15話 代行戦争~体育祭編~1
1章の目途がついたので、同じエピソード内は毎日更新とします。その後は1日おいて次のエピソードになります。
体育祭。
私はそれを文化祭の一週間前に行われる、いわゆる前夜祭みたいなものだと思っていた。文化祭ほど用意するものもないし、クラス委員としての仕事もない。もともと運動神経だって良い方だから、怪我にさえ注意して適当にこなせばいっか……そう思っていたのだけど。
「我がクラスの幸太郎様が一番であることを、他の愚民へ魅せ付けますわよー!」
「「「おー!!!」」」
いざ当日になってクラスと合流すると、そこには私の想像していなかった熱気が渦巻いていた。
「やー!!!」
と隣で大声を出しているのはエマ。エマのこんな大きい声聞いたの初めてかも、と若干現実逃避しながら、その熱気の理由を聞く。
「ね、ねぇ。なんか私が想像してた体育祭と違うんだけど」
「え、何が?」
「いやぁ、体育祭ってもっとゆるーい感じじゃないの? 来週の文化祭が本番、みたいな……」
「適当だなんて! 幸太郎君にアピールするチャンスじゃん!」
そんなに運動が得意じゃないはずのエマでさえその意気だ。というか、私のクラスは比較的大人しい人が多いはずなのに、そのほとんどがやる気に燃えていた。
「……その幸太郎君がなんだかあんまり乗り気じゃないような気もするけど」
そしてクラスに与えられたスペース。その一番後ろで、幸太郎君は文字通り担ぎ上げられていた。少し高い場所で、いかにも高そうな椅子に座ってなんだか不本意そうな顔をしている。私達なんて椅子もないのに。
「体育祭は代行戦争でもあるからねー」
「わっ! 代行戦争?」
後ろから抱きつかれる形で菜月が声をかけてくる。薄い体操着の向こうに菜月の体温と柔らかいものを感じて、私は背中に神経を集中させる……うん、菜月はあんまり大きくはないけど、それでもいいものだ。
「体育祭はアピールの場でもあるけど、そのクラスの男子が他のクラスの男子よりも上だと証明する場所でもあるんだよ。つまりクラスごとのカーストを決めようってこと。他に男子がいるクラスもそんな感じっしょ?」
そう言われて周りを見回すと、確かに他のクラスも男子が担ぎ上げられている。私のクラスと違うのは、その男子が大声をあげて自分のクラスを激励したりしていること……いや、私には激励というか脅してるようにしか聞こえないけど。一番大きく聞こえる「負けたら一生口きかねぇからな!」って声でも、クラスの士気はなぜか上がってるみたいだから、あれも激励のうちなのかもしれない。
「まぁ、うちの王様はこういうの嫌いみたいだけどね」
「確かに……っていうか明らかに嫌がってるか」
イスの上の幸太郎君を盗み見てそんなことを話す。相変わらずその椅子に座っているのは居心地が悪そうだった。
そんな幸太郎君の代わりに紅園さんが激励しているみたいだけど、その紅園さんの掛け声でも士気は十分に高い。その理由は、二学期に入っての幸太郎君が要因だった。
夏休み明け、幸太郎君は分け隔てなくいろいろな人に話しかけるようになった。私から見ると、それは普通の世間話だけど、この世界ではその『普通の会話』というのがなかなかできなかったりする。
話しかけたらキレられたり、無視されてしまうのが男の子の普通の反応って感じだから、ちゃんと『言葉のキャッチボールができる会話』をする幸太郎君はかなり珍しい部類だと言える。
そんなこともあって、クラス内の幸太郎の好感度はかなり高い。その幸太郎君が他のクラスよりも下、と体育祭で決められてしまうのは認められない人も多いと思う。
「ほらほら! 奏も菜月も声出して! 声で負けたら勝負でも負けるよ! やー!!!」
菜月が説明してくれたおかげで、なんとなくエマの気合の入れようも分かってきた。けど、もともと『適当にやろー』と思っていた私は、そもそもそんなにテンションを上げていない。体育祭の体力を、来週の文化祭に割いているからというのもあったけど。
「やー!!!」
隣の菜月も楽しそうに声を出す。そうだよね、菜月はもともとこういうイベント好きだもんね……。
仕方ない、と意識を切り替える。私もクラスでは上位カーストの方だし、その位置を揺るがすわけにはいかない。クラス委員の私が一人だけテンションが低いのも、クラスの全体の士気に関わるかもしれないし。
すぅ、と胸の中に空気を吸い込む。そしてそれを一気に爆発させた。
「やー!!!!!」
私の声がグラウンドに響き渡る。私の声に対抗してか、グラウンドの所々で同じく声が上がった。
「奏やるじゃん」
「頑張ろうね! 幸太郎君に高みからの景色を見せよう!」
そんな私を、幸太郎君が驚いた眼で見ていたことを、私は気づかなかった。
出る種目は決められている。一学期の最初にやった体力テストの数値で、紅園さんがいつの間にか決めていた。
体育祭はなにもやらなくていいから楽だなーと思っていたけど、それはただ紅園さんが私の役目をいつの間にか取っていただけだった。
