24話 『僕』じゃなくて『私』だよ?_2
その後も菜月とエマと遊び歩く。
昨日透子ちゃんといった縁日っぽいクラスにももう一度行ったし、食べ物を出しているクラスは3人で分け合ってだいたい制覇した。体育館でやっていたスポーツ体験は菜月が活躍したし、ステージの演劇もなかなかレベルが高かった。
一通り周り終わって、文化祭も残り一時間となった頃、私達は片手にチュロスを持ちながら休憩場所になっている教室に腰を下ろす。歩き疲れたし後はお話でもしようということになった。
すると、テーブルの上に置いてあったエマのスマホが震えて、エマがそれを確認する。
「幸太郎君の方もだいたい終わったって」
「そういえば、幸太郎君の運命の人っていたの?」
菜月が興味津々で聞いていて、もともと幸太郎君のお見合いがメインだったっけ、と思い出す。遊んでいてすっかり忘れていた。
「うん、昨日良さそうな人がいて……ちょっと家柄的に普通だったから幸太郎君も迷ってたみたいなんだけど、奏が透子様連れてきてくれたおかげで問題なくなったみたい」
「どんな人?」
「近くの大学生だったかな? なんか物腰が柔らかくて、幸太郎君と対面してもそんなに慌ててなくて。美人っていうより、安心感のある人かも」
「あぁ、あの人ね。確かに優しそうな人だった。母性っていうのかな? そういうのが溢れてて……胸が大きかったせいかもしれないけど」
菜月は一瞬自分の胸を気にしてため息をついていた。
「ふーん……やっぱり男の子って安心するタイプが好みなのかな?」
「このご時世だから、安心感はやっぱり重要だと思うよ。でもああいう人が、夜はなかなか止まらなかったりもするんだけどねぇ」
「……エマも?」
「うぇっ、何聞くの奏……そんなこと話せるわけないでしょ」
思わず口に出した疑問に、エマは恥ずかしがっていた。エマが夜の話とかするの珍しいから、ちょっと欲望が前に出すぎてしまった。
「いや、ゴメンゴメン! でも男の子にとっては身体の相性も重要だよねって思って」
「それはそうだけど、それはしてみるまで分からないんじゃないかなぁ……普通の人は男の子を目の前にしたら止まらないと思うけど」
「まーそーだよねー。据え膳食わぬは女の恥ってやつ」
男の子が普通に襲われるような世界ならそれはそうか。
それに比べると、むしろ私達のクラスはよくバランスを保っているなぁと思う。もともと大人しい人が多いのもあるけど、家が大きい紅園さんを最初のお役目に抜擢されたのも、クラス内のバランスを取るのに一役買っていると思う。もし幸太郎くんが計算してやっているなら侮れないけど……あんまりそんな風には見えないか。
「今の話で思ったんだけど、家柄が関係なくなったならエマも十分チャンスあるんじゃない?」
エマの家は小さなスナック、いわゆる水商売で、エマはそれを気にしていた。偶然とはいえ皇族という大きな後ろ盾を手にした今、残りの枠に誰が入っても問題ないんじゃ?
