35話 どきどきの先
それは短い冬休みが終わって、少し経ったある土曜日のこと。
お母さんが珍しく休日出勤をして、私は特に予定もなくソファでファッション誌を見ていると、ピンポーンとインターフォンが鳴った。
「んー、誰ー? お母さん荷物とか頼んでたかなぁ」
とインターフォンから玄関先の映像を見てみると、そこにはいつか見た綺麗な銀色の髪が風になびいていた。
『来たよ』
「…………」
『開けて?』
「……うん」
玄関に出向いてドアを開けると、そこには文化祭以来に会う透子ちゃんが一人で立っていた。
「……久しぶりだね」
「うん」
綺麗に磨かれたローファーを脱いで家に上がる。土曜日ということもあって、厚そうなコートを脱いだ透子ちゃんは私服だった。透け感のある白いブラウスに、ジーンズ素材のスカート。手には細いブレスレットがあって、そういうアクセサリーを付けているのはちょっと意外。というか冬なのに寒そうな服装……春先取りしすぎじゃない?
私の家が物珍しいのかきょろきょろと見回しながら、居間のダイニングテーブルの椅子に落ち着いた。
「なんか飲む?」
「ココアが良い」
「牛乳まだあったかなぁー」
二人分くらいならぎりぎりありそうだったから、カップに注いでレンジで温める。
「それで、また抜け出してきたの?」
「ちゃんと言ってきたよ。友達の家行くって」
「私の家?」
「友達の家」
いやこれ絶対探してるやつでしょ……と思いながらも、温めが終わった牛乳の中にココアを溶かした。
皇透子、この世界の皇族の三女。通称『放浪姫』。
知り合ったのは秋にあった文化祭で、学校の中庭で一人ポツンといた時に私が声をかけた。その時は私もまさか皇族だなんて思ってもみなかったから、そのまま一緒に文化祭を楽しんで、いろいろあってちょっとえっちなマッサージをして、その日の内に別れた(連行された)。
一応幸太郎君の後ろ盾でもあるんだけど……私にはあんまり関係ないかな。
連絡先も交換せずに別れてしまって、でもいつかまた会いそうだなとは思っていたけど、まさか直接家に来るとは思わなかった。お母さん仕事で本当によかった……。
目の前でゆっくりココアを飲んでいる透子ちゃんは、文化祭の時と同じく相変わらずマイペースで半年前とあんまり変わっていない。
「どうやって私の家知ったの?」
「このココア美味しいね」
「……普通の市販品だよ、少しだけバター入れてるけど」
普通に会話のキャッチボールができないのも相変わらず。
でも私はそんな透子ちゃんのことが嫌いじゃなかった。なんというか観察していて面白い。珍しい動物を見ているような、そんな感じ。
ココアを両手で飲み干して、コトリとカップを置く。
「じゃあ約束」
「うん、分かってる。そのために来たんでしょ?」
「楽しみにしてた」
透子ちゃんが言っている約束は前の文化祭の続き。性感マッサージをもう一度すること。
私としては結構前のことだし、自然消滅しても仕方ないかなって思ってたけど、覚えてくれていたことはちょっとだけ嬉しかった。女の子のマッサージとか、私にとってもご褒美みたいなものだし。
透子ちゃんを私の部屋に案内する。私の部屋も珍しいのか、いろいろなものを観察している。
「前みたく背中からするから、ベッドでうつ伏せになって。できれば服脱いでくれるとやりやすいんだけど」
私はベッドの上に大判のタオルケットを敷く。これで多少汚れても大丈夫。
透子ちゃんは何も言わず服を脱いでいく。上着を脱ぐと子供みたいなキャミソールと白いパンツが現れた。ってかブラしてないんだ、いくら胸ないっていってもスポブラくらいはした方がいいんじゃないかな……。
「あ、ゴメン。全部は脱がなくていい」
「そう?」
パンツに手をかけた指が止まる。私が言わなかったら全裸になってたっぽい。
思わず止めたけど脱いでもらってもよかった……? でも皇族が私のベッドに全裸、というのはなんか危ない気がする。いや、下着だけでも十分危ないんだけど。
キャミソールを着なおしてもらって、ベッドの上に横たわってもらう。相変わらず薄い身体で、背中なんて背骨が浮いている。もうちょっと食べた方が良さそう。
「なんかいい匂いするね、奏のベッド」
「もー透子ちゃんもみんなと同じこと言うんだからー。私結構気にしてるんだけど」
「人を引き付ける匂い」
ふんふん、と隠しもせずに匂いを嗅いでいる。恥ずかしいって。
「今日は最後までしていいんだよね」
「うん、満足させて」
そりゃあもう、腕によりをかけて。
前と同じく背中のラインに沿って押したり揉んだりしていく。
凝って固くなっている場所とかはさすがにないけれど、前に透子ちゃんにマッサージしてから、もう一度勉強し直したから、(こっちの世界にもそういう知識はあったし、女性向けのサービスもちゃんとあった)私もレベルアップしているはず。ふふ、私の手のとりこにしてあげるね……。
「年末年始はどうだった?」
「忙しかった」
まだ始まったばかりだから、ちょっと雑談を織り交ぜる。感度が上がっているかどうかは声が一番わかりやすいから、身体が温まるまでは話しているくらいがちょうどいい。
「偉い人と挨拶して、重い着物着て」
「あぁーそういえばテレビで見たかも」
