちょっと特別な朝を過ごして、一瞬くるみのことを忘れそうになりながらも週末を迎える。
くるみの家は学校近くのアパートだった。古びた二階建てで鉄の階段がある、まさにザ・アパートといった外観。
「高校生がこんなアパートに一人なんて」
もともと私の家でお泊りしようと思っていたけど、話を聞くとくるみはすでにお母さんから見放されていて、一人暮らしを始めたばかりらしい。学費と家賃と一人暮らしの初期費用は出してもらえたようだけど、それ以外はノータッチ。くるみ自身もそのうちアルバイトして食いつなぐ必要がある。
それを聞いてさすがに心配しか浮かばなかったから、お泊りは私の家じゃなくくるみの家に変更して、その暮らしぶりを確認することにした。
セキュリティなんて皆無のその家を観察しながら、カン、カン、と子気味良い音が鳴る階段を昇る。表札のない部屋のインターフォンを押すと、すぐにくるみが出てきた。
「おはよ、くるみ」
「おはようですっ! 奏先輩!」
満面の笑みのくるみが出迎えてくれる。その表情からは幸せオーラが漏れ出していた。
「嬉しそうだね……」
「嬉しいので!」
本当に嬉しそう。……後輩ってこんな感じなのかなぁ? なんか悪い気しないかも……。と思いながらも部屋に入れさせてもらうと、その考えはすぐに消えた。
その部屋はぜんぜん女の子の部屋とは思えなかった。
9畳ほどのワンルームの中は、物が数えるほどしかない。目立つのは部屋の端に集まっている電化製品くらいで、布団は畳まれているけど、それも床に置いたままだから余計に部屋が小さく見える。棚とかもなくて小さな丸テーブルが部屋の中心にぽつんとあった。
カーテンも地味な色で、本当にそれくらいしか説明することがない。まだ引っ越しして2週間くらいって聞いてたから、ある程度は部屋も出来てるのかなと思ったけど、それ以前の問題。まだ白ちゃんの部屋の方が生活感がある。
聞けばこの部屋のものは全部くるみのお母さんが用意してくれたらしい。中古ショップで買ったような古びた家電は、本当に親子の仲が良くないんだなと感じさせる。
くるみのお母さんに対してちょっとした怒りが胸の中に湧きながらも、当人はさほど気にしていなさそうだった。服だけは私のためにおしゃれしてくれたのか春色で可愛いらしいんだけど、それが部屋のダメさをさらに引き立たせている。
「全体的に色が暗いせいかな? 家電も全部白だし、差し色でもあれば変わるんだけど……棚とかもないし、クリアボックスに服を入れるのもなー……でも棚は高いから目を瞑るとして、床に直置きなのはちょっと気になるっていうか……聞いてる?」
「はいっ! 聞いてます!」
くるみはにこにこしたまますぐにそう答えた。
「絶対聞いてなかったでしょ……カーテンとかは高そうだから買えないけど、もうちょっと小物とかはあってもいいね。うん」
スマホの中に必要そうなものをメモする。予算がどのくらい使えるか分からないけど、使える範囲で。こんな部屋住んでたら気分まで落ち込んでしまいそう。
「じゃあ出かけよっか。その前に髪くらいは結おうね、服は他にどんなのある?」
簡単に髪をアレンジして、それに合わせて服の組み合わせをちょっと変えるだけでだいぶ印象が変わった。くるみちゃん本人の素材は悪くないんだよな……境遇が良くないねやっぱ。
近くのホームセンターに向かう。ホームセンターは家具やちょっとした家電まで売っているからちょうどいい。
必要な物をお値段別に優先順位を決めながら歩いていると、くるみは嬉しそうに私の横……じゃなくてその一歩分後ろを歩いていた。
「ねぇ、なんでくるみってちょっと後ろで歩くの? 隣で歩いたらいいじゃん」
「……ここが隣ですけど」
冗談じゃなく本気でそう思っているようでくるみは首を傾げた。くるみの言うそこが隣だったら、5人くらいで歩くと編隊みたいになっちゃいそう。っていうか普通に話しづらい。
「ちょっと止まって、一歩進んで」
私が止まって、くるみだけが一歩進むと 、ちょうど私の隣に肩が並ぶ。
「隣ってこういうことだよ。そもそもちょっと後ろなの話すのに不便だし、私の首疲れちゃうから」
「……はい」
少しだけ疑問を含んだその返事は、隣という意味をはき違えているような、不安げな声色だった。
くるみはしばらく私がいう隣を歩いてくれたけれど、だんだんと遅くなって元の位置に戻ってしまう。くるみ自身もなんでそうなってしまうのか分かっていないみたいで、困惑した表情をしていた。
くるみの中ではその位置が染みついているんだろう。原因はなんとなく予想がつく。たぶん私がいる場所は、くるみから見て以前男の子がいた位置。
私が想像するよりずっと、くるみの心の傷は深そうだった。
「近くにイートインできるパン屋さんがあるから、そこでお昼にしよう」
お昼に差し掛かりくるみをそう誘う。そのお店は私のお気に入りで、お洒落なパンが多くて店員さんが可愛いのもポイントが高かった。
店内はたまたま人の流れが途切れた瞬間なのか、あんまり人はいなかった。これならゆっくり選べそう。
「さぁ、何にしようかな~。くるみは好きなパンとかある?」
店内には様々な焼きたてパンが並んでいる。甘いのからしょっぱいのまで種類も豊富だし、見た目が可愛いパンもあってテンション上がる。
「焼きたてメロンパンは外せないよね~! あとは……あ、このサンドイッチ美味しそうかも!」
結構な時間をかけて悩んで、私はとっておきの二つをチョイスする。こういう時になんでお腹っていっぱいになるのかなって思う。お腹いっぱいにならなきゃ全種類食べられるのに……。
「くるみは?」
相変わらず私の後ろで歩いていたくるみを振り返る。
「あ、あの、えっと……」
こんなに心躍りそうなパンがたくさんある中で、そのくるみの様子はやっぱりちょっとおかしかった。
手は前で軽く組んでいて落ち着かない。視線もパンを見ているようでどこかその向こうを見ているようだった。表情は笑っているように見えて、眉は下がりどこか不安げな表情。
少し待ってみても、何が食べたいか言う事もない。
「……私、まだ気になるパンあるから、それでもいい? 半分こすればいろんな種類食べられるよね」
私がそう言うと、くるみは安心したようにすぐに頷いた。
くるみの分のパンを選びながら、私は確信する。やっぱりくるみはまだ男の子に囚われている。長く続いたその男の子との関係性が普通になってしまって、日常生活にもその影を落としている。
たぶん一人だとそんなに困ることはなかったんだろうけど、複数人で行動するとその影が強くなってしまうみたい。
そして問題は、本人がそれを普通だと思っていること。
私がくるみに聞かないでハニーカフェラテを二つ頼んでも、特に何も言ってこない。私が選んだ通りのものが、くるみの前に並ぶ。
二人でいるようで、二人じゃなかった。ただ私の後ろにくるみがくっついてくるだけ。
それがどういう意味か、くるみだからこそ分かると思うんだけど。
私は美味しそうにメロンパンを食べるくるみを前に、私はそんなことを考えていた。