「私は……だけど、そんなに可愛くないし」
「そんなことないでしょ」
そのエマの言葉を、私は秒で否定する。
「エマいつもそう言うけど、私も別に悪くないと思う。幸太郎君のことも、好きで一緒にいるんでしょ?」
しゅんとしてしまったエマに、菜月もそう言う。
「そうだけど……私が枠に入れるとは思えない。良くて種を融通してもらえるかなってくらいで」
エマが言っているのは直接種を貰うのではなく、一度バンクに保存された種をもらうという意味。だけどその方法は大きく意味が異なる。直接種を貰うのは、それだけ男の子に気をかけてもらっているということで、その事実自体が価値を持つ。バンクに保存された種を貰うのとは雲泥の差があって、それはエマの将来にも大きく影響するはず。
私と菜月は、すっかり落ち込んでしまったエマに顔を見合わせる。せっかく紅園さんにも推薦したのに、その本人がこれじゃあね。
「エマはまず自分に自信つけないと」
菜月が悩んで、そんなことを提案してくれた。
「何が良いかな。分かりやすいのはテストとかだけど」
「あー、いいんじゃない? 奏もいれば心強いし、3人で勉強会でもしよっか」
「うぅ、ゴメンねぇ。なにも出来なくて」
「いやなんで泣きそうになってるの。せっかくの文化祭なんだから笑って笑って」
私が紅園さんに推薦していることは本人には言えない。言えば「なんで奏じゃないの?」って絶対に言われてしまうから。
私は、エマも菜月も大切で……性的な目でも見ているのは別として、この世界で幸せになってほしかった。だけどそれは私個人の力だけじゃ難しくって、どこかで男の子の存在が必ず必要になる。そのためには幸太郎君だって利用する。エマが幸太郎君のことを好きで、いつかその枠に入れるならそれが一番いい。
私はその最初を、少しだけもらえればそれで十分だから。そう思いながら、落ち込んだエマの頭を撫でてあげた。
二日目の文化祭が終わると、その後には後夜祭が待っている。
教室を片付けて、借りた物は紅園さんが手配したトラックに詰め込んでしまえば、あっという間に元の教室へ戻る。来週からはまた普通に授業が始まるわけで、そのお祭りの後の雰囲気はなんとなく哀愁が漂っていた。
後夜祭は隣の体育公園で行うけれど、私はその人の流れに逆らって、校舎の端の教室へ向かう。窓の外から風に乗って後夜祭の音が聞こえていた。
もう10月も後半だからすっかり陽が落ちるのも早くなって、外は暗い。だけどその教室だけ、電気が消えているのにも関わらずぼんやりと淡い光が灯っていた。
がらがらと扉を開ける。床には1つだけ玉のような形をした間接照明が転がっている。
「……柚ちゃん?」
一歩教室に入ると、入ってすぐ横に潜んでいた何かに抱き留められる。
「奏」
それは男装のままの柚ちゃんだった。メイクはし直したのか、より男の子に近い。肩幅もしっかり再現してあって、それこそ王子様に抱き留められているような、そんな錯覚をした。
ゆずちゃんが男装を磨いていたことは知っていた。そのきっかけはきっと私の男装のせいで、その時柚ちゃんの心の中にあったなにかを動かしたせいだと思う。
柚ちゃんは男装の才能があったし、現に以前よりもずっと男性に近づいて、それを世間からも評価されている。完璧な男装。
だからこそ、私の心は動かないのだけれど。
「……僕の男装、まだ駄目だった?」
すぐ近くにいる柚ちゃんが、そんなことを言う。
「今日、奏がクラスに来た時、僕を見てなにも心が動いてなかった。僕は、奏があの時くれた衝撃を、奏にも感じてほしくて今日まで頑張ってきたのに」
「……あの時って、私男装初めてだったんだよ?」
「それでも、僕の人生が変わったのはあの時だった。だから僕も奏の人生を変えるくらいの男装したかった」
柚ちゃんの表情は、悔しさがにじみ出ているようだった。柚ちゃんだって一応プロで、私の男装なんか手も足も出ないはずなのに、柚ちゃんにとってはそうじゃないようで。
悔しさなんて、本当は1ミリも感じる必要がないのに。そのプライド高さが、自分を追いつめているようだった。
はぁ、と一つ息を吐く。柚ちゃんは、まだ私のこと勘違いしている。
「ねぇ、柚ちゃんは私を驚かせたいと思ってくれてるんでしょ?」
「……そう」
「私、好きな服装があるから、それなら驚いちゃうかもなぁ……」
「……もしかして執事服、好きじゃなかった? それなら違うのも今度用意できるけど」
「でも柚ちゃん忙しいでしょ。今がいい、今できるやつだから。それで私を驚かして」
