20話 しらないどきどき_1
文化祭前日、私は準備の終わった教室を見て一息ついた。
教室はいつもの様子からすっかり様変わりしていて、可愛く飾りつけされている。4つ一組で並べられている机、小さなカウンター。小型の冷蔵庫に大量の紙コップ。
その中でも目立つのは教室の4分の1のスペースを区切っている暗幕。その中には机が2つ、向かい合わせになるように置かれている。
「問題が起こんないといいけど……」
そうは思うけど、実際は難しい。どう考えても混雑する未来しか見えない。
「心配なさらず! それは私達の役割ですわ!」
「うわっ! ……なんだ紅園さんかぁ」
「なんだ、とはお言葉ですわね。せっかく様子を見に来てあげたといいますのに」
紅園さんはふんわりした縦ロールの髪を揺らす。左手の中指には「お役目」を済ませた証拠である小さなリングがきらめいていた。
紅園さんはその話し方の通りお嬢様っぽい見た目をしている。いつも丁寧に巻いてある髪は光を反射させると赤みがかっていて、少し釣り目ぎみの美人さん。ぱっと見は気が強そうな感じだけど、その態度に反して背が低めなのと凹凸があんまりないスタイルのおかげか、背伸びをしている中学生っぽくも見える。
紅園さんも結構私好みの見た目をしてるんだよな。気が強そうな女の子をだんだん落としていくのがたまらなくいいんだよね……。泣きながら懇願してくれたりするとさらにそそるんだけど。
「……なにか寒気がしますわね」
「そう? 今日は早めに寝ないとね」
「言われなくともそうします」
そんなことを考えていると、なぜか紅園さんは身体を震わせていた。
「それより良かったの? 今回の出し物」
紅園さんから言わせれば、絶対に阻止したかったはずなのに。
「幸太郎様がそう言うのであれば、私はそれに協力するまでです」
「男の子と付き合うってそういうもの?」
「えぇ、そういうものです。どれほど懐を広く男性の願いを聞けるか、それが重要なのです。そういう意味では紅園の名はまだ力が足りていません。あくまで今は、ですが」
それは幸太郎君の後ろ盾の話だった。紅園グループはこの辺りでは広く知られているけれど、国内を見ればまだまだ小さいグループ。もっと大きな会社がバックにいないと、幸太郎君の自由が奪われてしまう可能性がある。
この世界の男の子は、高校生まである程度自身の権利が保障されているけど、高校を卒業してしまえばその後は自分で決めなければならない。その自由度は、高校生のうちにどの会社の後ろ盾を得るのかによって決まる。
後ろ盾と一言にしても、その扱いは会社によって様々。自由にさせてくれる会社もあれば、自社製品のCMやモデルをしている人もいるし、ひたすら種の提供を求められる場合もある。
高校卒業までに5人と関係を持つ、または付き合うことが暗黙の了解となっている今、その5人をどのように選ぶかが重要。つまり男の子の人生は、高校生まででほとんど決まってしまう。そのことを知った時、男の子も大変なんだなぁって思った。
「でも幸太郎君もよく考えたよね。たしかに文化祭は一般の人もたくさん来るし、そこから縁を見つけようなんて」
「男性はほとんど公共の場に出ることはありませんから、幸太郎様は望めばどんな方とも会えるでしょうけど、それを縁に任せたいとおっしゃいました。まぁ私と幸太郎様も、同じクラスになったという縁で結びついています。限られた枠から選ぶのではなく、多くの人と話したいのでしょう」
「その考え方は、他の男の子より立派だね」
「えぇ、いずれは天下を取るお方です。……琴宮さんは、興味はありませんか?」
「興味?」
その言葉は、一瞬聞き間違いかとも思った。でも紅園さんの瞳はまっすぐ私を射抜いていた。
「もしかして私を誘ってる?」
「これでも人を見る目はあると自負しております。私は琴宮さんを高く評価していましてよ」
「……紅園さんには嫌われてるかと思ってたけど」
「嫌ってなんていません、ただ強力なライバルだと思っていただけですわ。今は幸太郎様の力を集めるフェーズへと移行しましたの」
そう言われると悪い気持ちじゃない、けど。
「ごめん、私はいいかな。自分の人生は自分で決めたいから。……出来れば私の代わりにエマを入れてあげてよ」
「小松恵麻さんですか? 確かに彼女の情報収集能力には目を見張るものがあります。貴方の推薦なら考えておきましょう」
「あ、ただお役目は一番最後にして。5番目ね。絶対」
「……? えぇ、わかりました」
お役目2番目! とかにいきなり抜擢されてしまうと、私がエマと仲良く(身体的な意味で)する時間がない。エマにはゴメンだけど、なんなら3年生の最後とかにお願いしたいところ。
学校内にチャイムが鳴り響く、それは完全下校時間を知らせていた。
「明日、あんまり期待しないでね」
「それは無理な話ですわね」
紅園さんはそう答えた。
「琴宮奏、あなたは幸太郎様に指名されたのです。だから全力を尽くして、その要望に答えなさい」
「……ほどほどにね」
