32話 狂った世界、今の私_3
白ちゃんと連絡先を交換しなかったのは、後から考えると正解だった。交換をしていたら、白ちゃんから普通に連絡が来ていただろうから。
金曜日、私は菜月の家でお泊り会をするという口実で家を出た。外は寒くて、白ちゃんが帰ってくるまで時間を潰す必要がある。適当なファミレスに入って、時間を潰して。20時頃に白ちゃんのアパートへ向かったけど、その部屋にはまだ明かりは灯っていなかった。はぁ、と手に息を吐く。いくら厚着をしていても、じっとしていれば12月の寒さはつま先から伝わってくる。
あの日。白ちゃんとキスした時のことを思い出す。今だったら分かるけど、白ちゃんはきっと私を育てていたような気がする。いつか美味しく食べるために、子豚を太らせる狼のように。小さいころから女の子との恋愛に違和感を持たせないようにすれば、それは白ちゃんにとって理想の女の子になる。
自分で言うのもなんだけど、自分の容姿は自覚しているし、それは子供の頃も変わりなかった。あの公園で白ちゃんの本を読ませてと声をかけたのは、鴨が葱を背負って来るようなものだったと思う。白ちゃんの本棚、普通に18禁のやつもあったしなぁ。
この世界の白ちゃんは、あの時の白ちゃんとは違う。けれど、私のファーストキスを奪ったのは白ちゃんであることは変わりなくって。この世界の白ちゃんにとっては正直とばっちりかもしれないけど、ファーストキスの分、ちゃんと責任を取ってもらわないと。
「かなちゃん⁉」
そんな、待ちわびた声がした。
「あ、白ちゃんおかえりー」
口からは思ったより小さな声が出る、いつの間にか体中が冷え込んでしまっていた。
白ちゃんは慌てて、バッグから鍵を引っ張り出そうとしている。時間はいつの間にか21時を回っていて、1時間も家の前で待っていたことになる。
すぐに家に入れてもらうと温かい空気が身体を包む。白ちゃんの部屋はエアコンが付いていて、外とはぜんぜん違った。
ちなみに部屋の中はまだ片付いた状態を保っていて、ベランダのゴミもしっかり捨てられている。
「先にシャワー入る? お風呂でもいいけど」
「寒かったからお風呂入りたいな。あ、せっかくならお風呂掃除しておくね」
先週もお掃除はしたけど、一週間に一回はしなきゃだし。なにか言いたそうな白ちゃんを無視して、私はさっさと脱衣所へと引っ込んだ。
簡単な掃除をして、お湯を溜める。その間にシャワーで身体を温めるとめちゃくちゃ熱く感じた。髪と身体を洗い流しているうちにやっとお湯が溜まって、その中に身体を沈めると、その温かさに思わずため息が出てしまう。
……今日することは、私の中じゃ完璧な計画とはいえなかった。そもそも白ちゃんはもう大人で、前の世界と違って、きっと女の子にそこまで興味がない。でも無理やり私との繋がりを持たせようとするなら、まず白ちゃんが私の事をなんでも聞いてくれるような……つまり弱みを握らないといけない。
……でも、焦るのもいけない。もし今日そんな雰囲気にならなくても、これからも白ちゃんとの時間はたくさん作れるはず。そこで少しずつ私の存在を日常に食い込ませてもいいわけだし……大丈夫、ゆっくりやろう。
ガラにもなく緊張していた。詩帆ちゃんをオトすときも、柚ちゃんの前で男装する時も、ここまで緊張していなかったはずなのに。
「よし」
湯舟から立ち上がる。頑張れ、私。
パジャマを着て、高そうなドライヤーで髪を乾かす。こういうのにお金使うならシャンプーもう少しいいやつにすればいいのにと思いながら、櫛を使ってゆっくりと水分を飛ばしていく。仕上げに愛用のヘアオイルを馴染ませて……うん、これでいいかな。
「お風呂ありがとー」
まずは白ちゃんもお風呂入るだろうから、出るのを待って、それから……と計画を立てていたのに、脱衣所を出ると白ちゃんはすでにテーブルで潰れていた。手にはお酒の缶が握られていて、触れるともうその中身は空っぽになっている。
白ちゃんはすでに半分寝ているような感じになってしまっていて、試しにはだけたお腹をぷにぷにしてみても特に反応は返ってこない。でもベッドで寝たいという意識はあるみたいで、私が声をかけると這ってベッドに寝転がった。
「……せっかく、食べられにきたのに」
その光景は、私の計画の中で最後の場面だった。
白ちゃんをお風呂に入れて、この前のことを謝って、頑張ってBLの話を弾ませて、お酒で深酔いさせて、先に寝かせてしまう。それが私の計画だったのに。
なんだか拍子抜けしてしまった私は、寝ている白ちゃんを眺めていた。
大人になった白ちゃんは、寝ていると高校生の頃と変わらない気がした。背もそんなに変わっていないし、どちらかというと私が成長する幅の方が大きくて、今はお姉さんって感じもあんまりしない。