「わかった。奏ちゃんがびっくりするぐらい、完璧にやるから。なんでも言って」
「ありがとう」
その言葉に私は一度柚ちゃんから離れる。そして、それを言葉にした。
「じゃあ脱いで?」
「……え?」
「脱いで。もちろん、下着も全部ね」
「下着も⁉⁉⁉」
「そしてこれ着て?」
鞄の中から一着の服を取り出して渡す。
「私後ろ向いてるから。終わったら言ってね」
「これってなにかの罰ゲームとか……じゃないよね」
それに返事をしないで、私は後ろを向く。柚ちゃんはしばらく動かなかったけど、やがて布が擦れる音が聞こえてきた。ぱさりと服が落ちて、柚ちゃんの吐息が聞こえる。戸惑いながらも、しゅるしゅると渡したそれを身に着ける音が聞こえて、だんだんと静かになっていく。
「……いいよ」
その声に振り向く。そこにはぼんやりとした光に照らされた柚ちゃんが、フリルの多いエプロン一枚で立っていた。
それはいわゆる裸エプロンというもの。昔、とあるレズ漫画の中でバツゲームとしてこんな格好をしているのを見たことがあった。
目の前にして分かったけど、この衣装の魅力は見えるとか見えないとかじゃなく、見えちゃうかも、と本人が恥ずかしがる表情に真価があると思う。現に身長が高い柚ちゃんのエプロン丈はぎりぎりで、見えないように半分手で前を隠している状態だった。
「……可愛い」
「ね、もういいでしょ? 僕なんか悪いこと……」
「『僕』じゃなくて、『私』だよ?」
その言葉にびくりと身体を跳ねらせる。
今、柚ちゃんはただの女の子。だからいつも言っている『僕』は封印してもらう。
あのカラオケボックスの時と違うのは、私も普通に女の子っていうことだけ。
私が一歩進むと、柚ちゃんは一歩後ずさる。でも教室は狭くって、あっという間に柚ちゃんは窓際に追い詰められてしまった。
あっと言う間に二人の距離がなくなる。息遣いまで聞こえるような距離で、私は笑っていて、柚ちゃんは余裕のない表情で私を見つめていた。
「柚ちゃんは気づいてると思ったのに」
「……何に?」
「私が男装したからって、女の子同士でキスはしないよね?」
「あの時は、奏が僕の理想を……んっ!」
唇を重ねる。柔らかい感触が伝わる。
「今は、私も女の子だよ。だけど柚ちゃんとキスはしたいし、この間みたいなことだってしたいよ、つまりこれってどういうことだと思う?」
「か、奏は……僕のことが好きってこと?」
「んー柚ちゃんのことは確かに好きだけど……ちょっと違うかな?」
そうして身体を密着させる。柚ちゃんに手を回すと、背中までエプロンは守ってくれない。しなやかな身体に指を滑らせる。
「私は、女の子が好きなの。とっても可愛い女の子が。それこそ食べちゃうくらいに、ね」
★ ★ ★
「あ、奏ー! 遅いよー! もう終わっちゃうよー?」
遠くで菜月が手を振ってくれている。
「ゴメンゴメン、ちょっと用事があって」
後夜祭はもう終わりの時間ギリギリだった。柚ちゃんで遊んでいたらあっと言う間に時間が過ぎてしまって、後処理まで含めて後夜祭に参加するか迷ったくらいだ。
柚ちゃんは結局私のことを理解してくれた。というか身体に無理やり理解させたという方が正しいかもしれないけど、私の『女の子が好き』という性癖は秘密にしてもらって、今まで通りに関係を続けてくれるようだった。
一瞬『付き合う……?』と言われたけど、柚ちゃんが私を恋愛的に好きというわけじゃないのは分かっていた。何かしら憧れに近い感情は持ってくれていると思うけど、本当に私個人のこと好き? と聞くとしばらく悩んでから自分の提案を取り下げた。
「ほんと、奏はずるいね。まるで心の中まで全部食べられちゃったみたいだ」
というのは、柚ちゃんと別れる時のセリフだ。
体育公園内にある大きなステージの上では吹奏楽部が賑やかな音楽を奏でていて、学校の生徒が思い思いに話していた。
私も菜月とエマと固まって、終わってしまう文化祭に思いを馳せる。
「楽しかったね、文化祭」
「次はテストだね……」
「エマはまた嫌なこと思い出してー。まだ一ヵ月以上先じゃない?」
すっかり気落ちしているエマに菜月が突っ込む。
「でも……二人が言ってくれたから、少し頑張ってみよっかなって」
「お、いいじゃん。じゃあ奏の家で勉強会しよう」
「エマもそんなに成績悪いわけじゃないし、頑張ればすぐ上位いけると思うよ?」
そんな話をしながら、音が響く空を見上げる。秋はすっかり深まって、もう少しで冬の足音が聞こえてきそうだった。
ノクターンverあります。




