46話 その蜘蛛の糸は輝いて_4
「早かったね。 いつもこんな短いの?」
「えっと……ハイ」
なんだかお風呂にいると違う意味で気分が落ち着かなくて、すぐに出てしまった。奏先輩からドライヤーを受け取って、髪を乾かしていく。
奏先輩は可愛いパステルカラーのパジャマに身を包んで、すっかりリラックスしていた。テレビでは洞窟探検の映像が流れていて、汗だくのリポーターがひいひい言いながら洞窟の中を進んでいる。……こういう番組が好きなのかな?
「アイス食べる?」
「食べましょう」
スーパーで買ったアイスを、二人で半分ずつ食べる。……お風呂に入ってからというものの、なんだか気分がふわふわとしていて現実感がなかった。
こんなに近くに奏先輩がいるのに、今日だって一緒に買い物したりしたのに。
なんだかまだ夢の中にいるような気さえして、手をちょっとつねってみたけど普通に痛いだけだった。
「布団一組しかないんだよね?」
「そうです……どうしましょう?」
「一緒に寝ればいいんじゃない」
奏先輩はさも当然のようにそう言った。
……私は嬉しいけれど、少しだけ疑問を持つ。奏先輩は中学校の時からこんな風に話してたっけ? そう思いながらも、一緒の布団で寝るといわれて私の胸はどきどきと早鐘を打っていた。ね、眠れるかな……。
歯を磨いて、ちょっとだけお話して、日付が変わる頃。
シングルの布団を敷いて、その中に二人で潜り込む。二人で入るとやっぱり少し狭いけど、その分奏先輩が近くて緊張してしまう。
「今日、どうだった?」
遅い時間だけど奏先輩はまだお話モードみたいで、目が冴えていた私には助かった。
だけど今日のことを振り返ると、気持ちはだんだんと暗くなる。
「……ずっと一緒にいるのって、大変だなって思いました」
そんな私の答えに、奏先輩は何も言わなかった。きっと奏先輩が考えていたのもこういうことで、思ったことを素直に言葉にする。
「私がずっと一緒にいたいと思ったのは、奏先輩にお世話してもらうためじゃないはずなのに。私には出来ないことが多すぎました。今日一日だけでも、奏先輩に助けてもらうことばっかり」
「うん、そうだね」
奏先輩も分かっていたかのようにそう言った。
「くるみにとって、ずっと一緒にいたいっていうのはゴールだったのかもしれないけど、私たちは今日そのゴールの先にいたよね。くるみがそのことに気づいてくれただけで、今日一緒に過ごした意味はあったと思う。きっと二人で進んでいきたいと思うのなら、道の途中で片方が転びそうになっても、支えてあげられるような力が必要なんじゃないかな。そうじゃないと置いていかれるか、一緒に転んじゃうか、どっちにしろ上手くいかないんだと思う」
注意するのでもなく、言い聞かせるでもなく、ただ事実として奏先輩は言った。それは私が考えていなかったことで、好きという気持ちだけじゃカバーできないことでもあった。
「私は、奏先輩を転ばせたいわけでも、置いていかれたいわけでもないです。私は奏先輩とずっと一緒にいたいけど、そのためには奏先輩にも、私だけでいいって思われるくらいにならないといけない……」
「私にそう言わせるのは結構大変だよ?」
「……どのくらいになればいいですか?」
「そうだねぇ」
そう言うと奏先輩は少しだけ悩んでから口を開いた。
「クラスでカースト上位で、体育祭ではリレーのアンカーになって、文化祭でも活躍して、たくさん誕生日プレゼントもらうような交友関係があって、大きな後ろ盾を持つ人とも知り合いで、テストは壁に名前が載るような……」
と奏さんは次々と条件を言い始めるから、その途中で思わず私は笑ってしまう。
「なんですか、それ? 漫画のキャラじゃないんですから。ありえないです」
「……そ、そうだよねー」
くすくすと笑う私に、奏先輩はなぜか少し落ち込んでいるようにも見えた。
でも……。
