22話 しらないどきどき_3
透子ちゃんは本当に文化祭が初めてのようで、どこを案内しても興味深そうにしていた。
「ここは?」
「あー縁日っぽい? 射的とか紐くじとかがあるね」
「やりたい」
その教室に入るとすぐにクラスの人が案内してくれた。透子ちゃんがふらふらと射的に近づくと、玩具のゴム銃を渡される。
「あれを倒したら景品がもらえるよ! 玉は5つね!」
「……どうやるの?」
「ゴムをここに詰めて……」
射的のやり方を教わっているのを後ろで見ている。
……なんだか透子ちゃんの保護者になったみたい。いつか子供が生まれたらこんな感じなのかな? でも産むなら女の子との子供がいいしな……その辺りの技術革新は起こってないのかなぁ。
とか考えていると、パンッ! と音と共に台の上の紙が倒れる。
「おめでとー! 一発!」
「透子ちゃんやるじゃん」
「ふふん」
なんとも誇らしげ、こういうの苦手そうなのに。
「本物よりも簡単」
「……本物?」
なにか意味不明なことを言っていたけど、透子ちゃんはまたゴムを詰めて狙いをつけていた。
その後も透子ちゃんは意外な特技を発揮した。というかゲーム全般が上手い。卓球部の的当てゲームもしっかりと命中させていたし、疑似チンチロみたいな出し物もあったけどピタリと当たりを言い当てていた。
沢山の景品を抱えて歩く透子ちゃんはとっても満足気だ。私も持ちきれなかった景品を抱えて次はどこに行こうかなと考えていると、廊下の真ん中でぴたりと歩みを止める。
「疲れた」
と透子ちゃんは私を見てそう言う。急だなぁ!
「どこか休憩する場所でも行く? 休憩所もあるよ」
「横になれる場所はある?」
「横かぁ……」
そうなると保健室くらいしか思いつかない。私も少し人のいないところに行きたいからちょうどいいかな、と案内することにした。
透子ちゃん体力なさそうだから倒れられても困るし。
「こんにちはー」
そう言って入るも保健室には誰もいなかった。保健医の先生はどこか行ってるみたい。
透子ちゃんはもらった景品をテーブルの上に置いて、ふらふらとベッドに潜り込む。すっかり寝る体勢になってからふぁ、と大きなあくびをした。
「大丈夫?」
「うん」
大丈夫らしい。透子ちゃんは見た目も細いから体力なさそうだなぁ、もう少し体重も増やした方が良さそう。ちょっとくらい肉付きのある方が女の子としても可愛いし。
「少し寝る? 時間になったら起こしてあげるけど」
「お話聞かせて」
「話?」
透子ちゃんはコクリと頷く。
「私、あんまり人と話したことない。奏の話を聞かせてほしい」
「私のかぁ……そうだね。なんでもいいの?」
「なんでも」
少し悩んで、今回の文化祭のことを話すことにした。
幸太郎君の提案で始まったマッチングカフェ、幸太郎君の私に対しての無茶ぶり、後ろ盾を探していること。でも私は幸太郎君には興味がなくて、どちらかというと女の子に興味があること。
透子ちゃんは私の話を聞くばかりで、時々相槌を返すくらい。だけどそれがなんだか話しやすくて、いつの間にか誰にも言っていなかった女の子が好き、ということも流れで話してしまっていた。
自分でそれに気づいてから、まぁ知らない学校の人だしいっかと思って、ついでに菜月やエマとの話もし始める。二人のことならいくらでも話すことが出来る。
「でさ、菜月のその時の仕草が可愛くてどきどきしてさーって、もうこんな時間か」
気づくと一時間くらい話していてびっくりした。時計を見ると15時を回っている、文化祭が終わるのは16時半だから、あと少ししか時間がない。
「透子ちゃん、どうする? ここで休んでいてもいいし、また遊びに行ってもいいけど」
というと透子ちゃんはなにやら考え込んでいた。詩帆ちゃんで鍛えられた待ちの姿勢でその返事を待つ。
「私、人に興味が持てない」
と思えば、透子ちゃんは全く別の話をし始める。
「会う人も大人ばっかりで、あれをして、これをしてってうるさい。でも奏の話は……きらきらしてて羨ましい。奏のその気持ちが知りたい」
「気持ち?」
「人に対して、どきどきする気持ち。私に教えて」
「…………」
どうしよ、そんなこと言われてもな……。
これが普通の女の子で、明らかに私を誘惑してそうならすぐにでも覆いかぶさっていたかもしれないけど、今のところ透子ちゃんにその気持ちは起きなかった。
可愛い女の子には触れたいと思うのは当たり前のことだけど、私も欲だけで動いているわけじゃない。関係とか雰囲気とか、その場の状況とか、そういうのを整えて、相手の気持ちが私に向いているかどうかを感じるからこそ、楽しいし燃えるんだ。