皇族全員が着飾ってテレビに出ていたのを思い出す。その中にはもちろん透子ちゃんもいて、今の適当な感じじゃなく大人っぽく微笑んでいた。
「やっぱり皇族って忙しいんだ」
「ほとんど姉がやるから、楽なほう」
透子ちゃんは三女だから、将来天皇になるなら透子ちゃんのお姉さんなんだろうけど……皇族の仕事なんて私みたいな一般庶民には想像できない。
「お仕事、嫌じゃないの?」
「やること決まってるから」
「人生のレールが引かれてるってやつだ」
「私はその方が楽」
と透子ちゃんは言うけれど、時々ぴょんとレールを飛び越えているように見える。今日私の家に来ているみたいに。
背中なら素肌に触れても大丈夫かな、とキャミソールをめくり上げて直にリンパを流していく。上半身がだんだん温かくなってきて、うっすらと汗が出始める。うんうん、いい感じ。そろそろ下半身始めてもいいかも。
「透子ちゃんって将来はどうするの? 天皇にならなくても公務するの?」
「んぅ……はぁ。どきどきしてきた……子供を産むよ、最低3人か男児が生まれれば終わり」
それが一番の仕事のように透子ちゃんは言った。皇族もやっぱり男の子を求めてるんだ……いや、この世界なら皇族じゃなくてもそうかもだけど。
「男性が皇族にいれば、箔がつくから。外交もしやすい」
「箔ってそんな大事?」
「はぁ、はぁ、だいじ。男がいないと、下に見られる」
「透子ちゃんの責任大きいねぇ」
「うん、でもそれでみんなが、ふぅ……暮らしやすくなるはずだから」
ぴたりと、思わず私は手を止めた。
相変わらず言葉は足りないけど、その一言に透子ちゃんの心を垣間見たような気がしたから。
「……透子ちゃん、偉いね」
「でしょ?」
その言葉は妙に得意げ。それがなんだか可笑しくて、くすくす笑いながらマッサージを続けていく。
今日は透子ちゃんの身体の反応も良く、30分もすれば背中なら響く心音はどきどきと速くなっていた。
「さーて、ここからが本番だよ。仰向けになってね」
「……うん」
透子ちゃんはすっかり出来上がってしまって頬も朱に染まっていた。全身しっとりと汗をかいて、息は荒い。キャミソールの細い肩紐はズレ落ちていて、もう少しで胸の先まで見えてしまいそう。余分な肉がないなめらかな肌も、少し触れるだけで反応するようになっていた。
「うーん、良い。えっちくて可愛い」
「……?」
「それじゃあ……あ、これして」
いつぞや莉々ちゃんに使ったアイマスクをしてもらう。これをすると感覚がちょっと際立つ。何をしているか見られる心配もないしね。
「見えない」
「大丈夫、見えない方がどきどきできるから」
そうして仰向けになった透子ちゃんの綺麗なお腹に指を這わせていく。
「あっ……奏、ん……くすぐったい」
せっかくの性感マッサージなんだから、仰向けでしないともったいないよね。透子ちゃんにはもっといい声を聞かせてもらお。
★ ★ ★
こくこくと喉が鳴る。コップ一杯のお水を飲み干した透子ちゃんはふーっ、と長く息を吐いた。
「……最高だった」
「それはどーも」
私も好きに触れることが出来て大変良かった。というか透子ちゃんはどこを触っても文句言わなかったから、本当に好きにさせてもらった。最後は感度もだいぶ良くなったし、跳ねるような反応を返してくれて楽しかった。
「奏、私に雇われない?」
「えー、年収1億くらいもらえる?」
「……それくらいなら」
私が冗談めいて言ったけど、透子ちゃんはしばらく悩んでからそう言った。
透子ちゃんにそう言われると本当かどうかわかりにくいな……職業『性感マッサージ師』っていうのもちょっと恥ずかしい。
「こういうのはたまにやるのがいいんだよ。毎日やったらどきどきが薄れちゃうから」
「そうなの?」
「そうだよ。毎日ケーキじゃ飽きるでしょ?」
透子ちゃんはなにか考え込んでいる。いや、本気で検討しないでね……。
ピンポーン、とインターフォンが鳴る。今日はよく人が来るなと思いながらモニターを見ると、画面の向こうにはスーツを着た怖そうな大人が3人立っていた。
『こちらに透子様がいらっしゃいますね?』
「は、はい……」
『お迎えに上がりました』
……え、これ大丈夫? わたし取り調べ受けたりしないよね?
「来た」
透子ちゃんは来るのが分かっていたかのように立ち上がる。もしかして電話でもした? でもここ来た時なにも持ってなかった気がするけど。
「透子ちゃん、今日したこと絶対に言わないでよね……お願いだから」
と言っても透子ちゃんはよく分かっていなさそうにコテンと首を傾げる。
本当に分かってる??? 職業『性感マッサージ師』とかのテロップでお縄につくの嫌だからね???
「これ、あげる」
すっごい不安に襲われている私に、透子ちゃんは紙きれを手渡してくれた。そこには11ケタの数字が書かれている。
「困ったときに電話して」
「困ってるの今なんだけど……」
という私を無視して、透子ちゃんは普通に玄関から出て行った。数分してからインターフォンの先を見ると、そこには誰もいない。
「本当に大丈夫だよね……信じてるからね、透子ちゃん……」
それから私は数日間、いつ皇族セクハラで捕まるかひやひやしながら過ごすことになった。
テレビの中で時折見かける透子ちゃんは私の気持ちなんか知らず、まっすぐな視線でこちらを見つめていた。