「きっとそのくらいじゃないと、奏さんと一緒にいられないってことですよね」
漫画の中に出てくるようなスペックじゃないと、奏先輩のことは支えられない。一緒にいることができない、そう思うとなんだか納得した。
「奏先輩、わかりました。私、頑張ります。いつか奏先輩を支えられるような人になるので、それまで待っててくれますか?」
「うん、くるみがそう決めたなら私は待ってるよ」
それは私と奏先輩の新しい約束。
今までよりずっと頑張らなきゃいけない、 期限もない、私が私に納得できるまで続く約束。
それはきっと簡単じゃない。前の約束みたいに勉強だけじゃ駄目だし、慣れないことだってもっとやらないといけない。奏先輩に追いつけるのかは分からない。でも、そうすれば今度こそ奏先輩の隣を歩けるようになる気がした。
でも許されるなら今だけは、すぐそばにいる奏先輩に甘えたい。
「あの、私、頑張ります、頑張りますから……あの時みたいに、抱きしめてくれませんか?」
「ん」
布団の中で、すぐに奏先輩の手が背中に回される。
私もその背中に腕を回す。奏先輩の髪がくすぐったくて、奏先輩の胸が当たるのが分かって、なんだかどきどきと鼓動が速くなる。
あの病院の時みたいに安心すると思っていたのに、その抱擁は前と違って感じ方が変わってしまっていた。奏先輩の花のような匂いが強くなって、頭がくらくらして――
「ほんとに、奏先輩、ですか?」
なんとなく、そんな言葉が口をついた。
「……どうして?」
「だって、こんな、私が思う通りに、奏先輩は、男の子が好きなはずなのに」
言葉を選んでそう言いながら、私自身その状況に混乱していた。奏先輩は男の子が好きで、私ともそれが理由で話さなくなったのに。
昔、私が男の子の悪口をいうと、奏先輩はもの凄く不機嫌になった。最後に怒られた時も、私のことなんてもう見たくないと言っていたのに。今日だって、奏先輩は男の子の話を一度だってしなかった。
これじゃまるで、男の子じゃなくて女の子が好きみたいな……。
「ね、もし私が違う世界からきたって言ったらどうする? 女の子が好きな私に入れ替わっていたら、それでもくるみは私が良いって言ってくれる?」
いつの間にか、奏先輩の顔が息がかかるくらい近くにあった。呼吸の音も、鼓動の早さも伝わりそうなくらい近くに。
奏先輩のその言葉の意味はよくわからない。きっと冗談で言っているんだろうけど……もし奏先輩が女の子を好きになってくれるのなら、それこそ私にとっては夢のようなことだと思う。
でも私はその奏先輩の言葉に甘えるだけじゃなくて、奏先輩に甘えられるような、そんな関係を選びたい。
「私はそんなの関係なく、奏先輩だけがいいです」
いつも不安な時は、病院で抱きしめられた時のことを思い出していた。けれど、今度から思い出すのはきっと、今この瞬間なんだろうなって思った。
一瞬の間の後、私の唇に奏先輩の唇が重なる。初めてしたキスはただただ甘くて、それを奏先輩としていると思うと頭の中がどうにかなりそうだった。
キスを何度も繰り返しているうちに、気づくとパジャマの前ボタンが外されていた。薄いキャミソールの上に、奏先輩の手が当たる。手が当たったそばから熱を持って、なんだかキャミソール一枚がもどかしい。
「あ、あの……」
「なぁに?」
「できれば、直接見ないでいただけると……醜いと思うので」
「醜い?」
「私の身体、痣がたくさんあって……あの、よく叩かれたから、その痕が残ってて」
というと、奏先輩はぴたりと動きを止めた。一瞬だけ気温が下がったような気がしたけど、奏先輩は一つ長く息を吐いて、私のキャミソールの中に手を滑り込ませる。
「大丈夫、そんなこと気にならなくなるくらい、気持ちよくしてあげるから」
あぁ、ほんとうにしちゃうんだ。奏先輩がそう言うなら、きっとその通りになる。
そう思った次の瞬間、私の気持ちは弾けていた。