すぐに酔って寝ちゃうし、ゴミは貯めちゃうし、百合からBLには変わったけど、オタク趣味は変わってないみたいだし……なんかこう言ってしまうと、ただダメダメな女性って感じ。
なんでこんな人が、私の初恋の人なんだろ……。
それでも白ちゃんを見ていると、なんだかどきどきした。
じっと見てても動かない白ちゃんに、どきどきのまま唇を近づける。ふに、と軽く合わせるだけのキスはいとも簡単にできてしまった、けど。
「……お酒臭い」
そのキスに、フォーストキスのような心の高まりはなかった。
「思い出補正ってやつかなぁ」
と思いながらも、少しだけ嬉しいのは隠しようがない。正確にはこの世界の白ちゃんじゃないけど、今の私はこの狂った世界にいるし、白ちゃんもここにいる白ちゃんだけ。……だから私はここにいる白ちゃんに責任を取ってもらう。私の好きなようにやるんだ。
パジャマを脱ぐ、お気に入りの下着も床に脱ぎ捨てる。白ちゃんが着ている服も、ファスナーをおろして下のスカートと下着を脱がせた。ちょっと強引になったけど、潰れた白ちゃんは全然起きる気配がない。
それから白ちゃんの指を借りる。爪が少し伸びていて、ちょっと痛そう。でもまぁ今回はその方が都合いいかな。
持ってきたバッグの中からローションを取り出す。とろりと透明なそれを少しだけ指にのせて、白ちゃんの人差し指と、私の下半身、大切な場所に塗り込む。
「んっ……冷た……」
外の温度がまだ残っていたみたいで、ローションは冷えていた。
白ちゃんのベッドの中に潜り込む。羽毛布団は白ちゃんの体温で温かくて、ローションもすぐに私の体温に馴染む。
どきどきと鳴る胸。ふぅ、と息を吐き出して、覚悟を決める。
ローションでてらてら光る白ちゃんの細い指を、私の中に導く。一応ローションを用意したけれど、その時には私の中も十分に濡れていた。
「んぅ……」
自分の中に異物が入ってくる。ぬるぬるしていても、狭いのかなかなか白ちゃんの指は奥に進んでくれない。
「はぁ、はぁ、もう少し……もうちょっと」
白ちゃんの指を私の中に進めていく、なかなかうまく入らないけど、諦めずにぐいぐい進める。
「あ、あぁっ!」
そして、その痛みは急にやってきた。じんじんと波のような痛みが下半身から全身に響いて、その痛みにぎゅっと目を瞑る。しばらくそのままにしておいて、痛さが引いてきてから指を引き抜いて見ると、その指にはぬるりとした赤い血が付いていた。自分の中からも少しずつ血が漏れているのが分かる。
「はぁ~~~……やった……やっちゃった……」
処女喪失。それも、意識がない白ちゃんの指で。……明確な定義は違うかもしれないけど。
でも後悔はなかった。私の初めてのキスを持っていったみたいに、処女を捧げるなら白ちゃんがいいと思っていたから。そもそもこの世界の処女になんてそんな価値はない。童貞の方がよっぽど価値あるらしくて、そこらへんはやっぱり狂った世界だった。
シーツに赤いシミが広がっていく。身体の中にはまだ少し異物感がある。でもそれは決して嫌な感じじゃなくって。
布団を引っ張って、私も白ちゃんの隣に入る。白ちゃんの身体は温かくて、なんだか安心した。背中から伝わるその呼吸に合わせて息を吸い込んで、吐いて。そうして私も目を閉じた。
「…………じゃなくてまずかなちゃんに謝って……! いや、最低だ私! どうしよう!」
その声に目が覚める。
もう陽は昇っているみたいで、カーテンの合間から日差しが指し込んでいた。
身体を起こすと布団がズレ落ちて少しだけ寒い。そんな私の姿を見て、白ちゃんは固まっていた。白ちゃんの右手には私の血がついたままで、シーツに沁みてしまった血もすっかり乾いてしまって改めて見るとちょっとグロい。
白ちゃんは起きた私に気づいたのか、顔面蒼白のまま私の言葉を待っていた。それは刑を待つ容疑者のようでなんか少し面白かった。
「セキニン、取ってね」
なるべく安心させるために、可愛く言ったつもりなんだけど……白ちゃんは下半身裸のまま、床に降りて土下座をした。
「ご、ごごごめんなさい。責任は絶対に取るから……もうお酒も辞める! 警察に通報してくれても構わないから!」
「あー……」
もちろん、そんなことするつもりはさらさらない。
私はベッドから降りて、土下座している白ちゃんの顔を無理やり上げる。なにも着ていない私に、白ちゃんの視線が右往左往していた。
「白ちゃん、昨日はとっても気持ちよかったね……私初めてだったのに、白ちゃん凄いテクニックで、女の子同士でもこんなに気持ちよくなれるんだって、初めて知った。またしてほしいな……?」
「…………えっ! あっ、はぁ⁉ 私が???」
甘えるように白ちゃんに身体を擦り付ける。もちろんその内容は嘘で、でも泥酔した白ちゃんにはわかるはずもない。テンパっている白ちゃんに、やっと好きに触れることができると、私はその身体に抱き着いた。
次の更新5/22です。