「全力で、ですわ。そうすれば幸太郎様からもきっと褒美がいただけるでしょう」
その場合の褒美ってきっと種のことでしょ? 私は別にいらないんだけど。と思っていてもそんなことは言えない。
私は教室の前にある『マッチングカフェ』と書かれた看板を見てため息をついた。
★ ★ ★
その企画が持ち上がったのは、少し前に遡る。
「文化祭の出し物について相談したいと思います。案がある方は挙手をお願いします」
クラス委員のお仕事で、文化祭の出し物を決める時間があった。
高校生になって初めての文化祭ということで、私の声に何人かが手を上げる。けれど紅園さんがまっすぐ手を上げて、それに気づいた他の人たちはぱらぱらと手を降ろしてしまった。
「……紅園さん」
「本日はお休みしておりますが、幸太郎様から出し物の提案がありました」
提案とは言うけど、幸太郎君の意見ならそれで決定になるんだけどな、と思いながらその案を聞いてみる。
「企画名は『マッチングカフェ』。見た目は通常のカフェですが、来てくれた人の中から幸太郎様が一対一でお話する、というものですわ。つまり幸太郎様とのお見合いがメインの出し物になります」
その耳を疑うような企画に、クラス内に沈黙が下りる。
「紅園さん、それ大丈夫? 外部の人と一対一で会うってことだよね」
「危なすぎなーい?」
菜月もそう言ってくれる。逆にエマは苦い表情をしたままなにも言わなかった、すでに幸太郎君のグループ内に話は通ってるっぽい。
「警備はしっかりと致します。男性警護官も一人増やしますし、本当の一対一ではありません。ただ幸太郎様はその中から候補を見つけたいと考えているようです」
と紅園はそこで言葉を区切って、机の上に書類を出した。
「企画書はまとめてあります。用意するものも紅園グループ内で話を付けてあります。なので準備はそんなに難しくないでしょう。あと伝えておくべきこととして、このお見合いはクラスメイトも含まれています」
その言葉にさらに衝撃が走る。つまりクラスの誰もが一対一で話すチャンスを得るという事。
「とはいえ、時間には限りがあります。もちろん選別は必要でしょう。その方法をクラス委員である琴宮さんに考えてほしいと思います」
「私!?」
クラス内の視線が私に注目する。
「企画書は後で全員に配布いたしますので、ご確認を。それからこれは余談ではありますが、学校祭の準備から、幸太郎様には見られていると思ってください。一般的にはこのような文化祭に男性が参加することは稀です。だからこそ、恥ずかしい出し物になんてできません。それぞれが自身のベストを出すように。そうすれば、チャンスはあるかもしれませんね?」
その言葉に教室は燃えていた。体育祭の時と同じように、やっぱり紅園さんは人を使うのが上手い。だけど私は不安しかなかった。
ただでさえ文化祭は外部の人も参加できるから、男の子は参加しないのが原則。幸太郎君が参加するってだけで大変そうなのに、一対一で話せるなんて、どのくらいの人が集まるのかも予測できなかった。
★ ★ ★
その時のことを思い出しながら、私は湯船に浸かっていた。
選別方法は結局良い案が浮かばなかった。その代わりに菜月が良い方法があるって言っていたけど、その内容は私もまだ知らない。ちゃんと考えてくれてるかなぁ?
それとは別に、私は紅園さん経由でもう1つのミッションを受けている。
それは、私がお見合いをする人を選ぶ権利を持っていること。
学校祭は二日に分けて行われるけど、私はクラスの仕事は全部免除された。その代わり、学校中を練り歩いて、私がピン! ときた人を一人連れて行って、その人と幸太郎君がお見合いをするらしい。
それは紅園さん経由で、幸太郎君が私を指名してお願いしたことだった。
ちゃぷ、と湯面が音を立てる。はぁ、とため息が出た。
……なんで私なんだろ。なんだか私のことを過大評価してないかなぁ、そんなキューピッド的な役割したことないんだけど。
「たぶん幸太郎君の後ろ盾を見つけるのも期待されてるんだろうなぁ」
なんとなくそのことは分かる。きっと私が幸太郎君に興味がないということが本人にバレているから、色眼鏡がない観点で選んでもらいたかったんだろうけど……。
「でもそれって一人の女の子の人生を変えちゃうってことでもあるんだよね」
幸太郎君の人生より、知らない女の子の人生の方が私にとってはよっぽど大事に思えてしまう。それを私が変えてしまうのがなんだかもやもやとした。
「まぁ指名されたらやるしかないんだよなー……」
男の子の意見は絶対、それがこの世界のルール。
もしかしたら当日、「今日の占いでここに運命の人がいるって聞いて来ました!」っていう女の子もいるかもしれないし……でもその運命の人が私だったらどうしよ。幸太郎君に渡したくなくなっちゃう。
……あんまり考えても解決しないかも、明日の私に任せるか。うん、そうしよ。
せっかくの文化祭なんだし、余計なことは気にせずに楽しみたい! なんとかなるって自分に言い聞かせて、湯船から立ち上がった。




