39話 季節巡って
春の足音が聞こえる時期。
期末テストもまぁまぁの順位を取って、短い春休みに突入した、そんなとある日。
「奏は大学に進むの?」
「んえ?」
ずるずるとお昼の海老天そばを食べている時に、お母さんからそんなことを聞かれた。
「いや、奏って私の娘って思えないほど頭いいから、もうなにか就きたい職業とかあるのかなって」
「あんまり考えてないけど……私、大学行っても大丈夫なの?」
「お金のこと? 娘一人大学に行かせるくらいなら問題ないから心配しなくてもいいよ」
お母さんは空になったお椀を前にそう言った。
うちの経済状況はそんなにわからない。けど、普通に一軒家であること、あと正当な理由であればもらえるお小遣いのことを考えると、それなりに稼いではいるみたい。この世界がどうやって回っているのかはあんまり考えたことないし、この世界での大学の費用とかもよくわからないけど。
「でも本当は高校にいるうちに男と縁作って、さっさと子供作っちゃった方が楽だよ。学生のうちの妊娠なら国から支援もあるし、その後働くにしても自然妊娠の実績があれば就職にも有利だしね。もし子供が男の子だったら働く必要もないから子育てに集中できていい……待って、それって私の孫が男の子って可能性もあるってことよね、なんだか滾ってきた……」
「想像上の孫に勝手に滾らないでよ」
変な事を言っているお母さんは無視して、将来のことを思い描く。
というか私は、そもそも将来のことなんて考えていなかった。
この男女比が狂った世界に来て、私はいつか前の世界に戻るかもしれないという可能性を捨てていなかった。時が過ぎるにつれ、まぁ無理だろうなという想いは強くなっていたけど、一日一日を楽しんで過ごすようにして、やっぱり戻る兆しがないまま一年も経ってしまう。
「大学かぁ……」
「まだ二年生にもなってないし、ゆっくり決めなよ。奏のことだし変なことにはなんないと思ってるから」
「……いきなりマッサージ師とかになるって言っても?」
「そしたら毎日マッサージしてもらおうかな」
マッサージはマッサージでもちょっとイケないマッサージの方なんだけど……冗談はさておき、二年生になれば少しずつ進路相談とかも始まるんだろうし、本格的に将来を考えないといけない。
そして将来を本格的に考え始めるということは、元の世界と決別するということでもある。別の世界からきた私にとっては、この世界でずっと過ごしていくと決めることでもあるんだ。
「いってきまーす」
午後、お母さんと話してからぐるぐると考えてしまって落ち着かなかったから、少し身体を動かすことにした。外に出るとなんとなく春の足音が聞こえるような気温で、やわらかな日差しが温かい。
ふらふらと足の進むまま歩きながら、将来のことを考える。
大学に進むのは良いとして、この女性過多の世界で何をするのか。
身近にいる社会人を参考にすると、やっぱりお母さんとか白ちゃんで、お母さんはこの世界における極一般的な働き方って感じがする。よく会社の人とも飲みに行くし働くのもそんなに苦じゃなさそう、私からは普通に人生を楽しんでいるように見える。
対して白ちゃんは大きな企業に勤めながら全然楽しそうじゃなくて、毎日身をすり減らして生きている。将来男の子を生むためとは言っているけど、それだって絶対に男の子を産めるわけじゃないはずで、だけど毎日必死に頑張っている。
私がどちらかを選ばなきゃいけなかったら、そこまで必死で働きたいって感じでもないから消去法でお母さんになっちゃうんだけど、実際に自分がお母さんのように働いている姿は想像できなかった。
他に考えられそうな事と言ったら……菜月のお母さんがやっている化粧品会社に就職するとかかな。その時は菜月もいるだろうし、一緒に働けるのは楽しそう。そう考えるとエマと一緒にスナックで働くのもアリ? でもエマはスナックで働くの嫌なんだっけ……将来どうするんだろ、とりあえず幸太郎君の子供が最優先なのかなぁ。
紅園さんも私が希望すればグループのどこかで働かせてもらえそうな気がするし、透子ちゃんにもお願いすれば本当に雇ってくれそうな気がする……意外といろいろと道はあるな。
でもそのどれもぼんやりとしたイメージしか出来ない、将来を考えるにはまだ知識とか、経験が足りない気がする。
「アルバイトでもしてみようかなぁ」