だけど今の状況は、保健室はまぁいい、透子ちゃんの言っていることもまぁ理解できるけど、その言葉にはあまりに感情が乗っていなかった。
ただ、透子ちゃんがなにかきっかけを求めているのだけはなんとなく分かるけど……。
「んー……わかった。とりあえずうつ伏せになってくれる?」
「うん」
透子ちゃんは私の言う通りうつ伏せになる。掛けていたシーツを捲って、透子ちゃんのお尻にまたがる。もちろん体重は掛けないように。
「重くない?」
「大丈夫」
「じゃあいくよ、リラックスしてね」
肩甲骨の辺りを撫でて押していく。ゆっくり繰り返して背中に沿って小刻みに指を降ろしていく。
始めたのは簡単なマッサージ。とはいっても普通のマッサージではない、いわゆる性感マッサージだ。
普通のマッサージと違うのは、疲れや肩こりを取るのと違って、身体の感度を上げるツボを押さえること。いつか誰かとえっちなことをするときに、女の子の緊張をほぐすためにと、アイスブレイク用に取得した技術だった。
どきどきする、というのは要するに血流が速く流れていることでもある。身体の感度をあげて中から温めることができれば、透子ちゃんもどきどきしてくるはず。
私も実際にやるのは初めてだし、透子ちゃんみたいな薄い身体に効果があるか分からないけど。どきどきしてくれますように、と丁寧にマッサージをしていく。
身体の線に流れるように、壊れ物を扱うみたいに優しく触れていると、最初はぜんぜん反応のなかった身体が少しずつ反応するようになってきた。
「かな、で。なんかおかしい」
「どんな風に?」
「かなでの手に、感覚が集中するみたい、な」
初めに握った時は冷たかった手に触れてみると、すっかり温かい。うんうん、いい調子。
体勢を変えて下半身に取り掛かる。太ももをじっくりもんで、小さなお尻にも当たり前のように触れた。リンパっていえばやっぱりここだし、透子ちゃんも布団に顔を埋めたまま、特に嫌がらなかった。
「はぁ、はぁ。凄い、心臓の音、うるさい。これがどきどき」
「私の言っているどきどきとはちょっと違うかもしれないけど」
身体の感度を上げているとはいえ、基本的に血流を促しているだけだから、どきどきだけなら走っても同じような状況にはなると思う。
「でも、今は奏の手に、どきどきさせられてる、よ」
「それはそうかもね」
なんかいい雰囲気になってきた。私の手もだんだんと際どいところを攻めるようになっていた。スカートはだいぶ上に上がっていて、もう少しで下着が見えてしまいそう。透子ちゃんも触れる度にぴくぴくと身体を反応させている。
本当ならもう少しじっくりやって、あんなことやこんなこともしたいけど……
「はい、これでおしまい」
私はそこで透子ちゃんの上から降りた。
「はぁ、はぁ、えぇ、もう……?」
「もうってあと30分しかないからね。時間」
時刻はもう4時になってしまっている。さすがに私も自分のクラスに戻らないといけない。
性感マッサージはうつ伏せだけじゃなく、仰向けになってからが本番だったりするんだけど、今透子ちゃんにそこまでしなくてもいいかな。私も制服の上からとはいえ、たくさん触ることが出来てある程度満足できたし。
「もっとしてほしい。どきどきしたい」
「ダーメ。もしやるにしてもまた今度ね」
「今度? 絶対?」
「またタイミングがあったら」
「絶対」
「……」
「絶対」
「わかったわかった! 絶対ね」
そういうと透子ちゃんはなんだか嬉しそうにしていた。マッサージのおかげか頬は赤くなっていて表情も柔らかい。ずっと無表情だったけど、表情さえも柔らかくなったのか素直に笑ってくれるようになって、そのギャップが可愛い。
「あー、でも結局幸太郎君の相手見つけられなかったな」
一日中透子ちゃんと遊んでいるだけだった気がする。まぁあんまりやる気があったかと言われると怪しいところだけど。
「幸太郎ってさっき話してた男の子?」
「うん、うちのクラスのねー。でもさ、私に後ろ盾探してって言われてもどうしようもないよね。私一般庶民なんだけど」
「困ってるの?」
「ちょっとね」
「私がなろうか?」
「え?」
「奏が困ってるなら、お礼。その男の子のところ、連れて行って」
まじまじと透子ちゃんのことを見る。後ろ盾っていっても、一応紅園さんもいるし少なくともそれ以上じゃないと意味ないんだけど。透子ちゃんの儚さを見ていると、そんなに大きい後ろ盾になれるようには思えなかった。……まぁ雰囲気だけは少しある、かな?
