13話 奏と男装_1
それは二学期が始まってすぐのこと。
授業が終わって、私はエマと一緒に玄関で幸太郎君を待っていた。といっても幸太郎君と一緒に帰るのはエマだけで、私はそれを見届けた後にどこかへ寄り道でもして帰るつもりだったけど。
どこに行こうかなぁと考えていると、靴を履き替えていた一人の生徒に視線が留まる。それはどことなくフェミニンな印象を持つ、見慣れない女の子だった。
あんな子いたっけ? と記憶の中を洗い出す。一年生の気になる女の子は大体頭に入れているはずだけど、その子の名前も思いつかない。
その女の子は少し落ち込んでいるようで、玄関で待っている私達に気づかず通り過ぎていく。その目はグラウンドに向かっていた。
「やっぱり勉強は自分でなんとかしないと……」
「勉強?」
「ん?」
振り向いた女の子は、やっぱり綺麗だった。シャープな顔立ちにさっぱりとした髪、中性的な雰囲気をまとわせながらも、その落ち込んだ表情はどこか艶を感じさせる。身体の凹凸はあんまりないけど、立ち姿は一本の柱が入っているかのようにまっすぐだ。
「奏、どうしたのー? あ、柚君だぁ」
その見たことのない女の子の正体は、エマの言葉で判明した。
「……あぁ、モデルの! エマがこの間話してたっけ?」
いつかのお昼休み、エマがこの学校に通うモデル『Yuzu』のことを話していた。実際のモデル姿は見たことがないけど、男装モデルの中では期待の新星と言われているらしい。
「そうそう、やっぱりカッコいいね! この学校の生徒って聞いてはいたけど、見たのは初めて……あ、幸太郎君ー!」
話の途中でエマは男子玄関の方へ走って行ってしまう。見ればいつもの紅園さんグループと一緒に幸太郎君が帰宅をしていた。エマもその中に入っている。
「……この学校の男の子って初めて見たかも」
その様子を見て、その子はぽつりと言った。
「あぁ、幸太郎君ね。男の子っていう割には頼りなさそうだけど」
あれでもこの世ではマシな男の子っていうのが不思議なところだけど。と言うと柚ちゃんはなんか変な顔をしていた。
確か柚ちゃんは、エマから聞いた話だと隣のクラスの『男性枠』だったような……ちょうど一人だし、次のターゲット候補としてお話してみてもいいかも。
「ね、ね、それよりさぁ。もしかして勉強のこと悩んでるの?」
「あ、あぁ。モデル業が忙しくてなかなか勉強できなくて……」
もしかして一学期あんまり来られてなかったのかな? 私も見たことなかったし。
「なるほどねぇ……それならさ、よかったら一緒に勉強する?」
「え?」
私の言葉に、柚ちゃんは綺麗な目で私を見つめた。そこから、私の柚ちゃん攻略が始まった。
カラオケを選んだのは二人っきりになれて、制限時間が明確に決められているから。
柚ちゃんにもどれくらい時間があるか分からなかったし、かといって定番の図書室とかじゃ詩帆ちゃんに見られる可能性が高い。柚ちゃんは一応有名人? かもしれないし、いろいろなことを考えた結果、カラオケという場所は都合がよかった。
「つ、疲れた……こんなに頭使ったの初めてかも」
一番苦手と言っていた数学から始めたけど、確かに柚ちゃんは二学期の範囲にぜーんぜんついてこれてなかった。とはいえ中学までの知識はちゃんとあるみたいで、ポイントだけ押さえれば飲み込みは速そうだった。今日もこの二時間で1学期のおさらいがある程度進んでいる。たぶん頭の回転自体は悪くないんだと思う。これならなんとかなりそう。
「今日はこんなものかな? よーし、じゃあ歌おう! 急いで歌えば一人一曲いけるよ!」
「え、今から?」
「もちろん、勉強するだけじゃもったいないでしょ」
私が歌いたいだけなのもあるし、さっさと曲を入れる。すぐにポップなイントロが流れ始めた。
ちなみにこの世界の音楽は私が前いた時代とは様変わりしていた。有名な男性アーティストは軒並みいないし、その代わりほとんどが女性アーティストになっている。男性バンドがいないのはちょっと寂しいけれど、その分良い曲も多くて、最近はその中から好きな曲を発掘するのがマイブームだった。今回入れたのも、この世界ではメジャーな恋愛ソングだ。