女の子を落とすためにと思ってずっと帰宅部にしてたけど、期間を決めて働いてみるのはいいかもしれない。もしかしたらそこで素敵な出会いだってあるかもしれないし。
素敵な出会いといえば、来年には後輩も入ってくる。中学の時は特別仲のいい後輩とかはいなかったけど、先輩って呼ばれるのはちょっと憧れだよね。それこそ、アルバイトで同じ学校の後輩が働いてくれたりしたらちょうどいいんだけど。
可愛くて、よく懐いてくれて……更衣室でちょっといい雰囲気になって、今なら誰もいないから、とか言っちゃったりして。
なんかそう考えると将来……いや、来年が楽しみになってきた。可愛い後輩がいたら誑かしたい。うん、そうしよそうしよ。
そんな妄想をしながらふと気づくと、百合が原高校の近くだった。無意識に通学路を歩いてきたみたいで、校門を見ると春休みだというのにちらほらと人が入っていく。
「そういえば今日って百合が原の合格発表だっけ」
合格発表は12時からのはずで、ウェブ上でも発表されている。もう合格発表から少し時間が経っているはずだけど、現地に合格発表を見に来る人も少なくない。
なんとなく気になって学校内を覗いてみる。玄関の脇に大きく受験番号が並んでいて、その周りに未来の後輩たちが集まっていた。自分の番号を指差して写真を撮っていたり、グループで喜んでいたりしていてなんだか微笑ましい。
そういえば私も、菜月とエマと3人でここに見に来たんだっけ。エマは自分の番号見つけてめちゃくちゃ嬉し泣きしてた。
そんなことを思い出していると、校門から一人の女の子が入ってきた。長い黒髪をなびかせた美人さんで、その手には受験票を持っている。目線はまっすぐ合格発表の方に向いていた。
あの子はまだ合格発表見ていないのかな? 分かる分かる、やっぱり現地で自分の番号探したいよね。
やがてその女の子は自分の番号を見つけたのかぱっと笑顔を輝かせていた。私は心の中で拍手をしながら、あんまり目立っても良くないから、何気なくその光景を見つめていた。
その子はスマホをかざして写真を撮って、満足気に振り返ると、不意にその視線が私に止まった。
……その様子がおかしいと感じたのは、その子の表情がごっそり抜け落ちていることに気づいてからだった。
「……?」
私と視線が合って微動だにしなくなったその子は、やがてまっすぐこちらに歩いてくる。私は校門とは違う方にいたから、その子の目的は間違いなく私だった。
「あの、奏先輩ですよね」
「え、うん」
話しかけられる。その子はしっかりと私の名前を呼んだ。
私が返事をすると、ぱぁとその子の表情が嬉しさに染まる。それは合格発表を見た時よりも嬉しそうだった。
「もしかして私の合格発表を見に来てくれたんですか!?」
「えぇと……」
「やっぱり信じてました! 奏先輩との約束通り、合格発表までの1年間連絡を控えてましたけど、まさかこんなサプライズをしてもらえるなんて……感激ですっ!」
「……ん?」
今なんかおかしいところなかった? 私との約束通り?
「でも安心してください! また一緒の学校に通えますよっ! じゃーんっ! 私の番号、見事に合格ですっ。これでまた一緒にいられますね。奏先輩!」
見せてくれた受験票、そこには受験番号と『恋塚くるみ』という名前が書かれていた。
「……くるみ?」
「はいっ! くるみですっ! 奏先輩のくるみですよ~! おはようからおやすみまで、またよろしくお願いしますねっ、せーんぱいっ!」
そんな元気な声が春の学校に響き渡る。
それはまるで私の想像から飛び出してきたような、理想の後輩だった。素直で可愛くて、私のことが大好きで、どちらかというと外見は美人さんで背は少し低め。
それはいい、それはいいんだけど……。
問題は、私が『恋塚くるみ』という名前を一度も聞いたことがないということ。
私の前までいた世界で、『恋塚くるみ』なんて後輩はいなかったということだ。
これにて1章終了となります。
ここまで読んでいただいた方はありがとうございます、お楽しみいただけれたなら嬉しいです。
2章は少し時間を空けようと思います。ある程度書き溜めがないと安心できないので……予定は今のところ6月20日です。
感想、レビュー等いただければ励みになりますので、よろしくお願いいたします。
明日、人物紹介をあげてしばらくお休みとなりますので、また2章でお会いしましょう。
(お時間あれば、完結済の平和ーな百合作品もありますので、よろしければどうぞ)




