23話 『僕』じゃなくて『私』だよ?_1
朝、私はすっきりとした目覚めでベッドから起きあがった。
今日は文化祭二日目。昨日とは違って何の憂いもないから、鼻歌交じりに気分良く朝の準備を始める。
どうせ文化祭でたくさん食べるから、とお母さんに頼んで朝ごはんは控えめにしてもらった。
「奏のクラスってなんか凄いことやってるんだね」
一緒に朝ごはんを食べていたお母さんがそんなことを言う。
「幸太郎君のこと?」
「そうそう、地域ニュースでやってたよ。文化祭で異例のお見合い!って。でももうお見合いの枠もなくなったから、今日は来ないでーって」
「あー……」
きっと学校側が対策を打ったんだろう、昨日の混雑本当にすごかったからなー。それでもいくらかの人は集まるような気がするけど。
「昨日並んでいた人達に整理券渡してるから、それでいっぱいになったんだと思う」
「文化祭に参加する男子って珍しいよねぇ。お母さんも久々に男子見たいなー、奏の力でなんとかならない?」
「何言ってんの。そもそもお母さん仕事でしょ?」
「現役男子高校生の生写真持ってくから! って言ったらたぶん休みくれると思う」
「……私にそんな力ないから。諦めて」
「そうなの? せっかく可愛く生んだのに、男の縁はなかったかー」
そんな縁こっちから切ってやるとこだ。可愛く生んでくれたのは感謝してるけど。
「ごちそーさま! お母さんもちゃんと会社行ってよね!」
「分かってるって、会議もあるしね。……写真、撮れるようなら撮ってきてくれる?」
「わかったわかった」
「やった、やっぱり可愛い娘を持つものねー」
お母さんも40手前だというのに、気持ちはまだまだ若い。というかこの世界の女性は全体的にこんな感じなんだろうけど、私は絶対こうならないぞと強く思った。
「おはよー」
教室に入るとすでに準備が始まっていた。今日はもう幸太郎君も登校していて、暗幕の外で紅園さん達とお話している。
「奏、おはよう」
「菜月も早いね」
今日は菜月も当番じゃないからエプロンはしていない。幸太郎君と話しているエマもそうだった。
「それより奏、昨日は詳しく聞けなかったけど、皇族なんてどこから連れてきたの? それもあの放浪姫!」
「放浪姫? 透子ちゃんのこと?」
「そうだよ、びっくりしたんだから!」
そんな風に呼ばれてるのも初めて知った。私はもともと皇族なんて興味なかったからなぁ……連れてきたというか、透子ちゃんも普通に庭にいただけだし。
「たまたま?」
「たまたまで連れてこられるような人じゃないと思うけどー」
「まぁいいじゃん。私も皇族とか知らなかったし、透子ちゃん普通にいい子だったよ?」
「皇族をいい子って言えるの、奏だけだよ。テレビじゃ透子様って言われてるんだからね」
様って感じだったかなと首を捻るも、菜月からはため息が返ってくるだけだった。
そんな放浪姫、透子ちゃんとは特に連絡先を交換していない。透子ちゃんもスマホとか持っていなかったし、制服から他の学校の女の子ということは分かっていたから、特に聞くようなこともしなかった。
皇族ってことは、きっと公務とかもあるだろうし……また会うことってあるのかなぁ?
だけどそう考える度、マッサージ終わりに透子ちゃんが言っていた『絶対』という言葉が蘇る。なんとなくいつかまた会いそうな気もするんだよね……。
そんなことを話しているうちにクラスの準備が整う。まだ文化祭自体は開始前だというのに、教室の前には整理券を持った一般の人たちがすでに並んでいた。整理券には時間通りに来ないと入場できないシステムにしていて、学校側も協力してもらっている。
幸太郎君が暗幕の中に入って準備すると、文化祭二日目が始まる。すぐに混雑するのは分かっているから、当番以外の人はさっさと教室を出た。
幸太郎君には引き続き勝手に頑張ってもらうとして、今日は菜月とエマと三人で散策だ!