柚ちゃんも急かされるように曲を入れる。私の後に少し緊張した様子で歌い始めるけど、その歌声は可もなく不可もなくというか……というかあんまり歌い慣れていない感じがした。私はたまに菜月やエマと来ることがあるけど、柚ちゃんはそもそもカラオケなんかに来る暇なさそうだし当たり前なのかもしれない。声質的には、これも磨いたら良くなりそうな気はする。
あっという間の勉強会は終わり、私達は忙しなくカラオケ店を出る。柚ちゃんは勉強のお礼に、と奢ってくれるつもりだったけど、私はあくまで『モデルのYuzu』ではなく、もっと距離が近い『隣のクラスの柚ちゃん』として接したかった。それにある程度貸しを作っておいた方が、いろいろと交渉にも使えそうだしね。
連絡先だけ交換して、ちょっと急ぎ目に別れる。あえてお互いの話はしないままにしておいた。もし柚ちゃんが私のことを気にしてくれるなら連絡してくれるだろうし、そうじゃなきゃ柚ちゃんの印象に残らなかったという事。
まぁ柚ちゃんの反応見てたらそんな心配いらなそうだけど。
その夜、授業の予習をしているとスマホに着信があった。画面の河鹿柚という文字に思わずにんまりしながら通話ボタンを押す。
『か、奏?』
「ん、柚ちゃん。なーにー?」
その第一声は少し緊張しているように聞こえた、私はあくまで自然にその呼びかけに答える。
『えっと……ほとんどお互いのこと話してないから、もう少し話したいと思って』
その声を聞いて、ひとつ息を吐き出す。とりあえず計画通り進みそうだ。
それからしばらく、取り留めもないお話をする。どうやら仕事ばかりの柚ちゃんは、普通の高校生に憧れをもっているみたいだった。私がいつもの日常を話すだけで感心したり、楽しそうな反応を返してくれる。
代わりに柚ちゃんは男装モデル業の話を教えてくれて、その知らない業界の話を聞くのはなかなか面白かった。男装モデルならではの話や、現場での対応とか、スタッフもみんな完全に男性として接してくれるらしいけど、柚ちゃん自身はそれがあんまり好きじゃなさそうだった。
そんなことを話しながら、あっという間に時間が過ぎていく。やがて私が幸太郎君の話に少し触れると、柚ちゃんは興味深そうに質問してきた。
『幸太郎君ってこの前見た男の子だよね? どんな人なの?』
その言葉は『男子』という大枠ではなく、どちらかというと幸太郎君自身を気にしているような質問だった。最初は『男性枠』として見本にしたいのかな? と思ったけど、ふと柚ちゃんがスラックスではなくスカートで学校に通っていたことを思い出してそうじゃないなと考え直す。
「私あんまり関わってないからわかんないんだよね」
と素直に返すと、柚ちゃんは少しだけ気落ちしている様子だった。その反応で、なんとなく感じていた違和感が私の中で形になっていく。
世間での『男性枠』は、もっと派手なイメージだ。女性しかいないクラスの王子様になって、それこそ男性と同じくらいのハーレムを築いたりする話も聞いたことがある。
でも柚ちゃんの話を聞くに、柚ちゃんはあんまり『男性枠』にこだわってやってなさそうだった。『男性枠』の詳しいルールはあんまり知らないけれど、そんなにきっちり内容は決められていないのかもしれない。
そろそろ夜も更けてきたから、もうそろそろ寝たいなと言うと、柚ちゃんからはまた勉強を教えてほしいと相談される。もちろんOKの返事をして、毎週水曜日に待ち合わせする約束をした。
「あっ、そういえば、柚ちゃんのモデル姿みたよ」
インターネットで検索したら、柚ちゃんの画像は何枚も出てきた。その男装姿は衣装とメイクが合わさって完璧に男性に見える。昼に出会った柚ちゃんとは全く印象は違ったけど、私はスカート姿の柚ちゃんの方が可愛いな、と思った。
だからそのことを正直に伝えると、柚ちゃんは電話の向こうで息を飲んだような気がした。
『……ご、ごめん。ちょっと電波悪くてよく聞こえなかった』
その言葉は明らかに喜色を含んでいて……『男性枠』だけど、柚ちゃんはやっぱり女の子としていたいんだなと確信した。




