44話 その蜘蛛の糸は輝いて_2
そこから全力でリハビリをして、学校に復帰出来たのは一か月後。
クラスにいるのは私が発狂したのを知っている人達だから、はれ物みたいな扱いだったけど、そんなの全然気にならなかった。だって同じ学校に奏がいることが分かっていたから。
奏……奏先輩が一学年上だったことは、学校で再会した後に知ったことだった。私が退院して初めて会いに行くと、奏先輩は再会を喜んでくれて、だけどあの時と変わらず男の子に全力だった。
私も男の子探しに誘われたりもしたけれど、私は男の子なんてロクなものじゃないことを知っている。酷いこと言うし、殴るし、裏切るし。そんな男の子に関わらせたくなくて、私は常に奏先輩の隣にいるようにした。奏先輩に、私と同じような思いをしてほしくなかったから。
そんな私に奏先輩は優しく注意してくれたけど、私の訴えは奏先輩にはぜんぜん響いてくれなかった。それからだんだんと話しかけられなくなって、結果的に私の行動は奏先輩を怒らせることになってしまった。
あそこまで怒った先輩は初めて見て、それは瀬川先輩と小松先輩が抑えるほど。さすがに私も少し後悔したけれど、奏先輩は私を捨てたりしなかった。
「私と同じ高校に受かったらまた話しかけてもいい。それまで話しかけないで、連絡もしてこないで」
それは私と奏先輩を繋ぐ約束、もっと仲良くなるための約束だった。
私は奏先輩に言われた通り、連絡先をスマホの中から消して、全ての時間を勉強に費やすようになった。お母さんが私に話しかけてこないのも好都合で、ただひたすら勉強をする日々。
もともとほとんど勉強してなかったから、中学一年の内容からおさらいすることになったけど、勉強はすればするだけテストの点数が上がっていくから、途中からは楽しくなってきた。ご飯とお風呂と寝る以外の時間は、常に参考書を片手に行動した。
奏先輩は先に学校を卒業していって、奏先輩を遠目に見ることもできなくなってしまったけど、私の心の中にはあの病室での記憶がいつもあった。
だから大丈夫、なにも怖くない。きっと今回だってちゃんと約束を果たしたら、あの時みたいに抱きしめてくれるはず。
そして時は過ぎ、私の期待は予想通りになった。
合格発表の日、校門から入って少し横の場所。その姿を見間違えるわけもなかった。
「奏先輩、ですよね?」
私を見るその視線は、一年会わないうちにだいぶ穏やかになっていた。それが凄く大人っぽくなったような気がしてなんだかどきどきした。
きょとんと私を見つめる眼に若干の違和感を感じたけれど、それよりも奏先輩と再会した嬉しさの方が大きかった。手を握ってぶんぶんしても、私が抱き着いても奏先輩は嫌とは言わなかったし、連絡先も改めて交換してくれた。
普通にメッセージを送れば、返ってくる。その関係がたまらなく嬉しかった。頑張って良かったと思った。やっぱり奏先輩しか、私にはいらなかった。
★ ★ ★
「というのが、私のお話です」
学校から少し外れたところにあるハンバーガーショップ。その三階で、私は自分の半生を奏先輩に話していた。
位置情報が送られてきた場所に行くと、奏先輩は一人で待ってくれていて、私の話を聞きたいと言った。奏先輩に隠すことなんて一つもないから、一から十まで全部お話した。陽はすでに傾いて、早めの夜ご飯の代わりなのか、ハンバーガーショップにもちらほらとお客さんが増えてきた。
正面に座っている奏先輩は、私の話を聞き終えて頭を抱えていた。
「話が重すぎる……」
私と奏先輩の素敵な出会いって感じの話だったんだけど、どこが重かったんだろう……?
しばらくそのまま固まって、奏先輩はふるふると頭を振ってから改めて私を見据える。
「くるみは、これからどうしたい?」
「いつでも奏先輩と一緒にいたいです!」
「いつでもかぁ」
「はい、いつでも」
腕を組んで悩む奏先輩、それだけでも可愛いしカッコいい。私がその姿に見惚れていると、奏先輩はなにかを決めたように言った。
「ちょっとお試ししてみようか」
「なにをですか?」
「いつでも隣にいたいんでしょ? 今週末の土日、私の親出張でいないから泊りに来る?」
その提案は、おおよそ私が知っている奏先輩から出てくるものじゃなくて、すぐには言われた意味が分からなかった。
「え、お泊りですか」
「一晩だけね」
「え、え、いいんですか?」
「うん」
「同棲ってことですか!!!」
ガタリと椅子が音を立て、周りの視線を集めてしまう。
「いや、違くて! くるみが言い通り『いつも一緒』をやってみようって話。私もそれからいろいろ考えようかなって」
「…………」
立ちあがったままだったことに気づいて、ぽすんと椅子に座りなおす。そうしてやっと言われた意味が理解できてきて、胸の中がきゅっとした。
うそ、私が奏先輩と一晩……ずっと一緒なんだ!
