37話 それぞれのチョコレート_2
なんだか高そうな車だなぁとは思ったけど、その中は凄い広かった。運転席からは見えないようになっていて、普通の車と違って座席は対面になっている。なんかちょっとしたリムジンっぽい、本当のリムジン乗ったことないけど。
「ダメ元で待っててよかったよ。実はドラマの撮影の合間なんだ」
「どのくらい待ってたの?」
「20分くらいかな? 本当は僕も男の子と一緒にチョコレートを受け取る側になるはずだったんだけど、スケジュールが合わなくてね」
そう話す柚ちゃんはすっかり男の子の恰好をしていた。背も少し伸びたみたいで、目の前に座っていると本当に男の子にしか見えない。柚ちゃんの仕草や話し方もすっかり男の子モードで、もし体育館に他の男の子と一緒に並んだら、どの男の子よりもかっこいいだろう。
備え付けの小さな冷蔵庫からペットボトルの水を貰う。水までなんか見たことないメーカーだった……なんだか高そう。
「電話では言ってなかったけど、学校を辞めることになった」
「えぇ!」
「やっぱり出席日数足りなくて。学校からは留年も打診されたんだけど、結局仕事の方を選ぶことにしたんだ」
と笑う柚ちゃんは、すっかりそれを受け入れているように見えた。
今や一大スターとなった柚ちゃんは、私と初めて会った半年前とは別人のように変わっている。初めは男装すること自体に迷いがあったのに、今では男の子より理想の男の子になろうと吹っ切れていた。柚ちゃんにとってはもはや学校に行く時間さえ惜しいんだろう。
「なんか……思い切ったね、大人っぽくなった?」
「どうだろう、自分じゃわからないけど、奏がそう思ってくれるならそうなんじゃないかな。僕は男装を極めたい、あの時僕が感じた衝撃をテレビの向こうの人にも伝わるくらいになりたい。今はそれに夢中だよ」
「もう十分なんじゃない? テレビで時々見るけど、スタジオの人たちも骨抜きじゃん」
「いや、まだまだだよ。僕が目指す男性には」
どこまで目指してるんだろうと思わないでもないけど……そう話す柚ちゃんはなんだか楽しそうだった。あの時男装した私のことをすっごい美化しているような気もするし、過剰な信仰心があるような気がしないでもないけれど、柚ちゃんがそれに向かって頑張れるなら、それはそれでいいのかもしれない。柚ちゃんがどこまでいくのか、それはそれで気になるし。
「あ、あと来年からは海外でも活動することになったんだ。海外のデザイナーが僕のことを見つけてくれてね、来年はヨーロッパの方で……」
いや、本当にどこまで行くんだろうね???
一通り近況を話し合った後、柚ちゃんが小さな箱を出してきた。
「これはバレンタインプレゼント。まぁ中身はチョコレートとかじゃないけど。僕の気持ちだと思って受け取ってほしい」
「ありがとう、開けてもいい?」
「いや、出来れば家で開けてほしい。食べ物じゃないから悪くなったりしないよ」
「そう? じゃあ私もお返し」
と紙袋から箱を取り出すと、柚ちゃんは少しだけ意外そうな顔をした。
「……僕の分もあるの?」
「もちろん。柚ちゃん私の誕生日にチケットくれたでしょ。今日ももしかしたらってちょっと思ってたんだ」
「さすが奏だね、ありがとう」
私のプレゼントを受け取った柚ちゃんは、本当に嬉しそうにしてくれた。もらえると思っていなかったみたいだけど、私は可能性が少しでもあるなら、とりあえず用意しておくから。
「私のは普通に食べ物だから早めに食べるように」
「じゃあ今食べちゃおうかな。朝ご飯食べてなかったからちょうどいい」
「えぇ、朝からフォンダンショコラ……」
「これから撮影に戻らなきゃいけないから、時間取れそうにないしね」
柚ちゃんはメイクをしていることを少しも気にしないで、がぶりとフォンダンショコラを頬張った。
ゆっくり車が停車したのは、私の家の前だった。30分ほどの短いドライブは終わりみたい。
「じゃあまた。時間があるときに連絡する」
「うん、またお話聞かせて。困ったときでもいいからね」
「困ったとき……うん、僕が女の子であることを忘れそうになった時とかに連絡するよ」
そうは言うけれど、柚ちゃんはすっかり男の子に馴染んでるような……むしろ女の子捨ててない?