保健室を出て教室まで戻る。文化祭1日目が終わるぎりぎりの時間で、もう教室にもお客さんは並んでいなかった。
いきなり私が他校の人を連れてくるものだから、クラスメイトの視線が凄い。気にせず暗幕の向こうへ向かう。
「あら、遅かったですね。もう時間もありませんが……」
と言いながら、紅園さんは私の後ろに付いてきた透子ちゃんを見て、なぜかぽかんと口を開けた。
「その人が琴宮さんの推薦してくれる人?」
「うん。たまたま一緒に回ってて、会いたいっていうから」
「ふぅん。あなたが幸太郎?」
透子ちゃんはまさかの呼び捨てだ。でも幸太郎君はあんまり気にする性格じゃないから、笑って自己紹介をした。
「うん、初めまして。名前を聞いてもいい?」
様子がおかしい紅園さんに気づかないで、幸太郎君は普通に話を進めようとしたのだけれど。
「な、ななななななんで……」
紅園さんの震える声が、幸太郎君の話を遮った。
「なんで?」
「なんで皇族がここにいますのー!?!!!」
その紅園さんの叫びは、学校中に響き渡った。
★ ★ ★
その日の夜、テレビを見ていると透子が映っていた。その胸には今日の戦利品が抱えられている。
『現両陛下のご子息、三女にあたる皇透子様が一時行方不明となりましたが、本日午後6時に無事発見されました。透子様は『近くの文化祭が楽しそうだったから』と発言しており、現に百合が原高校文化祭に忍び込んでいたようです。透子様の放浪癖は以前から問題となっており、今後はより一層監視に力を入れると――』
テレビの中の透子は、こちらを見て指だけでピースを作っていた。
「あぁ、また抜け出したんだ。透子様」
「お母さん知ってるの?」
お風呂から出てきたお母さんがテレビを見て言った。
「そりゃあ有名だから。なんかいくら逃げないように見ていてもふっといなくなっちゃうんだって」
「そんな幽霊じゃないんだから」
「と思うでしょ? 1回5人くらいで監視していた時もあったけど、瞬きしているうちにいなくなったって噂もあるよ。もしかしたら本当に幽霊かもね」
「皇族なのに?」
「皇族だからじゃない?」
そんな適当な、と思ったけど透子ちゃんの儚さを一度見ていると、なんとなく分かるような気もした。テレビの中の透子は少しだけ笑って、黒塗りの車に入っていった。
結局、幸太郎君は皇族の後ろ盾を得ることになった。皇族の透子がそうすると決めたなら、さすがの男の子でも覆すのは難しいみたい。
この世界で一般的に後ろ盾を得る、というのはその人の子を成す。ということでもあるけど、皇族ともなればそうもいかないらしい。透子も将来誰の種を受け入れるかはすでに決まっているらしいし、そういう意味では幸太郎君が卒業までに5人関係を持つ枠は減らないということになる。
つまり、幸太郎君はこの国最強の後ろ盾をただもらっただけ。さすがの本人も相手が相手だから、その正体を知って笑顔が引きつっていた気がするけど……。
まぁ結果的に私は幸太郎君からのミッションをクリアすることができたのであった。……紅園さんには、「そこまで頼んでいませんわ!」って言われてしまったけど。