「……ぐすっ、うえぇぇええぇえ」
「あ、ちょっとちょっと! 今の会話泣く要素あった!? あーもー」
私の顔にハンカチが当てられる。ぎゅうぎゅう当てられるそのハンカチさえ、私は嬉しすぎてどうしようもなかった。
土曜日、朝10時。
時間ぴったりに私の家のチャイムが鳴る。アパートのドアを開けると、明るい色のスカートを履いた奏先輩が大きな荷物を持って立っていた。
「おはよ、くるみ」
「おはようですっ! 奏先輩!」
「嬉しそうだね……」
「嬉しいので!」
私の家に奏先輩が入ってくる。それだけで部屋の中もなんだか明るくなった気がして、奏先輩はすごいなぁと思う。
最初の提案では奏先輩の家で、ということだったけど、私が一人暮らしをしていることを知るとお泊りは私の家に変更になった。
私は高校入学を機にお母さんから一人暮らしを言い渡されて、このアパートにも引っ越したばかり。お母さんは学費と家賃、あとはまとまったお金を負担してくれたけど、家には必要がある時以外は帰ってこないでと言われていた。まとまったお金、は実質手切れ金みたいなもので、私も別にお母さんが必要だとは思わなかったからこそ、大人しくそのお金を受け取った。
その話もあって、奏先輩は私の生活を心配してくれたみたいだった。実際、ここに引っ越してきたのも2週間前くらいで、まだ必要最低限のものしかない。しばらくは大丈夫だけど、そのうちアルバイトもしないといけないし。
「物が少ないね」
奏先輩の感想はシンプルだった。アパートも小さいワンルームの二階で、テレビに折りたたまれた布団、小さな冷蔵庫に電子レンジが端の方にまとまっているくらいで、他に何もない。
「んー女の子の部屋ではないなぁ、カーテンもちょっと地味じゃない?」
藍色のカーテンを触りながら、奏先輩は部屋の中を物色している。私は自分の部屋に奏先輩がいるというだけでもう笑みがとまらなかった。いろいろと部屋の問題を口にしているような気がするけど、頭に入ってこない。
「……聞いてる?」
「はいっ! 聞いてます!」
「絶対聞いてなかったでしょ……カーテンとかは高そうだから買えないけど、もうちょっと小物とかはあってもいいね。うん」
奏先輩はスマホの中に必要そうなものをメモしていく。
「じゃあ出かけよっか。その前に髪くらいは結おうね、服は他にどんなのある?」
簡単に髪を片側だけ結ってもらって、数着しかない服の組み合わせを少し変えたら、驚くほど私の印象も明るくなった。なるほど、奏先輩と一緒に歩くには確かにこのくらいは必要かもしれない。私に魅力がなかったら、奏先輩も魅力がないってことになる。
すっかり可愛くしてもらって、奏先輩と出かける。向かうは近くのホームセンター。私はごく普通に奏先輩の隣をついていく。
だけどしばらく進んだ後、奏先輩は私に振り向いた。
「ねぇ、なんでくるみってちょっと後ろで歩くの? 隣で歩いたらいいじゃん」
「……ここが隣ですけど」
「ちょっと止まって」
ぴたりと止まる。足元を見ると、奏先輩の一歩分斜め後ろに私の足はあった。
「一歩進んで」
言う通りにすると、すぐ隣に奏先輩がくる。
「隣にいるってこういうことだよ。そもそもちょっと後ろなの話すのに不便だし 、私の首疲れちゃうから」
「……はい」
思えば、以前誰かの隣を歩いていて文句を言われた記憶がある。それから歩くときは隣の人の一歩後ろを歩くようになったっけ。
奏先輩のいう隣は本当に距離が近くて、時々肩が触れそうになる、そんな距離。視線を少し動かすだけで、奏先輩の横顔が見える。
だけどそのことが、どうしようもなく私を緊張させた。この距離が普通と奏先輩は言ったのに、進む足は重くなっていつの間にか奏先輩の少し後ろを歩いてしまう。
奏先輩はまた少しだけこっちを振り向いたけど、同じことは言わなかった。
ホームセンターでいろいろと見て回る。部屋に足りないちょっとした家具とかも買い込んだら結構な大荷物になってしまって、手で運ぶのは難しかったから全部配送にしてもらった。明日には配送されてきて、奏先輩も整理を手伝ってくれるみたい。
自然に明日もその約束ができるってだけで、私は嬉しくなってしまう。
「近くにイートインできるパン屋さんがあるから、そこでお昼にしよう」
と奏先輩に言われてその後ろをついていく。
お洒落なパン屋さんは焼きたての匂いを漂わせていて、私のお腹もくぅ、と小さく鳴った。
「さぁ、何にしようかな~。くるみは好きなパンとかある?」
トングをカチカチ鳴らしながら、奏先輩はうきうきとパンを選んでいる。パンの周りを二周してたっぷり悩んで、大きな焼きたてのメロンパンに、スモークサーモンのサンドイッチをチョイスしていた。
「くるみは?」
「あ、あの、えっと……」
パンはたくさんある。次から次へと焼きたてのパンが並べられて、そのどれもが美味しそうに見えた。
でも自分が何が食べたいのかは、よく分からなかった。選ぼうとすればするほど、どれも選んじゃいけないような、そんな気がして言葉が詰まる。奏先輩の視線が、妙に気になってしまう。
「……私、まだ気になるパンあるから、それでもいい? 半分こすればいろんな種類食べられるよね」
そう言われて、コクリと頷く。奏先輩はもう一周回って、パンを取っていく……奏先輩が助け舟を出してくれたことはなんとなく分かっていた。
一人の時はそんなことなかったのに、誰かがいると途端に選べなくなる。しばらく人と一緒にいたことがなかったから、その事実が分かって悲しくなった。
奏先輩はハニーカフェラテを二つ頼んで席に移動する。少し落ち込んでしまったけど、それでも焼きたてのメロンパンを口に入れると、その温かいふわふわと甘さについ声が出た。
「美味しい……美味しいですっ!」
「うん、やっぱり焼きたてだよね~」
お腹が膨れるにつれ、さっき思ったこともいつの間にか忘れてしまって、私は奏先輩との平和なお昼を過ごした。




