38話 それぞれのチョコレート_3
お母さんは仕事に出ているから、私は自分の部屋にカフェラテを持ち込んでもらったチョコレートを机に並べる。クラスの女の子たちとも交換したりしたから、机の上はあっという間にいっぱいになった。
「こんなにたくさんもらえると思ってなかった……とりあえずエマのから見てみようかな」
エマからもらったのは外箱と同じく大きいハート型のチョコレートが一枚。その大きさはエマの気持ちそのものが伝わってくるみたいでなんだか嬉しい。
端っこを少し割って口に入れると、なめらかなくちどけと見た目とは違ってそこまで甘くない。よくよく見るとチョコレートが二層になっていて、その繊細な甘さはまるでエマにぴったりだと思った。
次に菜月からもらったチョコレート。
ラッピングを開くと、まるで本のような表紙の装丁が出てきた。モチーフは猫みたいで、玉を追いかけまわす物語風になっている。表紙を捲ってみると中身はチョコレートアソート。様々な種類のチョコレートが一粒ずつ入っていて見た目も楽しい。気になった一つを口にしてみると、柑橘系の風味で甘酸っぱい。
次に莉々ちゃん……は美味しい棒だからいいとして、詩帆ちゃんはどうかな?
詩帆ちゃんがくれた少し大きめの箱を開いてみると、まるでケーキ屋さんで買ったようなチョコレートケーキが2ピース入っていた。ちょうどいいから1つはお母さんにおすそ分けすることにして、お皿を用意して一口食べてみる。
「うわっ、美味しー……」
チョコレートケーキは私も作ったことがあるから分かるけど、家で作るとちょっとぼそぼそとしちゃうことが多い。けれど詩帆ちゃんのケーキにはそれが全くなくて、ケーキなのに口の中に入れるとチョコレートに戻るような、不思議な触感だった。
そのケーキはシンプルな見た目だけど、きっとものすごい手間がかかっているはずで、ケーキ屋さんで買ったと言われても遜色ない。……詩帆ちゃんは将来パティシエとかになるつもりなんだろうか。レベルが高すぎる。
あっと言う間に食べてしまって、冷蔵庫の中のお母さんの分も気になってきてしまう。これはあとで詩帆ちゃんに感想送っておかなくちゃ。
次は柚ちゃんの。食べ物じゃないって言ってたけど……。
と、袋を解いて出てきたのは小さな小箱、それはすっごい見覚えのあるサイズで……どこからどう見てもリングケースだった。
「ちょっと開けるの怖いな……」
一粒サイズのすっごい高いチョコレートだったりしない? しないか。
えいっと開いてみると、そこにはやっぱり一つのリングが入っていた。見た目はファッションリングっぽくて表面には可愛らしい加工が入っていて、表面には赤、青、緑、黄、白の順で小さな宝石がついている。
あんまり本物だと思いたくないけど、あえてなのか証明書とかも入っていなかった。
これを見てしまうと、車で言っていた告白もあながち嘘じゃなかったのかなと考えてしまう。……でも恋愛とかの好きっていうよりは、尊敬っていうか、『男装の神』みたいな偶像として見られているような気もやっぱりする。
試しに指にしてみたら、左手の小指にぴったりのサイズだった。薬指だったらさすがに怖くなってたけど、小指のサイズを測られた記憶もないから適当なサイズにしたんだと思う。
「うん、これは大切にしまっておこう」
とっても可愛いデザインだけどしていくにはちょっと怖い。この前みたいにチケットとかでよかったんだよ……。
気を取り直して、あとは透子ちゃんの分……透子ちゃんが一番予想つかない。
紙袋から出てきたのは二段の重箱、これだけでも十分立派で重箱はしっかりした漆塗りっぽい。
金色のお菓子とかだったらどうしよ……と思いながらその蓋を開けてみると、透明なフィルムの下に綺麗なお菓子が詰まっていた。
「あ、スイーツおせちみたいな感じ?」
一段目も二段目も焼き菓子やチョコレートが上品に並べられている。意外にも柚ちゃんよりバレンタインを意識した贈り物だった。一つつまんでみても、文句のつけようがないくらいに美味しい。
でもこれも一人で食べたら大変だから、お母さんと分けよ……。
机に並んだいっぱいのお菓子を見ていると、各々個性があって面白いなぁと思った。柚ちゃんは別枠だとしても、当分甘い物には困らなさそう。
机の上を整理しながら、冷蔵庫に入れておいた方が良い物はしまっておいて……そこで私が作ったフォンダンショコラが一つ冷蔵庫に眠っていることに気づく。