「柚ちゃんはなんかそのうち、女の子と結婚してそうな気がするよね……」
「そう? 奏がいいなら、すぐにでも奏とするんだけど。僕は奏のこと好きだよ」
「……その姿じゃダメ、やり直しー」
それは咄嗟に付いた嘘だった。
少しだけ心が跳ねてしまったのをごまかすようにそっぽを向く、まさかカウンターしてくると思わなかったから油断していた。
「だと思った。今度する時はちゃんと女の子らしい恰好でするよ。じゃあまた」
けれどその動揺に柚ちゃんは気づかなかったみたいで、私を残して車は発進する。角を曲がってしばらくしても、私はその向こうを見ていた。
男の子の恰好にときめいた訳じゃない。きっと柚ちゃんのストレートな想いが男装を貫通して伝わってきただけだと思うけど、心が揺れ動いてしまったのは間違いなかった。
「あっぶなー……」
「なにが?」
「ひゃあ!」
柚ちゃんに隙を見せてしまったことを反省していると、後ろから声がかけられる。どきどきと煩い心臓のまま振り向くと、いつの間にか制服姿の透子ちゃんが一人立っていた。
「い、いつから?」
と聞くも少し首を傾げるだけで返事は返ってこない。そのマイペースさになんだか逆に落ち着いてくる。
「奏、今日バレンタイン」
「うん、そうだね?」
「ある?」
「透子ちゃんの分もちゃんとあるよ」
どっちかというと柚ちゃんより透子ちゃんの方が遭遇する確率高そうだなぁと思っていたから、しっかり準備してある。紙袋から取り出して渡すと、透子ちゃんは無表情のままどこか嬉しそうに受け取った。
「これあげる」
「え、今それどこから出てきたの?」
透子ちゃんが差し出してくれたのは大きな紙袋。さっきまで何も持ってなかった気がするんだけど……手品かなんか?
「ありがとう……」
「今日、あんまり時間ない」
「そうなんだ。あんまり逃げ出してると追いかける人も困っちゃうよ?」
「逃げてない、勝手にいなくなる」
それは迷子になる人の常套句で思わず笑ってしまった。
透子ちゃんは私が渡したフォンダンショコラ入りの箱をじっと見つめている。
「これなに?」
「フォンダンショコラ。ちょっと温めたら中のチョコレートが溶けて美味しいよ」
「ふぅん……あ」
「ん?」
ふと透子ちゃんが私の後ろに目を向ける。振り返ると、遠くにはいつか見たスーツ姿の二人がいた。その二人はなにかを探しているようで、やがてこちらに気づいて指をさす。
「ねぇあれって透子ちゃんを探してるんじゃ……」
と視線を透子ちゃんの方に戻すと。
「えぇ……」
さっきまで透子ちゃんがいた場所には、誰もいなかった。
まさかと思って家の方を見回しても見当たらないし、先にある曲がり角も私が振り向いていた時間で行けるような距離じゃない。嘘みたいな状況に唖然としているとスーツ姿の人がこちらに気づいて話しかけてきた。
「もし、琴宮様ですね。透子様がこちらにいませんでしたか」
「えっと、さっきまでここにいて……」
「視線を外しましたか?」
「一瞬でしたけど」
そういうとスーツの人はため息をついていた。
「今度一人の透子様と会った時は、必ず手を繋いでいてください。でなければ瞬きの合間に消えますので、安全のためにもご協力を宜しくお願いします」
「くそっ、あの放浪姫め……舞踊のレッスンが嫌だからって毎回……」
後から追いついてきたスーツの人が凄く面倒くさそうにぼやいていた。透子ちゃんそんなので逃げ出しているんだ、らしいといえば透子ちゃんらしいけど。
「おい、一般の方もいる。口調を慎め」
「あはは……」