「エマ行きたいところあるって言ってたよね?」
「隣の男装喫茶! 昨日も凄い人気だったみたい」
「私達のクラスから出て行った人が、隣に流れ込んでたみたいだからねー」
学校祭が始まってすぐなら人も少ない。私達はすぐ隣のクラス、1年6組に移動して、まだ人がまばらなクラスの様子を窺った。
「いらっしゃいませ、お嬢様」
そんな私達を出迎えてくれたのは、見た目は完璧な男の子。男装をした柚ちゃんだった。
服装は執事のような燕尾服。シワ1つないその服装は、もともと姿勢がいい柚ちゃんにとても似合っている。メイクはかなり薄いけど、余裕のある笑顔とその立ち振る舞いはどことなく大人の男性っぽい雰囲気を漂わせていた。
「うわー、男の子だ! さすが柚君!」
というのはエマの感想。
「…………」
対して菜月はなんだか恥ずかしがっている。意外とこういう顔がいいのに耐性がない。
二人を先に案内した後、柚ちゃんは私を見てニコリと笑顔を作った。
「……うーん?」
悪くない。まぁ悪くないけど……柚ちゃんはやっぱり女の子っぽい服装の方が似合うような気がする。男の子の恰好でアピールされてもって感じ。
そんなことを思いながら特に反応なく二人の後に続くと、柚ちゃんはちょっとだけ笑顔を崩していた。
「お飲み物は何に致しますか?」
テーブル毎に一人執事が付くようで、そのまま柚ちゃんが注文を取ってくれる。エマはウキウキで、菜月は控えめに、私は普通に飲み物を注文する。
「かしこまりました、少々お待ちいただけますか」
と柚ちゃんは席を離れる。
クラスには何人もの執事がいて、どんどん入ってくるお客さんをもてなしていた。あっと言う間に満席になり、一部のテーブルからは歓声が上がったり、一緒に写真を撮ったりしている。
「壮観だねぇ。やっぱり柚君がいるおかげか男装レベルが高いね」
「そう……かなぁ? 私は自分のクラスの方が良いなって思うけど」
「自分のクラスって、制服にエプロンしただけじゃん」
「その非日常感がいいんでしょ」
菜月も柚ちゃんが離れて緊張がなくなったのか、私の意見に首を捻っている。柚ちゃんが飲み物と小さな焼き菓子をサーブしてくれると、柚ちゃんはそのままテーブルのそばに控える。
「ご希望がありましたら、お嬢様方のお世話をさせていただきます」
「へー、どんなのどんなの?」
「例えば」
小さなクッキーを手に取り、それをエマの口元へ持っていく。
「お嬢様、口を開けてください」
「あ、あー……」
そのまま柚ちゃんがエマにクッキーを食べさせる。少しだけ柚ちゃんの指がエマの唇に触れていた。幸太郎君一筋のエマも、その行動には流石に意識してしまったようで大人しくなっている。
「お隣のお嬢様もどうですか?」
「……お、オネガイシマス」
菜月も同じように食べさせてもらっていた。珍しく顔を真っ赤にしている。……むぅ。
「では、最後のお嬢様も」
「はいっ、あーん」
柚ちゃんが次のクッキーを手に取る前に、私は柚ちゃんの口元にクッキーを突き付けた。
「お、お嬢様……?」
「あーん?」
私がもう一度そう言うと、柚ちゃんは少しだけ口をあける。その中にクッキーを押し込み、柚ちゃんの唇に触れた。クッキーのくずがついた指を、そのまま自分の口に含むと柚ちゃんは固まってしまった。
「確かに、食べさせてあげるのもありかも」
「なるほどね……」
エマも菜月もそう言っているけど、私が考えているのはそんなことじゃない。そういう役目だとはいえ、ただ二人に『あーん』したのが気に入らなかっただけだった。
不意を突かれた柚ちゃんは、化粧をしているとはいえ完全に男装の魔法が解けていた。少し失礼、と言って奥に引っ込んでしまう。
「……サービス外だったかな?」
「どうだろ、怒られはしないと思うけど……柚君のあんな表情初めてみた」
だけどさすがプロ、2分もすればさっきまでの柚ちゃんが戻ってきた。その後4人で写真を撮って、カップが空になったところでお見送りをされる。ここも席時間があって、滞在できるのは15分くらいしかない。
「またのご帰宅をお待ちしております」
柚ちゃんはそう言って、見送ってくれる。そして私に目配せしたかと思うと、二人にバレないように小さな紙を私の手に握らせた。そのまま何事もなかったかのように次のお客さんに笑顔を向ける。
「やっぱりよかったねー。柚君が接客してくれたのもアタリだったかも」
「女の子でもあそこまで男子に寄せられるんだ」
「なっちゃんだいぶ顔赤かったよ?」
「え、うそっ!」
そんなことを話す二人の後ろで、柚ちゃんからもらった紙を開いてみる。そこには、時刻と場所だけが書いてあった。
その場所は広い校舎の端にある、普段はあんまり使われない教室。楽しみなことが増えたなと思いながら。先を行く二人を追いかけた。




