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男女比が狂った世界に転移したレズはどうしたらいいですか?  作者: シキ


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12話 柚とスカート_3


 週に一度の勉強会は、僕にとって何にも代えがたい時間になった。

 放課後、玄関で待ち合わせして、二人でカラオケ店に向かう。途中でクレープを買ったりして、カラオケ店で食べながら勉強する。

 普通の高校生には何でもない、ありふれた一日かもしれない。けど僕にとっては、その一日一日が、特別な時間だった。

 勉強して、少し歌って、帰りは雑談をして。まだ話したりなくてその夜も電話する。奏は少しも嫌な顔をせず僕に付き合ってくれた。授業も少しずつ理解出来るようになって、宿題もなんとかこなせるようになってきた。

 けど、そんな日々にも終わりが来る。それはちょうど僕の勉強がある程度追いつき、一週間後に二学期の中間テストが控えていた時期だった。会話を積み重ね奏とも仲良くなってきたというところなのに、それを邪魔するように仕事は忙しくなり、マネージャーからは中間テストを区切りに仕事の日々に戻らないといけないと言われた。

 そんなことを半分愚痴のように、水曜日の夜、ベッドの上で奏に話す。


「仕事をして学校生活が終わるのは、なんかもったいない気がするよ」

『そう? 私は柚ちゃんの生活、充実してそうでいいなって思うけど』


 奏は電話の向こうでそう言った。復習をしているようでシャープペンシルの音がかりかりと聞こえた。


「ない物ねだりなんだろうけどね。例えば……分かりやすいところで言うと、僕は同年代の高校生より、お金をたくさん持ってる。だけどその代わりに高校生である時間を犠牲にしているから……その時間が欲しいと思ってしまうんだ。それに、普通に高校生活を送っていれば、男の子とだって知り合えたかもしれないし」

『んー……柚ちゃんは男装してることが多いのに、男の子に興味あるんだね』


 奏は歯に衣着せぬ言い方をするけれど、それは僕にとって好印象だった。モデル業をしていると遠い言い回しが多くて、いつも回りくどくて面倒だな思ってしまう。


「まぁ結局のところ、そういうこと。男装をしている『Yuzu』じゃなく女の子の『柚』として、運命の人と出会いたい。誰もが夢を見るように、僕もそう思うんだ」

『なるほどね……幸太郎君を紹介してあげられればいいんだけど、私にその力もないしなぁ』


 モデルの中にも男性はいるが、本当にごく限られた人がやっていて、まだ雑誌の表紙にも載れない僕には雲の上の存在。モデルをしていると言っても、男性との関わりは普通の人と変わらず全くない。

 それどころか、男装をしている女子にそもそも興味を持つ男性なんているんだろうか。そういう意味ではむしろ普通の人と比べて不利なのかもしれない……そんなあからさまな愚痴は奏に言っても仕方のないことだけど。


『……あ、いいこと思いついた』


 そんなことを心の中で思っている時に、奏がそんなことを言う。


「いいこと?」

『もう少しで中間テストがあるじゃない?』


 奏の言う通り、二学期の中間テストまであと二週間と迫っている。最近もそれに向けての勉強会で、奏によるテスト対策が組み込まれていた。


『もし柚ちゃんが全教科平均点以上取れたら、私から素敵なご褒美をあげましょう』

「ご褒美って……僕こそ奏に何か返すべきだと思ってるくらいだけど。何回も言ってるけど、僕普通の高校生よりずっと稼いでるんだよ?」


 奏は相変わらずドリンクバー分しか奢らせてくれない。


『いいからいいから、なにかイベントあった方がやる気も出るでしょ? それにお金じゃ買えないものだってたくさんあるんだから』


 そう話す奏の声は何処か楽しそうで、その思いつきはそんなにいいものなのかと考えるもぜんぜん予想はつかない。


「……じゃあ奏のその思いつきが無駄にならないようにも、頑張らないとね」

「そうだよー、柚ちゃん頑張って!」


 でもそのご褒美は、僕をやる気にさせるのに十分な威力があって……その日から僕の寝る時間は二時間ほど遅くなった。



 ★ ★ ★



 なにか目標があると、日々はこんなにも早くなるんだなと思った。

 テスト前は奏も勉強に集中したいからと、勉強会はなくなり、電話はもちろんメッセージを送ることもなくなった。僕はそれを寂しく思いながら、空いている時間を全て勉強時間に費やした。