あとみんなが期待しているイベントとして、種目に出る前、我らが幸太郎様より一言ずつ激励がもらえる。といっても「頑張って」→「はい!!!」だけなんだけど、下のカーストにいる人は幸太郎君とほとんど話していない人だっている。男性から応援されるというのは、それだけ一生の思い出にだってなるから、みんなそれを期待していた。
私が出る種目は短距離走2種と最後の花形、リレーの一番手。体型維持のために朝はランニングしているけど、実際に私がどのくらい速いのかはよく分かっていない。やるからには勝つつもりだけど。
午前の早い段階で短距離走は始まった。幸太郎君の激励は私は別にいらなかったけど、なんとなく回避できそうな雰囲気でもなかった。激励の列の一番最後に並んで、その「頑張って」→「はい!!!」の流れを聞いていく。
そしてすぐに私の番、目の前にはこの世界では珍しい男子がいた。
幸太郎君は私よりも少し背が低めで、あんまりがっしりした感じではない。ぱっちりとした二重だけど少し眠たげな視線。まぁそんなに外見は悪くないと思うけど……私の世界の基準で言うと、バレンタインにチョコレートを一つくらいはもらってそうだなって感じ。
「…………」
いや、長くない? 私も普通に「頑張って」だけでいいんだけど。
だけど幸太郎君は私を見上げる形で口を開く。
「期待してる、ね」
隣に立っている紅園さんが目を見開いた。
「…………うん」
紅園さんの視線を背中に感じながら、私は逃げるようにグラウンドへ向かった。先にグラウンドで待っていた菜月が手を振ってこちらに向かってくる。
「? どうしたの?」
「いや、なんか、ちょっとやりづらくなっちゃったなって」
「なんで?」
「幸太郎様が期待してるってー」
「え、凄いじゃん! これは頑張らないとだね!」
まぁ普通はそういう反応だよね。私は余計な事しないでっていう気持ちの方が強いよ。
菜月が囃し立てるのを聞きながら、係の人の案内で順番待ちの列に並ぶ。まずは100m走だ。
「あんまり調子乗んない方がいいよ」
パァンッ! という音と共に、最初のグループが走り出していくのを見ていると、急に右側に並んでいた女の子から話しかけられた。
「……なにが?」
「男子がいるから、調子乗んなってこと。柚君の方がずっと男の子っぽいし、仲良くしてくれるんだから」
それを聞いて、その女の子が隣のクラス……6組であることが分かった。そういえば、と思って6組のスペースを見ると、王様椅子の上には誰も座っていない。
「今日柚ちゃんお休み?」
「柚ちゃん? ……仕事よ。でも昨日、クラス全員に丁寧な言葉で激励してくれた」
「ふぅん」
柚ちゃんとはお仕事が忙しそうだなと思って、最近はそんなに連絡を取っていない。たまーに柚ちゃんの方から水曜の夜に電話が来て、それでお話するくらい。
そんな最近の柚ちゃんは、より一層男装の質を磨いているようだった。その磨かれた男装力はどうやらクラスでも発揮しているらしい。
メジャーな雑誌の表紙を飾る様になって、もう立派な男装モデルって感じ。その代わりほとんど学校には来られてなくてその扱いはもう完璧に有名人だ。
「はっ、男のいないクラスになんて負ける理由もないね!」
「はあああぁぁぁぁぁ?」
と柚ちゃんのことを考えているところに、今度は私の左側の女の子が挑発してきた。
「男がいるから私達は力を出せるんだ。王座が空席のクラスになんて負けるわけない」
「柚君は仕事だから仕方ないの! それより恥ずかしいと思わないの⁉ あんたのクラスは使われてばっかじゃない!」
「いいんだよ、強い種のもとに女性は集まる。それは自然の摂理さ」
その子がクラスの方へ手を振る。すると、1組の王座にいる男子は声を張り上げた。
「負けたら承知しねぇからなー!!!!」
「ほら、これで勝つしかなくなったろう?」
そうやって彼女は得意げに言うけど、大丈夫なのかなぁ? 負けたらどうなるんだろ。
「あーあーヤダヤダ。これだから男子に言いなりのヤツは……もっと柚君みたく包容力が必要よね。」
「ハッ! 男のいないクラスに言われても何も感じないなぁ!」
「はぁ? なによっ!」
「なにか?」
喧嘩するのはいいけど、私を挟んでしないでもらいたいなぁ……。
私のすぐ前にいた菜月が走り出す。綺麗なフォームで走る菜月はあっと言う間にゴールテープを切った。それを合図に、私も喧嘩したままの両隣とスタート位置につく。
ふと言っておきたいことを思いついて、柚ちゃんのクラスの女の子に話しかける。
「それにしても、あなたも勿体ないね」
なんか挑発っぽくなってる気もするけど……まぁいいか。
「なにがよ」
「柚ちゃんの一番可愛いところを知らないなんて」
「……なにそれ、それを言うならカッコいい、でしょ。それに柚ちゃんって、そんな呼び方してる人初めてなんだけど。あんた柚君のなんなの?」
「んー、私に勝ったら教えてあげる」
「私、一応陸上部なんだけど……後悔しないでよ」
説明するのも面倒で冗談めいてそう言うけど、隣の子は気に障ったようでイライラしていた。
なんだかいらない敵意を買ってしまったような気もするけれど、その子のおかげか緊張とかはない。
「位置について―!」
その声に私は軽く息を吐いて、ピストルの音を待つ。




