29話 あの頃、あの街_3
仕事はいつも通り忙しい、朝早く出勤して家に帰れば寝るだけ。
けれど部屋が綺麗だと思うと、なんとなく帰りも気が楽になった。ただ寝るだけの場所が、少しだけリラックスできる場所に変わっていた。
かなちゃんに言われた通り、溜まったゴミはしっかりと朝に捨てる。ご飯は相変わらずコンビニばかりだけど、そのゴミもちゃんと片付ける。前よりも少しだけ気持ちに余裕ができていた。
あっという間に一週間が終わり金曜日。仕事を終えると21時だった。それでもだんだんと人の暮らしを取り戻してきたような気がして、かなちゃんには頭が上がらない。
いつも通りコンビニでお弁当と少し強めのお酒を買う。どうせ帰っても仕事のことばかり考えてしまうから、さっさと酔って何も考えないように寝るのが一番。
ただずっと気になっているのは、仕事よりもあの時のかなちゃんの反応だった。これなら絶対喜んでくれるだろうと思ったのに、かなちゃんは表紙だけ見てそれから一ページも開かなかった。
いろいろな可能性を考えた。純愛しか許さないとか、それとも高校で男と縁があって、ああいうのを読むのをやめたとか。
けどそのどれも違う気がして、結局その理由は直接聞いてみないとわからない。どうやってもう一度会うかを何回も考えた。
結局あの日は私が限界ギリギリだったから、かなちゃん自身のこともほとんど聞けていない。やっぱり連絡先だけは交換しておくんだった。と思いながらアパートに戻ると、私の部屋の前に人影が見えた。
「かなちゃん⁉」
「あ、白ちゃんおかえりー」
コートを着たかなちゃんが私の部屋の前で丸まっていた。隣に大きいバッグがひとつ置かれている。
「よかった帰ってきてくれて。寒いから入れてくれると嬉しいな」
「な、なんで? お母さんは?」
「友達の家に泊まるって言ってるから大丈夫。いきなり押しかけてごめんね、迷惑じゃなかった?」
「迷惑なわけないけど、私こそもっと早く帰ってこなくてごめん! 寒かったでしょ!」
かなちゃんを家に招き入れて鍵をかけようとして、一瞬だけ考えがよぎる。……さすがに高校生が部屋いるのは良くないんじゃ? 法律的にセーフなんだっけ? でもでも今更そんなこといってられない!
「お、よかった。ちゃんと綺麗にしてるね」
私の焦りと裏腹に、かなちゃんは部屋をチェックしている。
今日は冷え込んで明日の朝方にはうっすら雪が降るという予報なのに、かなちゃんのスカートは短い。これが女子高生……と思いながらも、私も昔はどこで男の子に見られるか分からない! と思って短めにしていたのを思い出す。
「先にシャワー入る? お風呂でもいいけど」
「寒かったからお風呂入りたいな。あ、お風呂掃除しておくね」
と何かを聞く間もなくお風呂場に引っ込んでしまった。遠くで聞こえてくるシャワーの音を聞きながら、私は部屋着に着替えてコンビニ弁当と、少し迷ってお酒をあける。なんだかシラフでいてられなかった。
かなちゃん意外と元気そうだったな、とお弁当を食べながら思う。けれどいきなり泊まりに来た理由はわからないまま。
私がちゃんと部屋を綺麗にしているか見に来るにしても明日来ればいいだろうし……もしかして家出? お母さんと喧嘩したとか。
こんな深夜にかなちゃんが家にいる状況が落ち着かなくて、お弁当はいつの間になくなって、お酒の缶も空になっていた。だいぶアルコールが回ってきて視界がふらふらしている。
「お風呂ありがとー……って顔真っ赤! 大丈夫? お風呂入れそう」
ぼんやりしていたらいつの間にか隣にかなちゃんがいた。可愛らしいパジャマに着替えたかなちゃんが私の背中をさすっているけど、なんだかいつも以上に酔っているみたいでもう動く気もない。なんとか這ってベッドに寝転がる。
「あー、あー、お腹出てるよー」
遠くから声が聞こえる。お腹をぷにぷに刺されている感触があるけど、それが夢かもわからない。もうなにも考えられなくて目を瞑ると、眠気はすぐに私の意識を刈り取っていく。
「……せっかく、食べられにきたのに」
そんな声が、遠くから聞こえた気がした。
カーテンの隙間から漏れる光に目が覚める。
頭がガンガンと鳴り響いて完全に二日酔いだった。いつもはこんなに酔い回ることないのになと、揺れる頭のまま起き上がると、手の先になんだか温かい感触が返ってくる。
「そういえば、かなちゃん来てたんだっけ……」
辛うじてそのことを思い出して隣をみると、そこには何も着ていない、生まれたままの姿のかなちゃんが寝ていた。
「なんで……?」
それだけならまだマシだった。かなちゃんの下半身から、赤いシミが広がっているのを見るまでは。
「っ!」
驚いて布団を引き寄せると、手に違和感があった。見ると自分の中指には、べったりと乾いた血が残っている。
「………………………………」
血の気が引いて頭が一気に覚醒する。『強姦』という単語が真っ先に思い浮かんだ。
慌てて部屋を見回すと、かなちゃんが着ていたはずのパジャマは床に捨てられていて、よく見たら私の下着も床に落ちていた。いや私下なにも着てないじゃん!
「嘘っ! 私そんなに欲求不満だった? いや、じゃなくて自首……じゃなくてまずかなちゃんに謝って……! いや、最低だ私! どうしよう!」
「うぅん……」
パニックになっている私の隣で、かなちゃんが小さく呻いて私は固まる。その目がゆっくりと開いた。
私の隣で起き上がって目をこする。そして自分の格好に気づいたみたいで、私と自分の姿に視線を往復させた。
かなちゃんは大きい瞳で何も言えずにいる私を見つめる。そして。
「セキニン、取ってね」
私の人生は、その瞬間に終わりを迎えた。