それは白ちゃんの分だった。
白ちゃんは相変わらず仕事が忙しいみたいで、あの日からほとんど連絡を取っていない。結局仕事を辞める気はないみたいで、たまに電話してご飯ちゃんと食べているか聞いても気のない返事ばかり。
また部屋の様子でも見に行こうかなとは思うけど、私の処女を奪ったと思っている白ちゃんは、なんだか責任感で私に接しているような気もしてちょっとやりづらいのも事実だった。
そもそもこの世界の処女にはそんなに価値がない。ネットのアンケートには、高校卒業までに約7割がいわゆる大人のオモチャで処女喪失しているみたいだし、ごくたまに男の子と縁があったとしても、その前に貫通させる人がほとんどって書いてあった。
その理由はいざ男の子とする時、血が出ると男の子が驚いて萎えてしまうから。さすがにその記事を見た時は、いやそれ本気で言ってんの? と声に出してしまった。
30歳まで処女の人は魔女になれるというお決まりの話もあるくらいで、男の子を受け入れるつもりのない私はちょうどいいやと思って白ちゃんに捧げたのに。
セキニン取ってとは言ったけど、白ちゃんがそこまで重く感じてしまったのは私の中ではちょっと計算違いだった。
私は、昔みたいにフラットに接してくれればそれでいいんだけどな……と思いながらチョコレートをつまむ。何かいい方法があればいいけれど。
夜、帰ってきたお母さんにチョコレートをおすそ分けして、二人でミルクティーを嗜んでいるところにピンポーンとインターフォンの音が響いた。
「あら、もう9時近いのに……どなた様ー?」
お母さんがインターフォンの向こうに話しかけると、そこからは聞き覚えのある声が聞こえる。
『あ、あの……かなちゃん、じゃなくて奏さんいますか?』
「白ちゃん?」
「しろ……? あぁ真白ちゃんね! 久しぶりー、大きくなったねぇ!」
白ちゃんと再会した話はお母さんにもしてあるから、すぐに分かってくれた。私はそのころ小学生だったからあんまり覚えてないけど、お母さんと白ちゃんはその時面識があったらしい。私の家にも何回か遊びに来ていた記憶があるから、覚えていてもおかしくなさそうな気もするけど。
玄関先なのもなんだから部屋に招き入れると、白ちゃんはなんだか緊張した面持ちで部屋に入ってきた。相変わらず着ているスーツはなんだかへたっている。
「白ちゃん仕事帰り? ご飯食べた?」
「いや、まだ……」
「そうなの? じゃあなんか軽く用意してあげるから食べていきなさい。奏に用事なんでしょ? 私も久しぶりに真白ちゃんとお話したいし」
とお母さんはキッチンに向かう。白ちゃんの今の話もお母さんには何となくしてるから、気を使ってくれたんだと思う。
テーブルには、私と白ちゃんの二人きり。
「かなちゃん、こんなに遅い時間にゴメンね。でもどうしても今日渡したくて」
という白ちゃんをおいて、私は先に冷蔵庫から小さな包みを取り出す。
「はい、ハッピーバレンタイン」
「……私に? なんで?」
「なんでって……」
白ちゃんは私が用意してないだろうと思っていたらしい。そんなわけないのに。でもそれを説明するのはなんとなく恥ずかしい気もして、その理由は自分でも言葉に出来なかった。
「……白ちゃんからのお返しも欲しいなー」
「あっ、そうだよね。はい、これ」
と渡されたのは有名なチョコレートメーカーのチョコ。よくデパートとかに入ってるやつ。いたって普通のものだけど、思い返してみると私がもらったチョコレートは普通じゃないものの方が多くて、なんだかそのチョコレートに安心している私がいた。
「白ちゃんは普通だなぁ」
「え、普通だった? 結構並んだんだけど……」
「いいの、いいの。嬉しいよ。ふふっ」
なんだか面白くなってしまって声が漏れる。いきなり笑い出した私に白ちゃんは困ったように眉を下げている。
「白ちゃんの部屋はまだ大丈夫? またお掃除しに行こうか」
「え゛っ! ま、まだ大丈夫……」
「今から行っても?」
「じゃないかも……また、お願いしていい?」
そんな白ちゃんを見ながら、少しずつでいっかと私はふと思う。だってこの世界の白ちゃんは、やっぱり前の世界の白ちゃんと違うから。
ゆっくり話していけば、いつか白ちゃんの責任感も薄れていくと思う。だからこの世界の白ちゃんとも、もっとたくさん言葉を交わそう、そう私は決めた。