 でもそれを邪魔するようにモデルの仕事は増えていき、どこからかテレビの仕事までもマネージャーが取ってきた。それはバラエティーではあるけれど、いきなりゴールデンタイムの番組で断ることもできず、出演した時の受け答えは運がよかったのか結構放送で使われた。

 それがきっかけで、事務所の中ではブレイク寸前と言われているみたいだけど、僕にとってはそんなことよりテストの方が大事だった。

 そうしてテストまでいつも以上に勉強も仕事もして、忙しすぎて僕はちょっと変なテンションになっていた。目の前にあることをただ片づけていく日々は、気づいた時には本番である中間テストさえも終わっていて、一番最後の歴史のテストが終わった時、僕は燃え尽きて自分の椅子からしばらく動けなかった。



 ★ ★ ★



 次の週の水曜日。仕事の日程をずらしてもらって、なんとか時間を空けてもらったそんな日。

 僕と奏はいつものカラオケ店で待ち合わせをした。


「お待たせー!」


 そう言って後から部屋に入ってきた奏はなにやら大きな紙袋を抱えていた。気にしないで、と言って椅子に置くけど、その大きさはどうしても目についてしまう。


「じゃあ今日も二時間しかないし、早速結果発表といきますか!」


 僕はすでにテーブルに用意してあった成績表を奏に渡す。奏は捲る前に僕をじっと見て、なぜか可笑しそうにしていた。


「柚ちゃんの顔見てると、確認する必要もなさそうだけどなぁ」

「い、いいから早く見て」

「はいはい」


 頬が緩むのを押さえつけて、奏に確認してもらう。結果は……。


「うん、おめでとう! 無事平均点以上だね」


 その声にほっと息を吐く。いくつかギリギリの教科もあるけど、平均点以上というのは間違いない。奏に見てもらって、やり遂げた、という想いが胸に広がる。


「ちなみに、奏は……?」

「えっと……平均96点だったかな? 学年4位だね」


 なんとなく聞いたけど、奏はやっぱり化物じみていた。成績いいんだろうなとは思っていたけど、いいどころかめちゃくちゃよかった。


「一位はほぼ満点だから、ちょっと遠いね、まぁそこまで頑張る必要ないけど」

「普通の人は一位なんて意識しないと思うけど……」

「まぁ私はいいんだよ」


 という一言でごまかされる。


「じゃあ、約束通りご褒美ね! ちょーと時間かかると思うから、柚ちゃんはその間歌っててくれる?」

「わかった」

「それじゃ待っててねー」


 そうして、大きな荷物をかかえた奏は部屋から出て行った。歌っててとは言われたけど、僕の気持ちにそんな余裕はなかった。なにを用意してくれるのか期待しながら、まるでおやつを目の前に『待て』をされている犬のように、ただただ奏のことを待った。

 たっぷり30分ほど経って、遅すぎないか? と心配になってきたところに奏からスマホに連絡がある。


『明かりちょっと暗めにしといて』


 その指示の意味は分からなかったけど、言われた通り部屋の明かりを絞る。それからまたちょっと経って、とうとうそのドアが開く。


「!?!?!?」


 そこには、男の子がいた。

 キャップをかぶっていてもわかる短い髪、藍色のオーバーコートはメンズ用の形をしていて、その↓のパーカーは体格を大きくみせていた。シンプルなジーンズは細身だけど、全体をスッキリとまとめている。暗くしているせいで顔は見づらいけど、肩幅とか背は僕よりも大きく、その背恰好は完全に男の子だった。

 なんでこんなところに、と混乱する僕を気にせず男の子は普通に部屋へ入ってきた。

 そのまま僕の横に座り、こちらに体を寄せる。ふいに、キャップの向こうに強い視線が覗かせる。その時、僕はようやく気づいた。それは男装した奏だということに。


「今は何も考えなくていいよ」


 いつもより低いその声色。目の前にいるのは奏のはずなのに、その恰好のせいで脳がそう認識しない。男の子の恰好をするだけで、こんなにも違うのかと。僕は僕の仕事の意味をその時初めて自覚した。

 そのままゆっくりと近づくその唇。それは今まで食べたどのお菓子よりも甘く、どこか花のような香りがした。

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